異世界篇 12 『同盟の定義を。』
本日投稿分の最終話です!
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クジンが鼻血を噴き出しながら、
魔法の詠唱を始めるよりも先に、
シャオは間合いを詰めると、顎を狙って拳を打ち込んだ。
ほぼ直撃を喰らい、詠唱を邪魔されたクジンは、
忌々しげな表情を浮かべ、
口の中に溢れる血を唾と共に吐き棄てた。
シャオは容赦無かった。
魔法使いとは云え、クジンの体術は侮れないだろう、
そんな事は分かっていたが、どうでも良かった。
クジンが何か仕掛ける前に叩きのめす。
抑えの利かない怒りで、
思考よりも先に身体が動いている。
クジンの視界からシャオが消え、
再び顎に重たい打撃を喰らった。
一瞬、意識が遠退いたが、
詠唱はまだ止まっていなかった。
「はい。そこまで」
ラオが仲裁に入る様にして、
二人の間に割り込んだ。
「イファル王。何故邪魔をする」
「そうです。退いていただけますか」
ラオの魔力を込められた指先が、
二人の首元に突きつけられていた。
「このままじゃ、マジでどっちか死んじゃうでしょ?
シャオも危なかったんだぜ?
近接での魔法使いを侮り過ぎだ。
クジンの詠唱が終わってたら、やられてたのは君だ。
それに見てごらん」
シャオの後方で、
魔法を放とうとシンヒは構えていた。
口元には冷笑を浮かべて。
「危ないところだったんだぜ?
その子も相当ヤバいぞ」
「あら。気づかれないと思ってたんですけどねえ」
「そんな魔法を室内で撃たれてたまるか」
「私は負けません。スイを侮辱した者を許しません」
「わかったわかった。
クジン。この娘は、
国で最強の戦士だ。
魔力の込められてない普通の打撃なんて、
久しぶりに喰らったんだろ?
魔力を伴わないから、感知して避けづらいでしょ?」
「迅いだけで単調な動きだ」
「その迅さに着いてけないだろって話してんの」
「クジン。もう止めときなよ。
鼻血ダラダラじゃないのよ。だっさ」
シンヒがクスクスと笑いながら言った。
「黙れ」
「シャオも落ち着いて。
わたしは大丈夫だから」
「ごめんなさい、落ち着けません……。
すぐに済みますから……」
「王様の話聞いてた?」
クジンは血塗れになった顔を拭い、
血の味のする口の中、舌で奥歯を触ると、
グラグラとしていた歯は簡単に折れてしまい、
唾と一緒に吐き出した。
「だっさ。歯が折れちゃってんじゃないのよ」
「チッ。馬鹿力め」
「真面に喰らっちゃって。
躱せたんじゃないの?」
「当たり前だ。迅くて見えなかっただけだ」
「見えてないんじゃないのよ」
◆◆
「同盟の意味を、もう一度よく考えてみようか」
クジンとシャオが睨み合いを続ける中、
ラオが一同に向かって、
話を仕切り直す様にそう言った。
「根本的なところからの、お復習だけどさ、
仲良くしようね。とまでは言わないけど、
争ってちゃ意味を為さなくなっちゃうでしょ」
「つーーか、喧嘩腰だったのって、
ソイツじゃん」
「そこ、掘り返さない」
「俺は事実を言っただけだ」
「あーーん!? 次はウチが鼻砕いたろかー!?」
「合う合わないは有るから、強制はしないけどね」
ラオは溜め息をついた。
「クジンはさ、僕達の戦力に疑念が有ったかもだけど、 意外とそうでも無かったでしょ?
魔力だけで推し量れるもので無いと云う事だよね。
シャオやユンタもさ、
頭にきてたかも知れないけど、
あんだけ派手にぶん殴ったんだから、
スッキリしただろ?」
「ウチ殴ってねーーもん」
「ユンタ。王様を困らせたらダメだよ」
「スイ。ありがとう」
◆◆◆
「だから、俺が言いたいのは、
精霊魔法全体に通ずる、コスパの悪さだ。
精霊を介して物質を操る事に何のメリットがある?
火も水も土も、魔力を通せば、
精霊の力を借りなくても操れるんだ。
わざわざ契約を結んで、
精霊に魔力を捧げて、
俺に言わせれば無駄が多い」
「介してって。そんな言い方は失礼だよ。
それに君に精霊魔法を語る資格は無い」
「俺は使わない。そもそも精霊魔法のスキルが無い。
古の魔法使いは確かに精霊の介助が無ければ困っただろう。
だが、現代においては魔法の在り方も変わっている。
契約せずとも、魔力の操作のみで魔法を発動出来る、
一般魔法が主流だ。
お前の様に精霊魔法一辺倒な方が少数派なんだ」
「やれやれ。コスパだのなんだのと、
魔法に重要なのは自由と創造だと言っていたじゃないか?
随分とケチくさい勘定をしながら魔法を使うんだね君は」
「ケチくさい勘定では無い。
人間の魔力は無尽蔵では無い。
自由と創造を発現するには制御が必要だと云う話だ。
お前の様に派手にドンパチやるのは、
古典魔法の常套手段だ」
「笑わせるね。
古典とは源流さ。
わたしは魔法の正しい在るべき姿だと考えてる。
君みたいな魔法使いが居るから、
魔法はどんどんと、
省エネでコンパクトな方面を追及してしまうのさ。
そのままでは魔法が魔法で無くなってしまう」
イファル王宮内の大食堂にて、
具現派魔術師の面々との、
懇親会を込めた宴の場にて。
「なんか、あの二人けっこーー気が合うね?」
「クジンの奴、語り出すと止まんないからねえ」
「スイも……、ちょっとだけ魔法オタクだからなーー……」
「よし、分かった。そうまで言うなら表に出ろ。
古典魔法には理解出来まい。
魔法を一般的な技術にまで昇華できた先人達の、
努力の結晶である俺の術式を見せてやる」
「君の方こそ、精霊達との契約で紡がれた、
魔法の本来の在るべき姿を見るといい。
吠え面かくなよ」
「こっちの台詞だ」
「うまくやってけそうだねえ」
シンヒは愛想良く笑いながら、
グラスに注いだ酒を飲み干した。
空になったグラスに、誰かが新たに酒を注いで、
シンヒも、そうやって誰かのグラスに酒を入れてやった。
食べ尽くされてしまいそうな数々の料理と、
信じられない量の空の酒瓶、
明け方近くまで、宴は続いた。
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