『クオナンの街、ゼンという魔法使い。』
◆
「ハァ……、ハァ……」
救援部隊のものであろう魔力を感知し、
連絡魔法を送ったゼンは即座に建物の陰に隠れ、
自分の足に突き刺さった氷塊を、
魔力で溶かしている最中だった。
クオナンに突如として出現した、
聖域教会の斥候部隊。
襲撃を直ぐさま感知し、
迎撃に向かったゼンと部下達は全員で八人。
人数は三倍以上も敵が多かったが、
ゼン達も警備隊の精鋭揃いだった。
難なく、敵を蹴散らせる筈だったが、
その算段は甘かった。
部下の四人が大怪我を負い、
一人は意識が戻らない。
まだ敵は半分以上残っている。
(揃いも揃って、強力な魔法を使ってきやがる。
連携も巧い。クソッ!!
おまけに指揮しているヤツが桁外れに強い。
まさか天恵者じゃないだろうな)
氷塊を溶かし終わると、そこそこの量の冷たい水が、
ゼンの衣類を濡らしてゆき、
出血した身体の体温を奪っていった。
部下達を逃がす為に囮になったが、
随分と間抜けな結果になったものだ、
と、ゼンは思わず笑い出してしまいたかった。
(クソッ。
スイの留守中に、とんだ失態を晒してしまったな。
アイツはきっと、俺を鼻で嗤うだろうな)
◆
「君の魔法はさ、
見た目ほどの威力が無いんだよ。
広範囲向けの魔法が得意なんだろうけど、
そっちに意識が行っちゃって、
魔力が分散しがちなんだ」
「黙れ!! すぐに魔力切れを起こす癖に!!」
「それはまあ、特性だから。
でも、君はわたしと違って魔力の操作も巧いでしょ?
もっと上手に撃てる筈だよ」
「知ったような口を聞くな!!
お前に言われなくてもわかっている!!」
「ふ。
その割には、君はわたしに一度も勝てないね?
子供の時から」
「うるさい黙れ!!」
「それから君は頭に血が昇りやすいし、
自棄になりやすい。
そんな事だから簡単に隙が出来ちゃう。
ギリギリの状況でこそ、
頭から冷たい水を被った様な気持ちで冷静にならなきゃ。
わたし達は魔法使いなんだから」
「何様のつもりだ!?」
「ふ。
まだ君にはわかるまい」
◆◆
いつぞやの記憶を、
ゼンを思い返していた。
負ける度に、
がむしゃらに自分を痛め付けて鍛えたつもりだったが、
口惜しくも、
一度たりともスイに勝つことは出来なかった。
──情けない。
(何が情けないかと云えば、
アイツの言う事が正しかったと云う事だ。
結局、俺はスイの忠告を聞かずに、今やこのザマだ)
自分に近寄って来る幾つかの魔力を感知し、
ゼンはよろめきながら立ち上がった。
──スイの事を、もう考えるのは止めよう。
そう考えて、ゼンは敵襲に備えた。
──自分は職務を果たさなければならない。
救援部隊は、おそらく此処には間に合わないだろう。
魔力を隠しもせずに、
敵はゼンとの距離を遠慮無しに詰めてきている。
完全に舐められているのだ。
腹立たしいが、
今の自分では時間稼ぎにもならないかも知れない。
だがしかし、
だからと云って、逃げるわけにもいかないのだ。
治癒魔法などは使えないが、
魔力で傷口を軽く塞ぐ事くらいは出来た。
白々しい響きの、ゆっくりとした足音が聞こえ、
ゼンが睨み付ける前方に、
下卑た笑い方のする男が一人現れた。
「ひぇひぇひぇ。
鼠が一匹。ひぇひぇ。
わざとらしく魔力を放出しやがってぇ。
囮のつもりだろうが、心配しなくたって、
おめぇも部下どもも皆殺しだから心配すんなってぇ。
この街の連中もだぁ。ひぇひぇひぇ」
仮にも、
法衣を着た聖職者とは思えない発言をする下品な男だった。
男の声を聴いた瞬間から、
ゼンの怒りは瞬時に最高潮に達していた。
その男はゼンの部下に致命傷を負わせ、
意識不明にさせた張本人だった。
──この男だけでも確実に殺す。
既に煮えくり返った自分の腸を、
鎮める事など到底出来そうもなかった。
「ひぇひぇひぇ。
こんなしけた所へ行く事になった時には退屈で死んじまうかと思ったけどなぁ。
楽に殺しが楽しめて、今は最高の気分だぜぇ?
ひぇひぇひぇ」
「クソが。
下衆な本性を現しやがって。
俺は昔から、お前ら聖域教会が気に食わなかったんだ」
「ひぇひぇひぇ。
気に食わなかったら何だってんだぁ?
てめぇらに聖域教会と戦う程の戦力なんて無ぇだろうがぁ?
てめぇらだけじゃねぇ。
この世界に聖域教会に逆らって良いヤツなんていねぇんだよ。ひぇひぇひぇ」
「ふん。
その割には、
スイやユンタの居ない隙を狙った様に俺には思えるがな?
口先だけの木っ端が、いつまでも喚くな。
御託はいいから、かかってこい」
「ひぇひぇひぇ。
威勢が良い餓鬼だなぁ?
楽には殺さねぇ。お前も部下も。嬲り殺してやる。
ひぇひぇひぇ」
(スイ。お前の言う事がきっと正しい。
だが俺は、お前にはなれない。
少しでもお前に近づこうと足掻いていたが、
俺には俺のやり方しか出来ない)
ゼンの魔力が込められた風が吹いた。
その風は熱波と錯覚する程に高い熱を持っていて、
皮膚をじりじりと焼く様な感覚があった。
風は、聖域教会の男と、
その周辺一帯の範囲を指定するようにして、
激しく巻き起こり始めていた。
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本日は2話投稿します!
突然の脳内BGMは、
ヤングスキニーのゴミ人間、俺
でした!




