異世界篇 17 『魔書使い。』
本日投稿の2話目になります!
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「転移者。決めろ。
俺達に従うか否かを」
そう言ったクジンをイツカが睨み付けた。
小動物を思わせる様な可愛らしい顔をしているのだが、
眉間に皺を寄せて、不快感を露にし、
黒目がちの瞳に敵意を滾らせて、
彼女は牙を剥く猛獣の様な表情を浮かべていた。
「イツカに気安く喋りかけんな。
しかも何だよ女の子ばっか連れて。
このハーレム野郎」
「知るか。成り行きでそうなっただけだ」
「けっ。おい! 女の子達!!
このハーレム野郎に無理矢理連れ回されてんだな!?
きっとそうなんだな!?」
「話を聞け転移者」
「誰がお前みたいな悪党の話なんか聞くもんか。
待ってろよ女の子達。
今からイツカがコイツの事をぶっ倒すからな」
「やってみろ転移者」
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クジンの魔力の風がようやくその牙を剥いた。
イツカの周囲に有った建物が、
風の刃で綺麗に真っ二つにされてしまった。
わざわざ、イツカに当たらない様にして。
クジンのデモンストレーションだった。
「躱すつもりでも無さそうだったな。
防御に絶対の自信でもあるのか?」
「こんな豆鉄砲喰らったところで屁でも無えからだな!
チマチマやるつもりなら付き合い切れねえんだけどな!」
「抜かせ」
クジンは風を一点に集中させる様に操った。
本人にしか目視の出来ない、
風の槍を造り出す為だ。
────『突き風!!』
周囲の空気を呑み込み、竜巻に似た音を立てて、
旋回する弾丸の様な風の槍が放たれた。
視えては居ない筈のイツカは、
クジンの攻撃を避ける様子が無かった。
「風だな」
そう言って彼女は笑った。
「風よ!! 魔導書の導きに於いて
我が命ずる!! 降り注ぎし悪しきを祓い給え!!」
イツカが詠唱をすると、
手にした真っ黒な本の頁が光を放ちながら開き、
クジンの風の槍を相殺する様に、
風魔法の防御壁が形成された。
嵐の様な砂埃を撒き散らして、
風の魔法同士は打ち消しあってしまった。
「チッ」
イツカの手にした魔導書を見て、
クジンは忌々しげに舌打ちをした。
「魔書使いというらしいな。
得意とする属性を無視して、
あらゆる系統の魔法を行使する事が出来る。
通りで攻撃を躱すつもりが無い筈だ。
こちらの攻撃に合わせて相殺する魔法を撃てば良い」
「先刻から、これ見よがしに風ばっか起こしてたからな。
イツカには攻撃が読み易くて仕方ねえんだけどな」
イツカは嬉々として言った。
「一部の天恵者が具現化出来るものらしいが、
さぞかし魔力を喰って仕方ないだろう。
いつまでも使える芸当でもあるまい」
「そりゃお前も一緒だな?
魔法使いにゃ魔力切れってリスクはつきもんだよな?
イツカの魔力切れを狙って撃ち合いを続けてみな。
ブッ倒れんのはお前の方だな!」
「ふん。
チートに有りがちな、
己の能力に過信し過ぎるタイプだ。
俺は無駄な事が嫌いだが、面白い。
乗ってやる」
クジンが再び魔力で風を操る。
「風魔法同士で相殺を続けるつもりだろうが、
俺の魔法の方が強力だった場合には、
そう巧くもいかないだろう?」
クジンの操る風が、巨大な砲弾の形に形成され、
辺りの木々や建物が、激しく揺さぶられている。
「壁ごとブチ抜いてやる」
───『炮の風!!!』
大炮を放った様な炸裂音と共に、
イツカの体躯よりも遥かに大きな風の塊が撃ち放たれた。
クジンの風魔法の影響で、周囲に居る人々も、
嵐の様な突風に吹き飛ばされそうになっていた。
「街を壊すんじゃねーよ!! クソだな!!
それに、イツカをあんまり舐めんな!!」
イツカの魔導書が再び開かれ、
クジンの放った攻撃に対する、防御魔法が発動された。
砲弾の様な風を包むようにして張られた防御魔法は、
相殺による周囲への影響を、
最小限に抑えようとされたもので、
辺りへの風は殆ど吹かれなかった代わりに、
石畳の街路を激しく抉り取った。
「チッ」
「クジン。あんたやり過ぎだよ。
真面に当たってたら、
その娘を連れて帰るどころじゃなくなるじゃないかね」
「黙ってろシンヒ。見れば分かるだろう。
コイツはそんな生易しい相手では無い」
「クスクス。女の子相手にムキになっちゃってねえ」
「黙れ。性別は関係無い。
コイツは強い」
イツカは、どうだ。と言わんばかりに、
腰に手を当てて得意気にクジンを見下ろしていた。
「たいしたことねーな!悪者!!」
「チッ」
「舌打ちばっかりして、
イツカに勝てないから負け惜しみだな!!」
「抜かせ。この程度で勝ったと勘違いをするから、
チートの足元は掬い易い。
余り俺を見くびらない方が良い」
クジンが再び魔力を込めた風を吹かせ始めた。
「しつけーな!!」
馬鹿の一つ覚えだ、とイツカは思った。
強い攻撃魔法を使ってくるけど、自分の相手では無い。
「イツカは魔族だって倒したんだからな!!
お前の負けだからな!! 悪者!!」
イツカの防御魔法が発動し、
クジンの攻撃を再び遮る。
筈だった。
防御魔法に遮られる事無く、
クジンの攻撃魔法が、
自分を貫こうとして迫り、
そこでイツカは初めてクジンの攻撃を躱す体勢を取った。
精密な魔力感知を発動し、攻撃魔法の弾道を読まれた為、
イツカにダメージを与える事は出来なかったが、
クジンは鼻で嗤う様にイツカに言い放った。
「見くびるなと言った筈だ。
チートの隙を衝くのは容易い事を俺は知っている。
転移者。お前に俺の能力を教えてやる。
お前の魔導書でいつまで躱しきれるだろうな?」
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