『誤算による結末。』
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気を失っている警備隊の男を捕縛したと部下から報告が入り、
その場に辿り着いたザカンだが、
血だるまになって項垂れているゼンの姿を見た時には、
彼の脳裏には不安しか過らなかった。
死んでしまっていては人質にはならない。
慌てて部下に魔法で治癒をさせて、
ゼンがまだ生きている事を確認すると、
安堵の溜め息を吐いた。
「驚かしやがって」
部下の一人が不安そうな顔をしてザカンに尋ねた。
「逃げなくても大丈夫なんですかね……?
中央諸国最強の精霊術師に、獣巫女、
それに天恵者まで居るなんて……、
コイツら警備隊の連中とは訳が違いますぜ?」
「ふん。案ずるな。
その為の人質だ。殺すにしても逃げるにしても、
コイツを交渉の材料に使うんだ」
ザカンは吐き捨てる様にそう言った。
「ですが……、鬼火を倒した様な連中なんですよね……?」
「俺の言う事が信用出来ないか?
餓鬼が三人に、年寄りの召喚術師だ。
隙さえ作れば確実に殺れる」
ザカンは自信たっぷりにそう言っているが、
部下達の不安は拭い切れて無い様子だった。
「怖じ気づくな!!」
次第に苛立ち始めたザカンの怒号が飛んだ。
「聖域教会に仇なす不届き者どもに、
女神の名の元において、裁きの鉄槌を下すのだ!!」
とは言うものの、ザカンとて死にたくはない。
ゼンの傷が治癒魔法で回復すると、
まだ意識の戻らないゼンを、
自分の前に盾の様にして立たせた。
ザカンは卑劣な男だった。
腐ってもチートであるし、
真面に戦ったとしても決して弱くは無いのだが、
保身と安全に何よりも執着をする傾向があった。
そして、
ザカンは腰に巻いたホルダーに、
幾つもぶら下げられた水筒を一本手に取ると、
一気にそれを飲み干した。
「霧よ 霞よ 靄よ
我が命ずる 彼の者に 纏い覆い尽くし給え!!」
───『深紫の眩暈!!』
既にクオナンの街全体に薄く張り巡らされた魔力の霧が、
色濃く、
その本性を現してあっという間に街を包み込んでいった。
ザカンは自らの体液と魔力を混合し、
産み出した霧を自分の手足の様に自由自在に操れた。
そして彼のチートスキルは、
体内に水分を補給する事によって、
魔力の消費を極限まで抑え、
殆ど無尽蔵に魔法の発動を可能とする、
対価の無徴収だった。
魔力感知も不能にさせてしまい、
暗闇の様に視界を塞ぐ霧。
その中を自由に行動する事が出来るのは、
今やザカンだけであった。
「クククッ!
連中が幾ら強くとも、人質も取られたこの状況で、
俺の霧魔法の前では手も足も出るまい!!」
ザカンは高らかに笑い、
スイ達の現在地を確かめると、
部下達に指し示す様にして先陣を切って歩き出した。
(一寸先でさえ何一つ見えまい。
連中め、思った通りだ。
その場から動けなくなっているな)
ニヤニヤと嬉しそうにザカンは笑う。
至近距離に近づいたとしても、
スイ達に気づかれる事は無い筈だ。
そして、霧に紛れて奇襲を仕掛けてくると考えるだろう。
(連中は既に俺の術中だ。
全てを鈍らせる霧による目眩ましだけに注視するだろう?
俺の能力はそれだけでは無い)
張り巡らされた霧はザカンの身体の一部である。
霧に取り込まれた者は、
ザカンに触れられている様なもので、
霧を相手の首に纏わりつかせ、
静かに絞めてゆき、縊り殺す事も可能だった。
いかに強い相手と云えども、
無抵抗のうちに呼吸を止めてしまえば、
どうにもならないだろう。
ザカンはそう考えていた。
だがしかし。
彼は重要な事を見落としていた。
「な……、何故だ!?」
ザカンはスイ達の姿を目視出来る頃に、
ようやく自分の今の状況を把握する事が出来た。
スイ達はユンタの魔獣の張った結界の中に既に居たのだ。
それも、ザカンの霧の入り込む余地の無い、
高度な術式に依る結界魔法だ。
「馬鹿な!? 結界なんて、いつ張ったんだ!?
俺の霧の中に在るものの動きは全て把握できる筈だ!!
何故気づけなかった!?」
「フッ……! この程度か聖域教会!!
選ばれし者イツカの前では霞むな……!!」
イツカはそう言って、
魔導書を片手にポーズを決めていた。
「魔書使いか!?」
「フッ……! その通りなんだな!!
それにイツカの語りの書は特別製なんだな!!」
ザカンは勝ち筋の見えていた思考を乱された事に因って、
酷く狼狽し、彼の魔力に大きなブレを発生させた。
彼は咄嗟に霧を攻撃の形態に切り替えて、
イツカへ攻撃を仕掛けた。
───『補殺する悪意!!』
その時、
更にザカンは自分が見落としている事実に気づいていなかった。
イツカが結界の外に居る事を。
「お前、イツカを攻撃しようとしたな?」
イツカが不敵な笑みを浮かべて、
ザカンに向けて人差し指を突き出した。
「だ……、だったら何だ!?」
『総防御回数1 物理攻撃回数0 魔法に依る攻撃回数1
攻撃による損傷無し ダメージ比率0
情報から判定を行い 審判を下す』
「悪いが既にお前の攻撃は見切ったんだな……!」
そのイツカの言葉に続く様に、
トーキングヘッズは能力を発動させた。
『判定 所有者及び魔導書への悪意ある攻撃
審判 対象への反復攻撃を行う』
───『判定と審判!!』
イツカへ放った攻撃魔法、
身体の自由を奪い、
締め付けて引き千切ろうとする霧が、
ザカン本人へと襲いかかって来た。
「がッッ……!? きぇッ……、きぇ……!?」
自分の攻撃魔法を自分で喰らうのは初めての事だった。
悲鳴を上げて部下に助けを求めようとしたものの、
声にならず、
ましてや深い霧の中で、
部下達は視界不良の上、
目印にしていたザカンの魔力も乱れてしまい、
自分達が今どの方角を向いて立っていたのかさえも、
判らなくなってしまっていた。
(馬鹿どもが……! 人質だ……! 人質を出せ……!!)
頼みの綱の、その命令さえも、
誰の耳にも届く事は無かった。
「フッ……!
残念だったんだな! 小悪党!!
宿命の戦士、イツカが貴様の悪意を裁く!!
判決の鐘の音を、心して聴くと良いんだな!!」
(まッ……、待てッ!!?)
ザカンは何の抵抗も出来ずに、
不恰好に腕を突き出す事しか出来なかった。
───グシャッッッ!!!!
肉も骨も身体中の全ても、
バラバラに引き裂かれたにも関わらず、
悲鳴一つ上げる事も叶わないまま、
ザカンは絶命した。
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