イセカイ篇 11 『足音と夜が。』
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「お邪魔しまーす♪」
理央と茉央は上機嫌だった。
ことはの言う、
薬の効果が出ちゃってんじゃないかなと思うくらいに。
部屋に上がってからも、ことはが何かを言う度に、
キャーキャーと騒いで、
「夜中だから」と窘められながら、
悪ふざけを続けていた。
アパートに戻る前に、適当に買ったお菓子やら、
惣菜やらをツマミ代わりにして理央達は酒を飲んで、
俺は勿論ジュースだったが、
悪い大人の集いに参加しているみたいだ、
となんとなく思っていた。
「ていうか、二人って、
あんまり似てなくないですか?」
「茉央も思った。親戚だから?」
「親戚だから似るんじゃなくて?」
「えーわかんない。リク君て彼女居るのー?」
「そういや平日なんだけど学校は?」
二人の会話は脈絡が無く、
俺の返事を待たずに、答えようとした瞬間には、
もう次の話題へと替わってしまう。
俺は途中から答えようとする努力を諦めた。
理央と茉央がシャワーを浴びに行き、
彼女は換気扇の下で煙草を吸っている。
「なんか……疲れた……」
「君は意外と真面目なんだね。
あんなにコロコロと替わる話を、
ちゃんと聞こうとしてた」
「無視したら失礼だろ……」
「真面目だ。
だけど、そのまま寝てしまってはいけないよ?
彼女達が上がったら、次は君がシャワーを浴びて来て。
眼を覚ましておいで」
「おう……」
何だか扇情的なフレーズ。
だけど彼女が口にすると、
何かの説明書みたいに無機質に聞こえた。
「マジ眠たいんだけど……」
シャワーの音が止まり、
理央達が脱衣所で話している声が聞こえてきた。
俺は床で丸くなり、
ぼんやりと、その声を聞いている。
「あれ?リク君寝ちゃってる」
「ほんとだ。ことはさーん♥️
シャワーありがとうございましたー♥️」
二人共、キャラクターがプリントされたスウェットを、
ことはに借りて着ていて、
濃い化粧をすっかり落としてしまった彼女達は、
それなりに印象が違って見える。
「少し酔いが覚めたかな?」
ことはが、
理央達の濡れた髪をタオルで拭いてやっている。
彼女達は代わりばんこに、
ことはに髪を拭いてもらって楽しそうだ。
「きゃー♥️ことはさん彼氏みたーい♥️」
ほんとだよ。なんだよコレ。
「ことはさんイケメーン♥️」
「僕は一応女だよ。
それにしても、君達はお酒が強いんだね。
知らなかった」
テーブルの上に並べられた空き缶の量。
俺は飲んだ事が無いからわからないけど、
相当な量なのだろう。
「えー?そうですか?」
「ことはさんと飲みに行った事って無かったっけ?」
「ことはさんの歓迎会の時だけ?」
「あ、そうそう!
悠さんがベロベロに酔っちゃった時!」
「意外とお酒弱いんだよねー」
「そうなんだよ。悠ちゃんは、お酒に弱いんだ」
理央と茉央が、うんうん、と頷いている。
「それなのに。
何故あんなにアルコール度数の高いお酒を、
間違えて買ってしまったのだろう」
「あはは。悠さん意外とドジだからー?」
ことはが探りを入れているんだと思って、
俺は話を聞いていた。
理央と茉央の飲んでた酒に、
魔力と薬を混ぜた、
その犯人は悠さんじゃないのか?
状況的に。
ていうか絶対に。
でも、薬はまだ良いとして(良くないけど)、
魔力なんて。
悠さんは魔法使い?
メイドカフェの店長さんが?
それに、
何の為に二人にそんな事を?
当然、俺はミステリーが得意じゃ無い。
謎解きや考察をしたとたころで……。
「悠ちゃんの陰謀かな。
君達を酔わせて、一体何をするつもりだったのかな」
「えー♥️理央、ことはさんが良いー♥️」
「茉央もー♥️」
もうええて。
◆◆
───ぺちぺちぺちぺちぺち…………。
頬をずっとぺちぺちと叩かれている。
「ナツメくん。起きて」
ことはだ。
「彼女達は、もう眠らせたから。
すぐに出かけるよ」
「……何処に?」
「お店だ」
「は?今から!?」
「今から」
ことはは、そう言って、さっさと出て行ってしまった。
鍵やらスマホやらをテーブルに置いたまま。
俺は溜め息をついて、それらをポケットに突っ込んで、
ことはの後を追いかけた。
一応確認したが、理央と茉央は、
ことはのベッドで一緒に眠っていた。
「おい。忘れてる」
「鍵をちゃんと掛けてくれたかい?
今夜中に装置を一つ壊す事になるから、
少し長くなるかも知れない」
「でも、
どこに有るかわかんなくなったって言ってただろ?」
「罠だと思ってたんだ。
装置の場所が、わざとらしく移動してあって、
偶然出会した、あの娘達の飲み物に、
分かりやすく魔力が込められていた、
意図までは分からなかったから、
様子を見てたんだよ」
「まさかあの二人敵!?」
「最初は僕もそう思ってたけど、違った。
二つの出来事は偶然だった。
あの二人は身体に微量の魔力を帯びていたけど、
それは飲まされたモノの影響であって、
彼女達は普通の人間だった」
「じゃあ、やっぱり犯人は悠さん!?」
「ふふ。君はミステリー小説とかが好きなのかな?」
思わず大きな声で、
それらしい事を言ってしまった事を後悔した。
「悠ちゃんも違うね。
飲み物に込められてた魔力を解析してみたけど、
防御魔法の術式に依るモノだった。
おそらく悠ちゃんは、二人を守ろうとして、
あの酒を飲ませたんだよ」
「へ!? じゃあ悠さん魔法使い!?」
「一緒に混ぜてあった薬は、
魔法の耐性が無い人の為の導入剤で、
防御魔法の効果を上げようとしたんだろうね。
お陰で眠らせる魔法がよく効いてくれた」
「なんだよ……、良かった。
悠さんが敵なのかと思ってドキドキしてたんだよ」
「でも悠ちゃんは何かを隠してる。
魔法使いだった事も隠していた。
それに、おそらく悠ちゃんは異世界の人間だ」
「マジ!? 転移する人多すぎない!?」
「それは僕に言われても」
「それにお前、一緒に働いてたのに、
悠さんが魔法使いって気づかなかったのか?」
「わかんなかったね」
「へー……」
「……なんだよ?」
「別にー……」
急に、ことはが立ち止まって、
俺に“止まれ”と合図した。
暗がりの中から、足音が聴こえた。
俺達を取り囲む様に、四方からだ。
足音から人数を割り出すなんて事は、
俺には出来ない。
姿を現した敵の数は、
俺が思ってたよりもずっと多かった。
ざっと見ても、二十人以上は居る。
現れたのは、
勿論リロクの使い魔だ。
敵が更に間合いを詰めようとして、
段々と近寄ってくるよりも先に、
いつの間にか、
ことはが俺の傍から消えて、
気づいた時には、
何体かの使い魔が頭部を砕かれ、既に灰になっていた。
「お店に向かおうと思った途端にコレだ。
余程、知られたくない事が有るらしい」
ことはが、そう言った瞬間、
また何体かの使い魔の、身体の一部が砕かれていった。
その迅速な動作の、余りに人間離れした速度に、
俺は何ひとつ言葉が浮かばなかった。
「ナツメくん。やっぱり僕の予感は当たってるみたいだ」
彼女はそう言って、嬉しそうに笑った。
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