イセカイ篇 22 『イセカイ↔️。』
第4章 イセカイ篇これにて終了です!
夜にもう1話投稿します!(異世界篇)
◆
ことはと俺は工房を後にして、
ことはのアパートへと帰る道を二人で歩いていた。
アメビックスと悠さんが見送ってくれて、
外から眺めてみると、
工房は何の変哲も無いアパートだった。
建物の中の空間を拡張する魔法。
火を出したり、空を飛んだりよりも、
目の当たりにした時の衝撃が、
俺にとっては少し大きい気がする。
贅沢な話かも知れないけど、
異世界へ戻る事に少しだけ躊躇してしまった。
もう帰って来られないかも知れない。
小心者の俺にはソレが引っ掛かるのだろう。
最初に異世界に転移した時にはあんなに喜んでいたのに。
自由に行き来き出来るのなら、
少しは心が晴れるのだろうか?
「ナツメくん。
お腹は空いてないかな?何か買って帰って食べるか、
何処かお店に寄って行くかい?
こんな時間じゃファミレスしか開いてないけど」
ことはが俺の顔を覗き込んで言った。
気を使ってくれてるのだ。
「どうしようかな……」
俺は腹なんてびた一文空いてないので、間の抜けた生返事をしてしまう。
「む。
まさか君は僕の手料理なんてものを期待しているんじゃないだろうね?
期待を裏切る様で悪いけど、
それは止めておいた方が良い」
「いや……、別に期待はしてないんだけど……。
何で?」
「スイがまだ小さい頃に一度だけ料理を作った事がある。
僕としては渾身の出来だったが、
スイは『苦くて食べられない』と言って泣いてしまった。
それ以来、僕は料理をしない事にしている」
「そんなドヤ顔で。
その後はどうやって暮らしてたんだよ?」
「ユンタが作りに来てくれたり、
結婚してからはヤンマがやってくれていた。
だから、スイは母親である僕の手料理の味を、
苦くて食べられなかった物、としか記憶していないだろう。
実に遺憾だ」
「お前、魔法以外は結構ダメダメだな」
「む。そんな事は無い。
君は結構平気で失礼な事を言うな」
ことはは、そう言って俺に手を差し出した。
「……何だよ?」
「スイと何処かに行く時には手を繋いで歩いていた。
彼女は賢いから迷子になんてならないのは分かっていたけど、
僕が繋ぎたいから繋いでいた」
「スイじゃないんですけど……」
「わかってるよそんな事。遠慮することは無い」
俺はことはに強引に手を繋がれて、
引っ張られる様にして歩かされた。
「恥ずかしいんですけど……」
ことはのツルツルとした陶器の様な手のひらは、
指先までとても冷たかった。
「もうスイは恥ずかしがって手を繋いでくれないかな?」
ことはが俺にそう訊いた。
「どうだろうな……」
「急に帰って来なくなった僕を恨んではいないかな?」
「それは無いと思うぞ」
「スイが嫌がったとしても僕は手を繋ごうと思う。
七年だ。
七年分の僕の愛がいかに深いか見せつけてやるんだ」
「誰にだよ」
俺は少し笑ってしまった。
「ナツメくん。僕は今とても高揚している。
異世界ハイだ」
「わかってるよ。
……。
お前はあっちに戻る事に迷ったり、
躊躇したりしないんだな?」
「迷う?何故だい?」
「だって、
もうこっちには帰れないかも知れないんだぞ?」
「それとこれとは僕にとっては話が別だね。
僕は何よりも大切なものを、
向こうの世界に残して来てしまっている。
だから、僕は戻るべきなんだ」
「帰って来れなくなっても困らないのかよ?」
「ナツメくんは困るのかい?」
「わからん……。こっちの世界に、
別に未練なんか無いんだけど、
帰れないかもって思うと、なんかよくわかんなくなる」
「好きな女の子でも居るとか?」
「いや……。居ない……」
「じゃあ男の子?」
「女の方が好きかな……」
「あっちの世界に、君は誰か大切な人は居ないのかい?」
俺はそう言われて、スイの顔がすぐに浮かんだ。
アレ?俺、スイの事好きなの?
「孤独と向き合う事は、
人生において、とても大事な事だと僕は思うよ。
孤独だからこそ知り得る事もある。
それは知識かも知れないし、
言葉に表すのが困難な感覚かも知れない。
だけど、誰かと寄り添う事で初めて気づく事もある」
「どういう意味?」
「君くらいの年頃の男の子は、
誰かと恋をするべきだと僕は思っている。
孤独と向き合う事は、大人になってからだって出来る」
「恋て。恋だって別にいつでも出来るだろ?」
「それはそうなんだけどね。
僕だって偉そうに言える程に経験豊富では無いけれど、
スイと出逢って、ヤンマと結婚して、
三人で暮らしていた時の事は、
僕にとってかけがえの無い幸せな時間だったよ。
誰かの傍に居るって事は、僕の価値観の中では、
間違い無く幸福の一つだ。
でも、誰かを愛する事をせずにいたら、
それが幸福だと云う事には気づけなかった。
僕はそれを、異世界で知る事が出来た」
俺の手を握る、ことはの力が強くなった。
「それにさ。
僕達は何の前触れも無く、
異世界に急に行ってしまっただろう?
僕達が方法を知らないだけで、
本当はそんなに遠くは無いのかも知れないよ?」
「世界線越えちゃってんのに?」
「だって手ぶらでアメリカなんて行かないだろう?
案外近いものなんだって考えた方が、
ひょっとしたら正しいかも知れない。
既に転移魔法の技術は確立されている様だしね。
秘密裏に」
「それはそうかもだけどさ……」
「向こうに戻って落ち着いたらさ、
一緒に転移魔法の事を調べよう。
リロクからも何かしら聞き出せるかも知れないしね。
忘れ物が有っても、
僕達はいつでも取りに戻れるさ」
「ポジティブ」
「僕達は行って戻って来たんだよ?
それが魔法に因って起こった事なら、
それが再現出来ない方が僕には不可解だ」
「お前、本当に異世界ハイって感じだな」
俺を元気づけようとしてくれてるのだろう。
「常識も理屈も一度かなぐり捨てようじゃないか。
異世界だぜ?
頭のネジなんて飛んでる奴が勝つんだ」
「俺はお前みたいにはなれないよ」
「僕だって君にはなれない」
俺達は手を繋いだまま歩き続け、
気がつくとアパートへと着いてしまった。
俺はなんとなく、
本当になんとなくだが、
ことはと手を離すのを寂しく思ってしまっていた。
不覚にも。
アパートの階段を上がりかけた時、
ことはが振り返って思い出した様に言った。
「しまった。ご飯を買ってない」
近くのコンビニで買って済まそうと云う事になり、
なんとなく、
そのまま手を繋いで俺達はコンビニへ向かった。
俺は心の中でガッツポーズを決めてしまった。
何度も。
不覚にも。
ことはは美人だが、好きな訳では無い。
人妻だし。
俺はまるで自分にそう言い聞かせているようだった。
◆◆
食事が済んで、
明日の出発の為の用意をするのかと思ってたが、
ことはは荷物は持って行かないと言って、
ただゴロゴロとしている。
一応、
俺達にくっついて回っている使い魔のウーたんにも、
食べ物を与えようとしたが、
まるで食べようとせず、
とりあえず必要は無いみたいだった。
「あ。でもコレだけは持って行く。
スイに逢う前に溶けてダメになってしまうかも知れないけど」
ことはは、そう言って、
先刻コンビニで買った大量のチョコレートやらチョコ味のお菓子やらを入れたビニール袋を大事そうに抱えていた。
「スイはチョコが大好きなんだ。
チョコを買ってあげると、
いつもは大人しいスイが物凄く喜ぶんだよ。
その顔が可愛くて仕方なかった。
毎日だって買ってあげたかったけど、
あの世界ではチョコはとても高級品なんだ。
スイにたくさん食べさせてあげたかった」
楽しそうに喋りながら、
袋から出しては、順番に並べて、また袋に入れて。
遠足前の子供か。
「渡せると良いな」
「スイ達は今、イファルに居るんだったよね?
ラロカとイファルは随分離れてるから、
さっさと片付けて、急いでイファルへ向かおう。
チョコが溶ける前に」
「そうだな。とりあえず、今夜は冷蔵庫に入れとけば?」
「そうか。そうだね」
袋に入ったチョコレート達を、金庫にしまうようにして、冷蔵庫に入れている。
「それとさ。ナツメくん。
君を優秀な魔法使いと見込んで提案が有るんだけど」
「何だよ急に嫌味」
「他人の能力を再現する能力。
君こそ真の魔法使いなんではないかと僕は思っているよ。
その君の能力でさ、
明日はアメビックスに仕返ししてやろう。
君が夢で対面したと云う声の話を、
僕達なりに解釈したやり方で」
ことはがニヤリと笑ってそう言った。
きっと異世界ハイ続行中なのだろう。
その顔を見ていると、
俺も、
思わず身体の内側からざわつきを感じて、
ブッ飛んでみたくなってしまっている。
何せ、
俺達は異世界へ行くのだから。
◆◆◆
そして、翌日。
俺達は再び工房を訪れた。
悠さんは見送りに来ると言ったが、
「寂しくなるといけないから」と言って、
バイトが終わると、ことははさっさと店を出て行った。
ことはなりの気遣いなのかも知れない。
「よく来てくれた」
アメビックスがそう言って出迎えてくれた。
昨日とは違う部屋に通されて、
アメビックスは再びお茶を勧めて来たが、今度は断った。
「もう何も仕込んではいないんだがな」
そう言って彼は苦笑いをしている。
「それより、コレ。よろしく頼むよ」
そう言って、ことははアパートの解約に必要そうなものをアメビックスに渡した。
印鑑やら本人証明やら。
ことは曰く、偽造だそうだ。
犯罪。
アメビックスはそれを受け取って、
俺達を部屋の奥に案内し、
床に描かれた魔法陣を見せてきた。
「コレが転移の術式の魔法陣だ」
「ふうん。凄く複雑だ」
「他人に奪われない様に組んでいった結果、こうなった」
アメビックスが魔法陣の上に立つ様に指示する。
「それでは、君たちを向こうの世界へ送る」
「よろしく」
俺は少し緊張し、胃の辺りが重たい。
「リロクを必ず倒してくれ」
魔法陣が発動し、描かれた図形や文字が発光を始める。
アメビックスは魔法陣を満足そうに眺め、
俺達に勧めたお茶を一口啜った。
その瞬間、彼は飲んでいたお茶のカップを床に落とし、
異変に気づいていた。
「これは……!? 馬鹿な!? 貴様ら……!!」
アメビックスが、
目を背けたくなる様な形相で俺達を睨み付けている。
「かかったね」
ことはが楽しそうに笑ってそう言った。
「何故、貴様が『隷縛の契約』を使える!?」
「君の術式を解読して、真似をして再現をしたのさ。
ナツメくんがね」
「リクが!?」
「ナツメくんを侮らない方が良い」
俺は、ことはに言われて、
自分にかけられた魔法をレンタルして再現したのだ。
俺に出来る、イメージし得る限りで。
ことは曰く、ディテールはもちろん違うが、
大体合ってる。
アメビックスは契約の術式を身体に取り入れてしまい、
俺はアメビックスの魂を縛る事に成功した。
「人間がふざけた真似を!!」
アメビックスが転移魔法を解除しようとしたが、
既に遅く、俺達の周りの景色は段々と薄れていく。
転移は始まっている。
「忘れたのかい?
僕は『中央の魔女』なんだぜ?」
ことはの声が静かに部屋の中で響いた。
アメビックスが何かを叫んだが、
その声はもう聞こえる事は無かった。
光の泡沫に包まれて、
とても仰々しく、
そうやって俺達の身体はこの世界から離れていった。
◆◆◆◆




