異世界篇 16 『魔族の話と転移者。』
本日投稿分の2話目です!
更新遅くなっちゃいました!!
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魔力の風が、段々と勢いを強めていく。
周囲の物が風に飛ばされ始め、
辺りに居た人々は不穏な空気を察知し、
逃げるように建物の中へと入っていった。
それでもクジンは遠慮も容赦も無く、
ハンに対して高圧的な態度で接し続ける。
「返答はどうした?悩む必要も無いと俺は思うがな」
それでも、ハンは何も答えようとしなかった。
「結界を解く様子も無いな。スイ。
これはイファルへの宣戦布告だろう。
こいつらは間違い無く何かを隠している」
「クジン。ちょっと待って。さすがに乱暴過ぎない?
確かに最初から怪しいとは思ってたけど」
「それなら躊躇する必要が無い。コイツを殺して、
隠れている転移者を引き摺り出すだけだ」
「イファル王に怒られちゃうよ」
二人が言い合ってある間に、
ハンは少しずつ後退りを始めた。
「動かないで」
スイの声を聞いて、
ハンは身体をビクッとさせて動きを止めた。
「あなた達が何かを隠しているとすれば、
わたし達はそれを知らなければならないんだ」
スイが穏やかな口調で、ハンにそう告げている間に、
クジンは魔力感知では無く、気配を察知するスキルで、
物陰に潜んでいる刺客の人数を割り出していた。
「25~6人と云ったところか。
何とも半端な人数を揃えたものだな」
「あなた方には分かりますまい……」
ハンは絞り出す様な声で小さく呻いた。
「これが、我が国に出来る精一杯の事です。
大国が我が国を脅かそうと知って尚、
誰もが怯えながらも、
それでも国を守ろうと立ち上がったのです。
彼らの事をあなた方が嘲る道理などありますまい」
「くだらん」
「まーーまーー。
ちょっとクジンもおっさんも落ち着けって?
歓迎にしちゃ物騒だけどさ。
ウチら別にドンパチやりに来たんじゃねーーんだから」
「我々にとって、あなた方は侵略者でしかない。
どうか、お引き取り頂きたい」
「つーー事はさ。
この国にやっぱり痕跡と転移者がいるって事だよな。
参ったなこりゃ。スイ、どうするーー?」
「ハンさん。転移者は今、この国の何処に居るのかな?」
「答える訳にはいきません」
「でも、
これは国家間同士で重大な遺恨を残しかねない問題だ。
あなた達が頑なに抵抗を続けるのは、
とても苦しい事になる。
もし良かったら、どうしてそこまで抵抗するのか、
何か理由を教えて欲しい」
「痴れた事を。
痕跡の魔力を理由したいだけだろう。
理由など聞いたところで時間の無駄だ」
「クジン。君はちょっとうるさいから黙ってて。
それに、この風を一旦止めて。
これじゃ話し合いにならない」
「バカな。途端に襲いかかって来るに違いない」
「だとしてもだよ。
それに君はいつも威張っているのに、
もしかして負けるのが怖いの?」
「バカか。そんな訳ない。それに負ける訳がない」
「なら風を止めて」
「……チッ」
風が止んで、スイは戦う意志が無い事をハンに示した。
「我が国はとても貧しい国です。
土地は痩せていて、
その土地でようやく出来た作物も塩害にやられてしまう、
それにこの辺りの海域は海の魔物も多く、
唯一の産業だった漁に出る事もままならない年も続き、
国はどんどんと貧しくなり、
貧困に喘ぎ国民達は苦しんでおりました」
ハンはそうやって語り始めた。
「懸命に漁に出た者達も、魔物にやられてしまい、
漁師達の数も年々減っていき、
……我々が、
生きる事を諦めてしまいそうになった時に、
ヤツが現れたのです」
「ヤツ?」
「アメビックスと名乗る魔族です。
あの男は突然現れて我々に交渉を持ちかけて来たのです。
“海の魔物を寄せ付けない方法を教えてやる”」
汗が滴り落ちる。
「アメビックスは、
船や港全体に魔法を掛けると言いました。
どんな魔法だったのかは決して教えませんでしたが……。
その年から、
あれ程までに猛威を奮っていた魔物達は忽然と姿を消しました。
我々は再び漁に出る事が出来たのです」
ハンは記憶をゆっくりと辿りながら続けた。
「我々は、
初めは彼に感謝をしました。
それはもう、国を挙げて彼の功績を讃えたのです。
それから、国王から領地を与えられる事になり、
アメビックスは領主として国に迎え入れられました」
「領主?魔族が?」
「はい。ラロカにとって、彼は英雄でした」
「でした。今は違う」
「……。アメビックスが持ち掛けたのは、
交渉では無く、契約だったのです。
船や港に魔法を掛けた頃から仕込まれていて、
彼が領地に城を建てた頃には、
我々は誰も彼に逆らう事が出来なくなっていました。
契約の力を行使して、
アメビックスは魔法の研究だと称し、
多くの国民を手に掛け始めていったのです。
数えきれない程の人体実験を繰り返し、
数多の魔法を開発し、
逆らう事の無い新たな実験体を誂えさせて……、
本当に悪魔の所業の様な光景が国中で繰り広げられていたのです」
「まーー。当然そーなるわな。
んで?その魔族はどーなったん?」
「長きに亘り、契約に因って縛り付けたまま、
アメビックスはこの国を蝕み、人々を弄び、
我々は助けを求める事も出来ずに、
このままヤツに喰い殺されるのを、
ただ待つだけなのかと思っていた、
その時です。
転移者がラロカに現れたのは」
「ふん」
「転移者は、我らをお救い給われました。
アメビックスの契約から、我らを解放し、
あの魔族を打ち倒してくださったのです。
そして、
アメビックスの施した魔法に頼らずとも済むようにと、
海の魔物達も根こそぎ追い払い、
我々が、
願って止まなかった安寧の暮らしを与え給われたのです」
「まるで神だな」
「我々にとって、転移者は神に等しい御方です」
「くだらん。
元を辿れば、お前達の脆弱さが招いた事だ。
お前達が弱いから、魔族に付け込まれた。
それだけの事だ。
お前達は自分達を救った神だと称して、
その転移者を隠している。
俺達はその転移者に用がある。さっさと連れて来い」
「……。大国に、
我々の気持ちなど測り知る事など出来ないでしょう。
我らは神に救われた者達、
救って下さった神を、
どうして引き渡す事が出来ましょうか」
「くだらん。
それならお前達の首が刎ね飛ぶだけだ」
再び魔力の風が、
先刻よりも強い突風となって吹き荒びだした。
ハンの顔は青ざめて、
物陰に潜んでいる連中に合図を出す様に、
片手を上げようとした。
その時だった。
「くらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
なんしとんじゃおのれらぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
とんでもない怒声が、
かなり離れた場所から聴こえてきた筈だったが、
その次の瞬間には、
スイ達の前に一人の少女が現れていた。
「イ……、イツカ様!!?」
「ハンさん!! もう大丈夫だ!!!
イツカが来たからな!!!」
イツカと呼ばれた少女は、
黒いショートヘア、ゴシックロリータの様な黒い服、
黒い蝶や花の髪飾り、手に持っている日傘も、
分厚いハードカバーの本さえも全て真っ黒だった。
可憐な外見からは想像がつかない様な、
凄まじい大声を張り上げて、
スイ達を睨み付けている。
「この娘が転移者」
「おらぁぁぁぁ!!!
ハンさんを寄ってたかっていじめやがったな!!?
魔族か!!?
お前ら魔族なんだな!!!?」
「めっちゃ声でけーー笑」
「イツカ様!!
此方にいらしては危険でございます!!
事が済むまで王宮に居て頂けると、
約束してくださったではありませんか!!?」
「そんなんイツカが守るわけないな!!」
「困ります!!」
「ちょっと待って。
わたし達は君に話を訊きに来ただけだから。
それに魔族じゃない」
「はーーん!!? 嘘つくな!!
イツカは騙されないからな!!?」
「スイ。退け。
おい、転移者。俺達はお前をこの国から連れて行く。
大人しくついて来るなら手荒な真似はしない」
「やっぱり悪いヤツじゃん!!」
クジンとイツカが睨み合いを始め、
周囲は二人の魔力に因って、僅かに空気が震え出した。
「クジンの奴。
あのイツカって娘をわざと煽ってるねえ」
「意味わかんねーーー」
「わかんないかい?
クジンめ、戦いたくて相当昂ってるよ。
なんせ、あの娘、天恵者だろうからねえ」
シンヒはそう言って、口元だけで笑ってみせた。
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