第十二話『花の様。』
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「ウクルク王。お久しぶりです。お元気そうでなによりです。到着が遅くなって申し訳ございません。突然でしたのに宴の参加もお許しいただき恐悦至極です」
白く輝いているような目映い銀色の長い髪だった。
非常に端正な顔立ちをした美しい女がリンガレイに挨拶をしていた。
血管が透けて見えそうな程に色の白い肌で、彼女の周りだけ薄く発光している様な神々しさがあり、リクは彼女の美しさに圧倒され息を呑んだ。
軍服の様なデザインのジャケットの胸に銀色のブレストプレートを装備しており、スカートから伸びる真っ白な脚は長いブーツを履いていた。
武装した出で立ちではあったがとても柔らかな立ち振舞いでリンガレイと談笑する白銀の美貌は宴に参加している全ての人々をあっという間に虜にした。
「おう!よく来てくれたのう。いつぶりかの?そんな堅苦しい挨拶はよいからな。たくさん食べて飲んで楽しんでいってくれ。畏まらんでよいからの。荷物は預けて座るがよい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。ウクルクのお料理とお酒は大変に美味しいですから」
「うむうむ。しかしシャオも見るたびに立派になっていくのう。子どもの頃にはスイと同じくらいのチビじゃったのに。『白銀』の通り名に違わぬ美人に育ったのう」
「フフ。もう私は子どもではありませんよ?とてもお上手ですねリンガレイ様?」
「わはははは!随分と色っぽくなったもんじゃ。イファル王もさぞ喜んでおることじゃろうて。そなたも多忙とは思うが此度の件に限らずにいつでもウクルクに遊びに来てくれ。歓迎するぞ」
「はい。ありがとうございます」
凛とした声でリンガレイと談笑を交わす『白銀』を横目で見ながら、リクはすごい美人が来たな、と思わず鼻の下が伸びそうになっていた。
“きたーーー!クールな銀髪の美女きたーーー!!異世界の女子、スタイル良すぎだろ!!手足長ッッッ!!それに……エッッッロイ身体してんなぁーーー!!色気が凄まじい。産まれてきてくれたことに感謝を禁じ得ないんだが?”
リクはついつい果実酒をぐびぐびと飲んでしまい、少しだけ酔っ払ってきたようになっているのが自分でもわかっていた。酒を飲んだのは初めてだったが、随分と楽しい気持ちになるものだと思った。大人が酒を飲むのが少し理解できた気がした。
「ウクルク王。こちらの方がこの度の調査隊にも参加される転移者の方でしょうか?」
『白銀』がそう尋ねて、リンガレイがリクを紹介しようとした。
「うむ。おい、リク。もうわかっておるじゃろうが、この娘がイファルの『白銀』じゃ。そなたもこっち来い。
シャオ。この者が転移者のリクじゃ。スイとも仲良くやっておる儂の新たな友じゃ。シャオも仲良くしてやってくれ」
「リクさん。と仰るんですね?私はシャオと申します。ニホンからようこそおいでくださいました。此度は調査隊の一員として一緒に参加させていただきますゆえに、どうか何卒よろしくお願いいたします」
目が眩むような笑顔でシャオはリクに手を差し出し二人は握手を交わした。
「あ、いえいえ!これはご丁寧に。ナツメリクといいます。こちらこそご迷惑をかけると思いますけど、ひとつどうぞよろしくです」
「なんじゃい。リク。美人に照れとるのか。お主も男じゃのう」
リンガレイが茶化して、シャオが口を手で隠してクスクスと笑った。美しい髪が揺れる姿に見惚れ、シャオの所作のひとつひとつがリクにはとても上品に見えた。
「それと、スイ。なにをしとるんじゃ?お主もこっちへ来い。シャオが来たぞ」
向こうを向いたまま、気づかないようなフリをしているスイにリンガレイが声をかけた。
そう言われて振り向いたスイの顔は塗ったように赤く染まり、とろんとした目は完全に座っていた。
“あれ?コイツもしかして酔っ払ってる??”
いつの間にか果実酒の酒瓶が空になってテーブルの上に置かれていた。
「国王様。そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえてますけど?」
「お主がいつまでもそっぽを向いてるからじゃろう?いいからこっちへおいで」
スイが渋々立ち上がって三人の方へゆっくりと歩いてきた。真っ直ぐ歩いてはいたが、どこか足取りが怪しかった。
スイとシャオが向き合うとスイよりもシャオの方が随分と背が高いのがわかった。そのせいかリクにはスイが先程までよりも少しだけ幼く見えた。
「スイ。久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「久しぶりだね。元気だよ」
「顔が赤いですね?お酒を飲んだんですか?」
「少しだけね」
「呂律もあまり回ってないみたいですけど?」
「気のせいじゃないかな?」
なんだか二人の間にバチバチとしたものが見えた気がした。
スイもシャオも心なしか緊迫した雰囲気を出しているように思えた。
「ところで………ゼンは何処にいるのでしょうか?今夜の宴には参加してないのですか?」
「ゼンは今、席を外しているよ」
「そうなのですか?」
「今夜は多分戻ってこないよ」
「夜警かなにかですか?」
「違うよ。国王様の前で我が儘言って暴れるものだから私が懲らしめたんだ」
「え?なにかの間違いでは?」
「間違ってないよ。リク、国王様、そうですよね?」
「う、うん」 「う、うむ」
「…………それでゼンは何故そんなことしたのでしょうか?」
「えーと……。なんだったっけ?」
「スイ……。調査隊の件じゃよ……」
リンガレイがおずおずと耳打ちするように言った。明らかに空気の異変をマズいと思っている表情だった。
「ああ、そうそう。調査隊に自分じゃなくてわたしが選ばれたのが気に入らないって言い出して怒ってたんだ」
「それではゼンは調査隊に加わらないのですか?」
「うん。わたしとリクが行く」
「何故ですか?」
「何故って。あの調子じゃゼンは連れていけないよ。それにウクルクを守ってくれる人が誰かいた方が良いじゃないか」
「それはそうですけど、それだったらスイの方が優秀な術師なんだからスイが残った方が良いんじゃないですか?」
「でもイファル王がわたしが良いって言っていたんでしょ?わたしはどっちでも良いって言ったよ。リクが一緒なら」
「はぁ………」
明らかに不服そうなシャオが近くにあったらグラスの酒を一気に飲み干した。唇の端から酒の雫が滴り落ちて、とんでもなく色っぽいな、とリクは思った。
「スイ……。貴女って人は……。相変わらずニホンの方に御執心ですね?それではゼンが不服を申し立てるのも無理はないです。彼がかわいそうではないのですか?」
「かわいそう?だからわたしはゼンが調査隊に参加したら良いじゃないかって勧めたよ?でもゼンが断った。全然かわいそうじゃない」
「そういうことではないです!貴女はもう少し周りの人の気持ちを汲み取っててあげてください。ゼンが怒るのも無理ありません」
「あのさ。僕に何か言いたいことがあるんだろう?ハッキリ言いなよ」
「今言いました」
「どうせ君はゼンが調査隊に参加するものだと思っていたから、僕が彼から役目を取ったとか勘違いしてるんじゃないかな?そんなに一緒に参加したかったなら、今からでも交代してあげるよ?それに、ゼンのことがそんなに好きならさっさと好きだと言えば良いじゃないか」
「な!?ななななな!?なにを言ってるんですか!?」
「ちょっと待って、一旦整理させてくれ。僕って。お前僕っ娘だったのか!!!?カウンターが良いところに入りすぎてワロタ!!」
突如雄叫んだリクに向かってスイとシャオの二人は声を揃えた。
「リク。うるさい!」「リクさん。少し静かにしてください!」
しかし酒の入ってるリクも負けじと食い下がった。
「いや、違う違う。お前ら少し落ち着けよ。ちょっと酔い過ぎじゃないか?もうそこらへんでやめとけよ」
スイは真っ直ぐ立ってはいるが、フラフラとしている。
「リク。僕が何か間違ったことを言っているかな?彼女はね、僕の考察からするに多分ゼンの事が昔から好きなんだ。だから一緒にいたければそうしたら良いと言っているんだ」
シャオは明らかに慌て始め、激しく動揺した。
「スイ!!いい加減にしてください!!そんなに大きな声で誤解を招く様なことを……それ違いますから!!私はゼンの事好きじゃないですから!!」
「あれ? 違うのかい?いつも会えば二人でコソコソと何かしているからそうなのかな?と思っていたんだけれど。違ったならごめん」
「全然違います!それはその……。だ、大体、貴女はズルいんです!!持って産まれた才能ですぐに皆に認められて、中央諸国最強の精霊術師って呼ばれるようになって……。それは本当に凄いんですけど……。いつもそうやって俯瞰した態度で周りのことも自分のことも見ているでしょう!!
それに…私だって……離れていても貴女のことをいつも考えて……ずっと想っているというのに……いつもそっけなく躱して……なんなんですか貴女は!?子供の頃からずっとそう!!」
「リク。この乳デカ女はいつもこうやって何かにつけて僕に絡んでくるんだ。僕の態度が堪に触っていたなら謝るけど、それならそもそも話しかけてこなかったらいいじゃないかと僕は思うよ」
「ち……乳デカってなんですか!!?失礼な!!」
「見たまんまさ。やれやれ、身体ばっかり育って中身は子供の頃と変わらないね。君もゼンも」
「そ、それは貴女も一緒でしょう!?リクさん!黙ってないでなんとか言ってください!!」
「おおう、俺にとばっちり。いや……乳デカは合ってると思うな」
「な??!!!」
「あはは。いいぞ、リク」
「二人してからかわないでください!!!!!!」
シャオはもはや涙目になって訴えていた。酔っ払っている2人にはあまり届いていなかったが。
「ところでリク。君は胸の大きな女の子が好きだろう?まったく。みんなの胸を見てデレデレデレデレとしているものね。おまけに。さっき僕のことを見て胸が無いとでも思っていたんだろうね」
「い、いや、そんなこと思ってないけどなー」
「やれやれ。君の考えていることがわかってきたと言っただろう?これだからシャオが来るのが嫌なんだ。同い年なのにシャオの胸がバカでかいものだから嫌でも比べられてしまう」
「ス、スイ!!バ、バカでかいってなんですか!!?私だって好きで大きいわけじゃないです!!それに今、私の胸の話をしているんじゃないでしょう!!?」
「うるさいおっぱい」
スイがぴしゃりと言い放つと、シャオは目に涙をいっぱいに溜めワナワナと震えだした。
「ひどい………」
シャオはついに肩を震わせながらポロポロと泣き出してしまった。
「お、おい!泣いちゃったぞ!」
心配するリクと周りをよそに、スイはプイと顔を背けた。
「あのなあ、お前よりシャオの方が胸がでかいからってそんなにいじめたらかわいそうじゃねぇか。まさか機嫌悪くなってた理由ってそれか?気にすんなよ。小さいのが好きな人もいるんだぞ?」
リクの方をキッ!と睨んでスイが噛みつくように言った。
「僕は別に気にしてなんてない!!」
「そんなに怒るなよ」
「怒ってない!!!」
スイが口をへの字に曲げ、座った目でリクを睨み付けている最中も、シャオはまだ大粒の涙を流しており、鼻をすすりながら近くにあった酒のボトルを一気に飲み干した。
「スイ……。貴女に言っておきたいことがあります」
シャオは飲み干したボトルをテーブルに叩きつけ、涙を拭きながらゆっくりとした口調で喋りだした。こちらも完全に目が座っていた。
「何?」
「私が好きな人はゼンではありませんから」
「さっき聞いたよ」
「私が好きな人は………」
その場にいた全員が固唾を飲み、おそろしく張りつめた静寂が全員を緊張させその場から動けずにさせた。
シャオが一呼吸置いて、ゆっくりと大きく息を吸った。
その次の瞬間、凄まじい大声でシャオが叫んだ
「スイ!!!貴女なんですからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
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「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁア??!!」
シャオの告白の後、音を立てながら静寂を打ち崩すようにして、
その場に居た全員の驚愕の声が歓声の様に巻き起こった。
「ゆ……百合じゃん………」
※百合……女性同士の恋愛の模様を描いた別世界の創作物の俗称。
ウクルク王立図書館蔵書 『アナザーワールドアート』より抜粋