異世界篇 10 『クジンとシンヒ。』
本日投稿分です!
本日分も1話のみになります!
日曜日から、また複数話更新を再開しようと思ってますので
よろしくお願いします!
◆
「げぼッ……、ひょ……、ひょっほはっへほひいひょへぇ
(ちょ……、ちょっと待って欲しいよねぇ)」
ヤエファの魔法に因って顕れた火焔を纏った獣は、
ジンガにとって、
死の気配のする絶望を運ぶ存在でしか無かった。
「殺しゃせんけ。安心しんさい」
もう一体の水人形も、
既にミンシュの通常攻撃で破壊されてしまっていた。
「お前にゃ少し訊きたい事もあるけ」
そう言って、笑うヤエファの貌を見て、
ジンガに底知れぬ恐怖と戦慄が訪れた。
「手こずらせてくれましたー♪
しかもー、亜人とか人外とか偉そうに吐かす、
人間様万々歳のクソヤローですー♪」
頭部を破壊されて、
再生をしなくなった水人形の足を持って引き摺りながら、
ミンシュが、どんどんと近づいて来ている。
「ひッッ……!?」
「そげ脅かしてやるな。
面白い手品を使うとったが、
実力は端役も良えとこじゃ」
ジンガは助けを請うようにして必死に頷いた。
「ほじゃけど。
その程度でイファルに単身で乗り込む様な奴じゃ。
何か裏が有るのか。
よっぽどのアホか」
ヤエファは、
座り込んで動けなくなったジンガの顎を手で持ち上げた。
「何か隠しとるんなら、
洗いざらい吐いた方が楽じゃと思うがの」
(違う)
喉を潰されて、声が出ない。
(こんなに強い奴らが居るなんて知らなかった)
ジンガはそう訴えたかった。
「そのままじゃ喋れんじゃろうがの。
回復させちゃっても良えが、
また魔法を使われると困るけ」
ヤエファは戯ける様に言った。
「わっちは指切り姫と云うての、
物騒な噂が飛び交っておった事も有ったが、
約束事を違えさせん様にするスキルのお陰で、
最初はそう呼ばれとったんじゃ」
ヤエファは小指をジンガに差し出した。
「ゆーびきーりげーんまんー♪と云うヤツじゃ。
わっちと約束事が出来るかの?」
ジンガはヤエファの言葉の真意を探ろうと必死だった。
返答を間違えれば、直ぐ様、自分の首は飛ぶのだろう。
「殺しゃせんと言うとるじゃろ?
わっちとの約束を守れりゃ、死にはせんよ」
どちらにせよ、逆らう事などは出来る筈もない。
ヤエファの後ろで、ミンシュが放つ殺気の凄まじさが、
眼に見えて圧を増してゆく。
「ん?どうするかの?」
両手は震えて仕方無かったが、
なんとか小指を差し出す事は出来た。
「わっちはの」
ヤエファは先程とは違い、
静かな口調で言葉を紡ぎ出した。
「兄の亡骸と魂を、喰い物にし続けた、
其処におるガコゼを、
最初は殺したくて仕方が無かったんじゃがの」
◆◆
「百年振りに、
死人ではあったが兄と再会しての。
なんとなくじゃが、
少しだけ気持ちが変わってしもうたんじゃ。
あれ程憎かった、人間に向けていた気持ちも、
同じでの。
わっちは随分、
牙も抜かれて丸くなってしもうたみたいじゃ」
ヤエファは薄らと笑っている。
「ほじゃけど。
イファル王から、面白い話を聞いての。
管理者とか云うたかの。
その、いなげな連中と、
聖域教会が繋がっとる。
此処に居る小心者の謀叛も、
もし、管理者と教会の指金じゃとしたら、
わっちは、その真実が知りとうて仕方が無い。
手伝ってくれるかの?」
ジンガは既に呆気なく失禁していた。
ヤエファの、
憎悪と悪意に満ちた笑顔を目の当たりにして。
───『複合スキル“尾裂の獣焔+指切り”』
ヤエファと結んだジンガの小指に、
炎が纏わりつき、ジンガは悲鳴を上げたが、
炎は身体に染み込んで行く様にして、
直ぐに消え失せた。
「わっちはロウ兄程、炎が上手に扱えんけ。
ほじゃけど。
これで、お前が約束を違えて嘘を吐けば、
何処に居っても、
わっちの炎が、お前を必ず業火で焼き殺す」
これは命を喰い破る呪いだ。
「お前を生かすか否かは、
イファル王の権限に在るが、
わっちは、お前を逃がしちゃる。
その代わり、教会に戻ってから、
わっちの為に働いてくれるかの。
言うとる事はわかるじゃろ?」
「ちょッッ!? ヤエファさん!?
そんなの勝手に決めちゃったらマズいッスよ!?」
「すまんのロロちゃん。
どうにも、わっちの性分での」
「ダメッスよー!?」
「いんやの。
ロロちゃんは、きっと黙っててくれると思うがの?」
「ッッ……」
ヤエファの幻術に因って、ロロの意識は、
伽藍堂の、
空虚なものに取って代わられていた。
「ヤエちゃん。
幻術まで使わなくたって良かったと思うですー」
「ロロちゃんは素直じゃけ。
仲間にはきっと、ありのままを伝えてしまうじゃろ」
「ロロやんなら、分かってくれると思うけどなー」
「わっちの性質じゃの。
可愛い娘を苦しめとう無い。
卑怯で悪どいやり方じゃ」
ヤエファはジンガを立ち上がらせて、
こう言った。
「人間。ジンガとか云うたの。
わっち達の事を嫌うとると言うたが、
わっちもお前が大嫌いじゃ。
それでも、
わっちの傀儡になる事で許してやる。
見つからん様に、無事に都を出て、
とっとと去ね」
◆◆◆
ヤエファ達はバラバラに引き裂いた、
水人形の残骸を仲間達の元へと持ち帰った。
「やり過ぎてしもうての。
誰が誰だか、わからんくなってしもうた」
ヤエファは悪戯っぽく笑って、そう言った。
水人形が魔力で造り出したモノで無かったので、
消えずに残ったのが幸いした、とヤエファは思った。
「これで、聖域教会はイファルに対して、
堂々と敵対を宣言した訳だね」
ラオが、水人形の残骸を手にとって繁々と眺めながら、
そう言った。
「それは此方も一緒じゃろ。
もちいと、巧くやりゃ良かったが。
出過ぎた真似をしてすまんの」
「謝る必要なんて無いさ。
むしろヤエファには感謝してる。
僕達の意志はもう決まっているしね。
それに中央諸国にも、聖域教会に不満を持つ国は少なく無い。
これを機に対教会に関する同盟でも結んでみようかなー」
「国王様、
わたしは政治の事はよくわからないけど、
同盟がもし叶うなら、そっちの方が良い」
「どうしてだい?」
「ガコゼの能力は、
とても残酷だと思うから、出来たら使って欲しくない」
「お前は優しいな。
確かにガコゼの能力は使えると言ったが、
気に病む必要は無いよ。
僕の傲慢な考えだ。
アイツの事だ。身体が自由になれば、
すぐに裏切るだろうね」
ラオはそう言って笑った。
「それに、
バカみたいにデカい魔力が此方に向かって来てる。
イェンの奴だね。ソーサリースフィアとか云ったが、
こんな連中を引き連れて来るつもりだったとはね」
スイも感知できた魔力は三つ。
一つはイェンのものだったが、
あと二つはイェンよりも更に強大で、
此方に到着を知らせる様にして、
魔力の反応はどんどんと強まって行った。
◆◆◆◆
イェンが連れて来たのは男女の二人組だった。
男の方は背が低く、
上着のジッパーで口元を隠していたが、
まだ少年の様な顔つきをしていて、
女は長い髪をハーフツインテールに結んだ、
整った顔立ちの器量の良い長身の女だった。
どちらも、
手練れの魔法使いであることはすぐに解った。
「遅くなってすみません。
イファル王、こちらが、
ソーサリースフィアの最高幹部の御二人です」
「イェン。その言い方やめなさいよ。
二人しか居ないんだから、誤解を招くでしょうが」
女の方が笑いながら言った。
強大な魔力を包み隠ずに、威圧を続けているが、
気さくな笑い方をする女だった。
「イェン。構うな。対等に接して行くんだ。
こっちにも箔と云うものがあった方が良い。
無ければ舐められる」
一方、男の方は無表情で無愛想だった。
こちらも威圧感の在る魔力の持ち主で、
その場に居る者達を品定めでもする様に、
睨み続けている。
「女性の方が、シンヒさん。
男性の方が、クジンさんです」
イェンは二人の言葉を聞き流して、そう言った。
「驚いたな。二人ともまだ若そうに見えるが、
未だこんなに強い魔力を持ってる子達が居たなんてね。
ほんとに人間かな?」
「イファル王。
研鑽を積み重ねる事に、
年齢などは大した障壁にならないと俺は考えているが?
長い時を生き続ける貴方には解るだろう」
クジンは表情を全く変えずにそう言った。
「まあ、それはそうだね」
「王様。
あたしら只の魔法狂いですから。
馬鹿の一つ覚えでも、
毎日やり続けりゃ厭でも上達します」
シンヒは、クジンとは対象的に愛想が良かった。
「そうやって軽く言えるところが恐ろしいね。
それに君はとても美人だな。
何処かで逢ったことが有ったかな」
「イヤですね王様。何処にでも居る顔ですよ」
シンヒは相変わらず愛嬌良く言ったが、
眼はずっと笑っていない。
「御二人共、
人間性の方は破綻していますけど、
実力の方は問題無いかと」
「本題の方に移って良いか?」
クジンがそう訊いた。
「勿論」
「俺達は女神の痕跡が一つでも多く欲しい。
それなのに、聖域教会は痕跡を独占しようとしている。
俺達にとっては教会は邪魔な存在でしか無い。
厄介な相手だ。
だが、
此度の共闘で、貴方方に、
俺達の戦力を貸す代わりに、
報酬として、教会の保有する痕跡の一部を俺達に渡す。
と云うことで間違い無いか?」
「間違い無いよ」
「承知した。
もう一つ確認して良いか?」
「いいよ」
「俺達は聖域教会の死霊使いが、
鬼火のロウウェンの亡骸を使役していると知っていた。
ところが今回、
イファルが鬼火を倒したと云う連絡を受けた。
間違い無いか?」
「それも間違い無い」
「倒そうと思って倒せる相手では無かった筈だ。
俺達が聖域教会を厄介だと考えていたのは、
鬼火の存在が在ったからだ」
「僕が倒したんじゃないよ。
此処に居る、スイ達のパーティーが倒したんだ」
「スイ……。俺はお前の名を聞いて知っている。
中央諸国で最も優れた精霊術師だ。
それに、“中央の魔女”の娘だ」
クジンはそう言って、
相変わらず睨み付ける様な目付きのまま、
スイの瞳を真っ直ぐに見据えていた。
スイは“中央の魔女”と聞いて、
少しだけ眉を潜める様な表情を浮かべた。
◆◆◆◆




