第十三話『シャオの好きな人。』
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「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや…………」
一気に酔いが醒めてしまったスイが珍しくあたふたと動揺していた。
なにせ、今しがた同性にとても大きな声で愛の告白を受けたからだ。それも大勢の人がいる前で。
「それは……あれだ!おそらく古くからの友人への敬愛とか親愛の表現だね?」
スイが確認するようにシャオに問いかけた。
まだグスグスと泣きながらシャオは答えた。
「違いばす。出来れば結婚を前提に交際を申し込みたいと思っていばす」
「いや、だって、あれじゃないか、君は昔から意地悪な事を言ってきたりしただろう?君はわたしのことが嫌いなんじゃないのかい?てっきりそう思っていた」
「それも違いばす。グス……。少しでもスイと長くお喋りがしていたくて。でも貴女はいつも一人ですぐにどこかに行こうとするからちょっとでも気を引きたくて」
「え?いや、えーと、あの、そ、そうだ!君はいつもゼンと何かコソコソとしていたじゃないか?!とっても仲良しで…もしくはそういう関係なんじゃないかと私には見えていたんだが?!」
「それも全然違います。ゼンは私がスイの事を好きなのを知っていますから。あの…その、色々と約束事を」
「約束?約束ってなんだい?」
「あの、色々と抜け駆けをしない協定と言いますか……。と、とにかく!!!私は昔からずっとスイの事が大好きなんです!!!私と付き合ってください!!」
「いや、まてまてまてまて!!!一度落ち着こう。シャオ、わたしは女だよ?そして君も女だ?この意味はわかるかい?」
「勿論です。私は女として女の貴女を愛しています」
「ちょ、ちょっと待って!!酔っ払ってるにしても大胆すぎる!!」
スイとシャオの様子を見て、リクは面白くてたまらなかった。
「男らしくないぞー」
「わたしは男じゃない!!シャオ、気持ちはありがたい?ん?ありがたいのか?とにかく嬉しいんだけど、そんな事を急に言われても何て言えば良いのかさっぱりわからないんだ。とにかく泣くのを止めて一旦落ち着こう。ね?」
「スイは私のことが嫌いですか?女として見れませんか?」
「いや嫌いじゃないし、女としか見えてないよ」
「私、貴女の前に出ると、いつもとても舞い上がってしてしまってついつい生意気な事を言ってしまうから………よがづだあ”あ”あ”き”ら”わ”ら”でなぐでえ”え”え”!!!う”え”え”」
え”ぇ”ぇ”ん”!!!」
「………どうしたらいいんだ一体」
リクはスイの肩を叩いて言った。
「付き合ってやれよ」
「出来るわけないだろう!」
「ちなみにさ、シャオはコイツのどこが好きなの?」
「おい!リク!君も酔っ払いすぎじゃないか?!」
「全部です!!」
「おーい!!!」
「スイは初めて出会った時からずっと素敵なんです。声も髪も肌もすごく綺麗で、小さくて可憐で、顔も本当にお人形のようで、とっても可愛いし………。それにそれに!一見クールでドライなんですけど本当はとても優しいんです!!」
「だってさ?」
「いや……。もう、なにがなんだか……」
「子どもの頃に魔物に襲われた私を助けてくれたことがあったでしょう?お礼を言うと平気な顔をして素っ気なくしてましたけど、私を庇って自分も怪我をしてて……スイはあの時から私の王子様で……。物語に出てくる王子様よりも、ずっとずっとずーーーーっとかっこよくて素敵なんです……」
「へー。王子様やるじゃん」
「うぅ…………」
「あ!それから!昔、スイは自分のこと“僕”って言っていたでしょ?そのスイがかっこよくて……。大好きだったんですけど、ゼンがからかうものだから止めてしまったでしょ?あの時は本当に悲しかったんです……ゼンのことは死ぬほどブン殴っておきましたけど」
「ん?今なんかサラッと物騒なこと言ったなこの人」
リクは一瞬聞こえた言葉に自分の耳を疑った
「だから、さっき、スイが自分のこと“僕”って言っていたから昔みたいで本当に嬉しくて……」
「シャオ。もうわかったから止めてくれ。さっきは酔っ払ってたからつい昔の癖で言ってしまったんだ。頬を赤らめないでくれ」
「スイを調査隊のパーティーに加えたいとイファル王が申された時に、私、絶対に一緒に行きたいと思いました!!そして旅の最中に、子供の頃みたいに、スイとお風呂に入ったり一緒のベッドで眠ったりスイの美しい寝顔を一晩中眺めたり……どさくさに紛れて私がスイの唇を奪ったり出来たらいいなぁとか……ふへへ。その他あんなことやこんなことがあるんじゃないかとドキドキして本当に楽しみにしていたんです」
「なんか、この人どんどんぶっちゃけていくな?」
止まらないシャオに、リクは少したじろいだ様子でそう言った。
「そういう訳で、スイ。旅の仲間として、生涯の伴侶として、よろしくお願いします。お返事、待ってます」
「いや、なにを言っているんだ君は…?待たれても困るんだけれど……」
シャオから身体を一歩引こうとするスイの両手を握りしめ、シャオはグイグイと詰め寄っていった。両指を艶かしくにぎにぎと絡ませながら、顔は紅潮して息も荒く、スイはその様子に本当に困った表情を浮かべてリクの方を見た。
それに気づいたシャオが言った。
「あの、先ほどから気になってたんですけど。リクさん。あなたは随分とスイに気安いですね?なんなんですか?私のスイにつきまとう悪い虫か何かですか?」
「え!?ち、違うけど!?」
「それに、ぽっと出の青二才が調査隊のパーティーに加わるとか、分際をわきまえてますか?一体なにを考えてるんですか?」
「いや、まてまて。俺が望んだわけじゃないぞ?」
「そうだよ。シャオ、リクにまで絡んだらダメだよ」
「あーー!庇った!!なんでしょう、先ほどから仲良さげな二人を見ていると嫉妬の炎がメラメラと……」
フラフラとしながら焦点の定まらない目でシャオがリクを睨み付けた。
「情緒が不安定すぎてついてけないんだが??!」
リクなシャオに突然向けられた怒りの矛先にただただ動揺していた。
「よろしい。わかりました。リクさん。私と決闘をしましょう。あなたが勝てばパーティーに参加することを渋々、本当にしょうがなくて、本当はものすごい嫌ですけど、許可します。私が勝てば、金輪際、私のスイに私の許可無しで近づくことを許しません」
「なんだよそれ!?俺になんのメリット!?」
「シャオ。私のってなんだい?わたしは君のものではないよ?」
「もう!スイったら聞いてないようでちゃんと聞いていてくれるんですから。そんなところが……すぅぅ……きぃぃぃぃぃ……」
「ああ、もう……。リクはまだスキルの付与もしてもらっていないんだよ?それなのに君と喧嘩なんかしたら骨も残らないくらい粉々になってしまうじゃないか」
「ちょい待て。俺の中の本能という本能が全勢力を上げて逃げ出せと言っているんだが?」
「シャオはすごく強いんだよ?」
「やらねーよ!!」
「冗談だよ。シャオ、そういう訳でリクは君と戦わない。それにもうリクをいじめるのは止めてやってくれないかな?パーティーに加えたいと言い出したのは私だし」
「いえ、駄目です。スイ。これは譲ることの出来ない戦いですから。キリッ」
「キリッ。じゃないよ。………よし。わかった。そんなに戦いたかったら好きにすれば良い」
「ちょっと!!?」
リクが助けを求めるようにスイに叫んだ。
「だけどその代わりに、リクがもし死んでしまったりしたら、私は君を一生許さない」
「ス、スイ……?そんな死ぬとか大袈裟じゃなくてですね、骨の何本か軽く折ってやればちょっとは大人しくなるんじゃないかと思っただけで」
「同じさ」 「ダメだろ!?」
アタフタとして慌てるシャオにスイは言った。
「どちらにしたってそうなったならわたしは君を許さない。リクがこの世界に来てくれて、コトハさんにまた会えるかも知れない可能性が出来たんだ。その可能性を失くすかも知れないならとても困る」
「コトハさん……。私はスイの中でいつまで経っても特別な存在になれないのでしょうか………?」
「君のことももちろん友達だと思っているよ。だけど、それとこれとは話が別だよ」
「そうですか……私はスイの友達……ですか……。ニホンの人はいつも特別なのに……。コトハさんが大切なのはわかりますけど……。それに加えてこの薄気味の悪い青瓢箪まで……?」
「俺への罵詈雑言が止まらない」
「シャオは幼なじみで友達だよ。だから悪いけれど君への気持ちには応えてあげられないよ。それにリクとも仲良くしてほしい」
シャオは掴んでいたスイの両手を離し、顔を俯けた。
「そう……ですか………」
そう小さく呟いたシャオは顔を臥せて、また肩を震わせがら泣いているように見えた。銀色の髪がサラサラと顔にかかり、表情までは見えなかった。
「スイの………」
「え?ごめん、よく聞こえなかった」
「スイのバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
シャオはそう叫ぶと、勢いよく走り出した。
「あ、ちょ、ちょっと!シャオ!?何処に行くんだい!?」
「せっかく……せっかく勇気を出して告白したのに……ダメでしたぁぁぁぁぁ!!!振られたぁぁぁぁぁ!!!もう嫌だぁぁぁ!!」
スイも走ってシャオを追いかけた。
「強くて優しくてかっこいいスイに釣り合うように一生懸命努力したけどやっぱりドジでノロマな私じゃダメなんだぁぁぁぁぁ!!!」
「ま、待て!!シャオ待って!!」
「やっぱり……やっぱりスイは私のことなんて見向きもしてくれないんです……さようなら……スイ……」
「待ってくれ!酔っ払ってるのにそんなに走ったら……」
スイの忠告も耳に届かずにドタバタと全速力で走るシャオが、「あっ」と、小さく叫び声を上げて脚をもつれさせ、転びそうになった瞬間、スイが倒れかけたシャオの身体を抱き止めて、そのままシャオを庇うようにしてして倒れ込み、ちょうどお姫様抱っこのような体勢になっていた。
それを見て観衆全員が同じことを思った。
“あ……これ……王子様がやるヤツや………”
「ス、スイ!?大丈夫ですか!?ごめんなさい!!どこも痛くないですか!?」
「あいたたた。いや、大丈夫。尻餅をついただけだよ。シャオは大丈夫?」
「スイが守ってくれましたから……」
「それなら良かった。お酒を飲んだ後に急に走ったりしたら危ないよ。今後は気をつけることだね」
「はい……ごめんなさい……」
シャオは子供が甘えるように、スイの上着をギュッと握りしめ、顔を真っ赤にして、申し訳なさそうに謝まった。
「あの、シャオ。大丈夫そうなら起き上がれるかい?それから上着を離してもらっても良いかな?」
「嫌です。しばらくこのままでいさせてください」
シャオは幸せそうな顔をして、スイの胸に顔を埋めてスイにギュッと抱きついた。
スイは助けを求めるように困り果てた顔をしたが周りの誰もがその様子を微笑ましく見守るだけだった。
「いつもスイは私を守ってくれます。私、やっぱりスイのことが大好きです」
「あ、ああ。ありがとう。ちょっと…そんなに匂いを嗅がないでくれるかな?鼻息がこそばゆいんだけど…。君の気持ちに応えてあげることは出来ないけどね」
「やっぱり私には魅力が足りないから……」
「いや、そういうことじゃなくて……。そんなに好きでいてくれていたなんて知ることが出来て、本当に驚いたし、とっても嬉しかったよ?それと、嫌われているものだと思っていたから、シャオが来るとついつい身構えてしまって………ゴメン。これからは友達としてもっと仲良く過ごせるんじゃないかな?……それじゃダメかな?」
「………。スイは、やっぱりズルいです……」
シャオは声を震わせて静かに泣き出し、縋りつくようにスイを強く抱きしめた。スイは驚いた顔をしたが、シャオの頭を撫でてやってしばらくそのままでいさせてやろうと思ったようだった。
「イケメンじゃ………。イケメンがおるわ…………」
その様子を見てリクが呟いた。止まったような時間が動き出し、宴は夜更け過ぎまで続いた。
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