異世界篇 13 『ヤエファ、イファルを発つ。』
本日投稿分の最終話になります!
明日から2話ずつ更新していく予定です!
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『果ての大地』と、
激しい潮流に因って隔てられた大陸の最北端。
溶ける事の無い、凍てついた大地が広がる、
極寒の地域にネイジンは存在する。
古来より、氷や雪に関する魔族や魔物の被害が多く、
人々はその度に、火の神や精霊に助けを求め、
信仰を深めていった。
聖域教会本部大聖堂。
女神を最高神として崇める教会の本拠地の、
巨大な門には、古来から続く雪除けの慣習として、
火の神や精霊たちのレリーフが彫られている。
大聖堂の中では、
教会のトップである始教皇と、
現在ネイジンに駐留して居ない、
各司教達を除いた面々による、
月に一度の定例報告会が行われていた。
「それで結局、教会で飼っていた亜人の死霊術師は、
イファルに捕らえられたままな訳か」
「イファルに送った使者からの報告によれば、
そういう事らしいですな」
「不死者とは云え、
鬼火を使役していた能力者だろう?
イファルに利用されては厄介だぞ」
「亜人なんぞを信用するからだ。
さっさと始末するべきだ」
大聖堂の中で不穏な空気を纏った、
司教達が議論をする声が響いている。
僅かな灯りだけを灯して、
影の様な姿だけを浮かび上がらせて、
その声達は喋り続ける。
誰もが呆れ果て、苛立ち、
見透かして、
見下す様な口調で、
そのような議論が進展を見せる事は無く、
闇雲に結論づけようとするだけの、
非常に無駄な時間である事を、
その場の誰もが理解をしている筈だった。
「兎も角。
イファルに密偵を送るべきだろう。
向こうの動きを把握しなければ。
戦力を増やされでもしたら面倒だ」
「密偵の人選はどうする?
不死者とは云っても、
鬼火を撃破した連中が居るんだぞ?
生半可な者では太刀打ち出来まい」
「使者の報告では、亜人の群れが居たそうだ。
しかも率いていたのは、鬼火の妹だ」
「殺しておくべきだったんだ」
「中央の魔女の時と同じ様にすればいい」
「ネイジンに誘き寄せて、始末するべきだ」
「殺すべきだ」
「教会に歯向かう者には永劫の虚無を与えるのだ」
「女神の加護を阻む者達を赦すな」
「我々こそが世界の救済者なのだ」
「悪だ」
「そうだ」
「世界は救済されるべきなのだ」
「そうだ」
「滅ぼすのだ。
イファルも、我々に逆らう者も、その全てをだ」
「殺すべきだ」
「私もそう思う」
「私もだ」
口を揃えて吐き出される言葉は呪詛よりも禍々しく、
不吉の象徴の様に身体を揺らし続け、
荒ぶった、狂躁的な熱を帯びて、
影達の声は大聖堂に響き続けた。
◆◆
「と云う訳での。わっちは、
義妹達を連れて、暫く別行動を取ろうと思うとるけ」
イファル王宮内の大食堂にて。
朝食の席で、ヤエファが突然にそうやって告げた。
「ヤエファが行ってしまうと寂しいな」
「スイちゃん。
そげ切ない声出されたら敵わんの。
頼むけ抱いてくれ」
「抱かない。でも、すぐに帰って来るんでしょ?」
「戦力になる亜人達を集めて回る約束じゃけの」
「えー。ヤエちゃんー……。
ミンシュは残っちゃダメですー?」
「ミンシュ、わがまま言うなし!知らんけど!」
「メイちゃんは黙ってて下さいー。マジでー」
「気持ちは解るがの。すぐ終わらせて帰りゃ済む話じゃ」
「やだー……。ロロロも連れてくー」
「ミンシュ。ゴメンね。
ロロはわたし達の大切なパーティーの仲間だから。
君達が帰って来るのを待ってる」
「ほれーー。ロロ子もちゃんとバイバイしなー?」
「やだやだーー。
ロロネスも、ミンシュ達のパーティーに入ったら良いじゃないですかー」
「じら言い出したら聞かんからの」
「あの……、ミンシュちゃん。
そんなに受け入れてくれて、とっても嬉しいッス。
でも、またすぐに逢えるッスよ」
「やだやだやだーー。
ロロ美はミンシュと離れても平気なんですかー」
「ものすごく答えづらいんスけど……。
自分はミンシュちゃんの事、
とっても良い人だと思ってるッス!!
離れちゃうのは寂しいッスけど、
仲間なんスから、また一緒に居れるッス!!」
「……」
「ほれ。ミンシュ。あんまり長うなったら、
いたしくなるけ」
「……」
支度の済んだヤエファ達は、
程なくして、イファルを後にした。
◆◆◆
「ヤエちゃーん……」
「ミンシュ。
そげ心配せんでも大丈夫じゃ。
例え、わっちの幻術が切れたとしても、
ミンシュは悪う無いと言っちゃるけ」
「ロロちゃんに嫌われたくないよー……」
「連れてけりゃ、連れてったけどの。
中々、そこまでは上手くはいかんもんじゃ」
ヤエファは残念そうに言ってはいたが、
顔は笑っていた。
「ほじゃけど、
ようやく聖域教会も、
この世界もブチ壊せるかも知れん、
またと無い好機じゃ。
半ば諦めとったがの。
あの娘らとは、上手に付き合ってかにゃいけん」
ヤエファは義妹達にそう言った。
「人外も人間も、人も神も区別無い、
真っ平らな世界じゃ。
誰に遠慮するでも無い、
好きな様に生きて死ねる、
そんな世界ん中で、
祝言を挙げれる様にしちゃるけ」
イファルの地で、
燻っていた筈の自分の感情に、
火が灯っていく様な確かな感覚を、
ハッキリと確信めいたものとして、
ヤエファには捉える事が出来ていた。
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