『幕間。』
◆
スイはベッドで熟睡していた。
赤ん坊の様に手足を丸めて、
真っ白なシーツと枕の居心地の良さに、
安心しきって眠るスイの寝顔は、
未だあどけなさの残る、ほんの子供の様に見える。
毛布にくるまって、
小さな寝息を規則的に立てているスイを、
ベッドの脇に立って愛おしそうに眺める人物がいた。
薄い月明かりに照らされた銀色の長い髪が、
少し開いた窓からの夜風でサラサラと揺れている。
(か……可愛いぃぃぃぃぃーーーッッッ!!)
シャオは思わず口に出して叫び上げそうになるのは堪えたが、感動と興奮で身体がふるふると揺れるのを抑えきれなかった。
(寝顔…ふふ…。ふふふ……。睫毛長い……。
柔らかい陶器みたいな綺麗な肌……。小さくて可愛い口……)
シャオはぶんぶんと頭を振って、
心の中で自分に言い聞かせた。
(ち……、違うんですよ……?
これは……、いやらしいやつとは全然違います!!)
そしてシャオがスイの顔を覗き込むと、
ちょうど何か寝言を言っているのか、
むにゃむにゃと何か口を動かしていた。
(て……、天使かなにかなんでしょうか……?)
思わずスイに触れそうになるのをグッと我慢し、
シャオは自身の衝動との葛藤を続けた。
(ダメですダメですダメです……!!
正直、寝込みを襲うのとか躊躇い無くやってしまいそうです……!!
でも!!
そんな事をしたらスイは怒りますよね……。
スイは怒ったら怖いんです……。
でも、私……、我慢出来るんでしょうか……。
ち……、違いますからね!?
なんだか、
スイの傍に居たくなったのを我慢出来なくなっただけなんです!!!
だからいやらしいやつではないんです!!!
健全!!!)
シャオは、うんうんと納得したように頷いた。
(私なんだかとても欲深いですね……。
スイの事になると、
周りが本当に見えなくなってしまって……)
シャオがチラリとスイを見ると、
寝返りを打ったスイが毛布を蹴飛ばし、
仰向けにコロリと転がって行った。
寝間着がはだけて、
スイの真っ白な肌をした腹部が露になっていた。
スイの静かな寝息に合わせて、
胸の小さな膨らみが微かに上下して動いている。
(……こ、……こーーーの天使がぁぁぁぁ!!!
人の気も知らないで気持ち良さそうに……!!!
……私……寝室に勝手に侵入しておいてアレですけど……、
今、幸せです………。
ぁ……あああああああ!
もう!
可愛いぃぃぃぃ!!!)
各種衝動にヤキモキとしながらも、
シャオはモヤモヤとした気分が続いていることを、
少なからず苦しく、煩わしく思っていた。
それは間違い無く不安と名前のつくような感情であった。
───スイは美しい、おそらく誰が見てもそう思う筈だ。
自分がまだ想いを告げる前、
好意を隠しながら彼女と接している間もずっとそう思っていた。
誰もが、
彼女のどこか浮世離れした美麗さに眼を奪われていく。
しかし、
彼女の飄々とした立ち振舞いや、
言動には微かに無機質に感じられる、
一種近寄りがたい雰囲気があった。
恋愛などの浮いた話にとにかく疎く、
無頓着な彼女に好意を抱く男性がいたとしても、
それを知っている自分は、
スイが靡く筈が無いと、
心の中で安心をしていた節もある。
でも、それが少しだけ打ち崩された。
ミナトとスイは恋人関係?にあったと聞いた。
自分が知らないところでキスをしていたと聞いた。
まだミナトがウィソにいた頃なのだろう。
でも自分はその話を知らなかった。
スイの事はなんでもわかっているつもりだった。
でも、それは違った。
自分の知らなかったスイの顔を知ってしまった。
自分も衝動的にスイとキスをした事実はある。
ものすごく幸せに満ち溢れた様な気持ちになったが、
どこか焦燥に駆られる様な渇きが自分の中で芽生えた。
どうしようもなく、
身勝手な嫉妬であり、
欲望であり、悩ましい本能であり、
長年、蓋をして抑えていたものが、
内側から押し上げてくる様に音を立てて、
一気に溢れ出してくるようだった。
───自分はきっとコレに呑み込まれていくのだろう。
シャオはそう確信していた。
───ニホン。
スイは幼い頃から、
その異世界の国に激しい憧れを抱いている。
この世界に時折訪れる人々が住まう異なる世界の国。
育ての親がニホンの人間だというのが勿論あるのだろうが、
それだけで説明がつかないと感じさせる程に、
スイはその国に並々ならぬ親密な感情を抱えている様に思う。
神話の、
あの女神と同じ様だとシャオは少しだけ思っていた。
女神もニホンの人間にだけは心を開いたと言う。
スイもそうなのだろうか?
ニホンの人間には自分の知らない顔を見せるのだろうか?
スイの心に入り込む術を、
ニホンの人間は知っているのだろうか?
シャオは自分の中のモヤモヤが、
何か黒く濁った澱のようにして再び自分の中に溜まっていく気分だった。
(もし……。
もし、そうだとしたら……。
私はニホンの人には敵わないも知れないじゃないですか……)
同じパーティーの中にいたリクの事が頭を過る。
彼は本当のところスイの事をどう思っているのだろうか?
まだ成熟しきっていない子供のように思えるし、
お世辞にも、
スイを振り向かせるような魅力があるようにも思えない。
しかし、スイは多分彼の事を気に入っている。
彼がニホンの人間だから。
それがニホンへの興味の延長だけで終わってほしい。
───誰も、私からスイを奪わないでほしい。
シャオはそう思わずにはいられなかった。
(そう考えてしまうと……。
いてもたってもいられずに、
スイの部屋にお邪魔してしまったんですけど……。
でも……きっと良くないです!
ダメです!
一時の感情でいかがわしい事をしてしまっては、
スイを裏切ってしまうことになりますから!!)
シャオは自分に言い聞かせるようにして繰り返し頷いた。
(きっとそれが正しい選択です!!
ハァ……、ハァ……。
よく我慢できました。私……。
スイ……。
ふふ。
寝てるところを起こさなくて本当に良かった……。
こんなに気持ち良さそうに寝てますし……。
それじゃ……私、帰りますね……。
スイの寝顔も見れたし良しとします……。
スイったら毛布を蹴飛ばしていたから、
かけてあげよう……)
そう思ったものの、
名残惜しく感じたシャオが最後に、
一目スイの寝顔を見ようと、
音を立てないようにして覗きこんだ瞬間、
スイは暑そうにして寝間着を更に捲し上げ、
痩せた細い身体は肋骨の辺りまで露になってしまっていた。
それを見たシャオの理性を均衡に保とうとして、
向かっていた意識は完全に止まってしまった。
気づいた時にはなんの躊躇いも無く、
そっと手を重ねるようにスイの胸に触れていた。
スイは全く起きる様子もなく、
呼吸に合わせて動く小さな胸がシャオの手のひらの中にあった。
あどけない寝顔で、
眠るスイの胸に触れていると、
シャオはゾクゾクとした背徳感を覚え、
それがじわじわと高揚した気分と共に、
自分の理性に覆い隠すようにして詰め寄ってきているのを感じていた。
重ねた手のひらを少しだけ動かしてみた。
それでもスイは相変わらず反応をせずに眠り続けている。
(………………………………………………………)
シャオは手のひらを胸から離さずに、
自分の顔をソッとスイの顔に近づけた。
スイの顔にかかった髪の毛を、
もう片方の手でかき分けてやり、
しばらくの間、そのままスイの顔を眺めた。
(……綺麗な顔)
シャオは、
もう一人の自分が、
何処か離れた場所から、
自分を見ている様な感覚の中でスイに見惚れていた。
幼い頃から恋い焦がれ、憧れ続けた人。
そして、
シャオはスイの捲れ上がった寝間着のボタンをひとつずつ外していき、
直にスイの胸に手を触れ、
ゆっくりと揉んで柔らかい感触を手のひら全体に感じると、眼を閉じて唇を近づけていった。
───バッッッッ!!
ところが寸前のところで、
制止するように腕を捕まれて我にかえった。
スイは眠そうな顔をしながらも、
しっかりと眼を開いている。
「………。
誰……?シャオ……?
君は一体何をして………」
寝惚けた意識が段々とはっきりとしてきたスイは、
寝間着を脱がされて、
胸を揉まれている自分の姿をようやく認識出来た。
「うわぁぁああああああああああああ!?!?!?
シャオ!!!!!
き、ききききききき……、
君は何をしているんだぁぁぁぁあああああ!?!?
何をした!?!?
なんで!?
なんで、わたしの服が脱げているんだ!?!?!?
こ……こらぁぁぁぁぁ!!!!!!」
覚醒したスイの絶叫が宿屋中に響き渡り、
何事かと眼を覚ました全員がスイの部屋にかけつけ、
シャオはしばらくの間、
怒りの鎮まらなかったスイに謝り続けることになった。
スイの怒りは翌朝も治まる事は無かった。
◆◆◆
唐突に回想録です!
旅の途中でこんな事もあったかも知れない、
って感じで読んでもらえたら嬉しいです!
次話から、リクとコトハのパートに戻りますー
本日のBGMはクリープハイプで手と手でしたー!




