イセカイ篇 9 『メイドカフェりしえる。』
本日の1話目の投稿です!
◆
結界に閉じ込められていた間に、
すっかり夜は明けていたらしく、
時刻を確認するとスマホも正常に戻っていて、
今が正午辺りの時間帯な事が判った。
「なんだ。まだお昼くらいなのか。
夕方まで寝ようと思っていたのに」
欠伸を繰り返しながら、彼女はそう言っていた。
冷静に考えれば、一度襲撃を受けた後に、
眠いからと云って、
すぐさま寝てしまった彼女の事を、
俺はどうかしてるんじゃないかと疑っていた。
俺も釣られて寝てしまったんだけれども。
「そういえば。
君は昨日、無断外泊をしてしまったね。未成年」
「まあ、そうだな」
「お父さんやお母さんは、心配してないかな」
「うちの親は……、まあ……、俺の事に興味無いから」
「出来の良い弟かお兄さんでも居て、
自分には注目が集まらなくて、いじけてしまったなんて、
テンプレの極みだな君は」
「ちがわい!
……引きこもりのテンプレなのは、
違わないけど……」
「そうかい。
君と行動し易いなら、僕としては有難いかな。
時間のある時に、
リロクの仕掛けた装置を虱潰しに壊して周りたい。
僕一人じゃ大変だから」
「でも、俺は本当に強くないぞ?」
「強さなんて関係無いよ。
壊すんだって思って、
破壊するイメージを想像出来たら、
強さや過程なんて、
大した問題にならない」
「ほんとかよ……」
「ほんとだよ。それじゃ僕は部屋に戻って、
もう少し寝るから。また連絡する」
「ま……、待て!」
アッサリと立ち去ろうとする、
彼女を慌てて引き留めた。
「普通に怖い!!
置いてくなよ!?」
「え。まさか本当に四六時中、
僕と一緒に居るつもりだったのかい?」
「そうだよ!? ダメ!?」
◆◆
彼女は文句を言いながらも、
俺を再び部屋に通してくれて、
ベッドに潜り込むと、また直ぐに眠ってしまった。
夕方近くになって、
彼女はようやく眼を覚ましたが、
俺はその間ずっと起きていた。
「バイトに出掛ける」
そう言って彼女は身支度を整え出した。
「スイは元気にしてる?」
化粧水を顔に塗りながら、そう訊いてきた。
「元気。ウクルクの宮廷術師をやってるって言ってたぞ」
「国王に気に入られていたからなぁ。
それで、君も一緒にウクルクで働いてるのかい?」
「スイとシャオが、
女神の痕跡の調査パーティーに選抜されて、
俺とユンタも、そのパーティーに入ったんだよ」
「シャオも大きくなっただろうね。
彼女は、小さい頃からスイと仲良しだったんだ。
今も仲良くやってるかな?」
「良いよ。シャオの方が、スイの事を超好きって感じで」
「ふふ。変わらないね」
「スイのお嫁さんになるって言ってたぞ」
「あはは。GLじゃないか」
「それからさ、スイはさ、
お前が帰って来るのを待ってて、
痕跡を探す旅の途中で、
お前の事を見つけられるんじゃないかって言ってる」
「僕も逢いたい。
君があっちの世界に出現した事で、
女神の痕跡が発生したんだろうね。
痕跡が見つかる度に、あちこちでパーティーが組まれる」
「何で、女神は日本人に絡みたがるんだろうな?」
「さあね。僕も理由は知らないな」
化粧水を塗り終わると、化粧下地を済まし、
薄くファンデーションを塗りだした。
「あっちの世界の人は皆」
「え?」
「女神の力を手に入れようとしてるけれどさ。
そんなに大きな力を、制御出来るものなのかなって、
僕はずっと思ってる。
魔力は確かに生活を豊かにするけど、
でも本当は必要最低限だけでも充分なんじゃないかって」
「でも、お前も痕跡探しに行かされてたんだよな?」
「そう。こっちの世界と同じさ。
働かないと生活が出来ない。
魔法が使えたところで、実に情け無い話だよ」
「メイドカフェ」
「人生を豊かにするという点で、
痕跡とメイドカフェに、
一体何の違いがあるんだろうね」
「だいぶ違う様に思えるけどな」
「一つだけ、
明確に分かりやすいモノがあるとするならば、
メイドさんの服が、とても可愛いという事だね」
◆◆◆
「んで? この子が、ことはの親戚の子?」
大きな通りに店舗を構える、
メイドカフェ『りしえる』。
俺は、その二階部分に在る事務所に通され、
店長と面談をしている。
店長は二次元キャラクターの様な髪色をしていて、
少し目付きは悪いが、美人だ。
「そう。
急に親御さんが海外に行かなくてはならなくなってね、
その間、僕が預かる様に頼まれたんだ」
「預かるって。
そんな年齢でも無ぇだろ?
君、いくつ?」
俺は店長にジロッと眼を覗き込まれ、
完全に萎縮してしまった。
「悠ちゃん、ダメかな?
まだ、彼は未成年だし、
夜に家に一人で居させて、
僕の部屋で良からぬ事をされても問題だ」
「お前、下着とかちゃんとしまっとけよ?」
「盗みませんけど!?」
「この通り、実に健全な男の子だ。
頼むよ悠ちゃん。僕がシフトに入ってる間だけ、
事務所に居させてくれないかな?」
「つってもな。
オーナーにも訊いてみないと」
「そこを何とか頼むよ。ね?」
彼女は、
悠ちゃんにグイッと顔を近づけて、
たじろいだ悠ちゃんは壁に追いやられた。
そして、彼女は悠ちゃんの頭の上の辺りの壁に腕をつけ、
片方の膝で、悠ちゃんの股を割るようにして、
顔も身体もくっついてしまう様な体勢を取った。
所謂、壁ドン。
もう古いらしいけど、間近で見ると迫力があるものだ。
「ちょっ……!!」
「僕と悠ちゃんの仲だろう?
それに付け睫毛、変えたんだね。
とてもよく似合ってる」
「おまッッ……、ズルいって……。
しかも……、変えてねぇし……。
いい加減な事言うなし……」
そして、彼女は顔を真っ赤にした悠ちゃんの顎を、
もう片方の手で持ち上げた。
所謂、顎クイ。
もう、息を呑む暇さえ、俺には与えられないのか。
「それは、
君に素敵なところがたくさん有る所為だ。
僕の眼をこれ以上忙しくさせて、
悠ちゃんは一体、僕をどうしようと言うのかな?
もっとたくさん褒めて欲しかったのかな?
欲張りだ」
「わかった……!! もうわかったから!!
居ていい!! 言っとくから!!」
「ありがとう」
彼女はニッコリと笑って、
ようやく、プルプルと震えている悠ちゃんを解放した。
「だそうだよ。良いかい?
皆働いてるんだから、
くれぐれも大人しくしておくんだよ?」
彼女は俺にそう言った。
◆◆◆◆
「あの……、
店長さん、ありがとうございます」
「……いいよ別に。従業員の子が出入りするけど、
気にしなくていいから。
あと、そっち更衣室。
覗くなよ」
まだ少し顔の赤い悠ちゃんが、軽く凄んできた。
が、先程とは違って可愛らしいものだ。
「うす。ところで、悠さんて、
ことは姉ちゃんと何かあったんすか?」
「ブッ!!?」
彼女に、店ではそう呼ぶ様に言われていた。
「な……、なんも無いけど!!?
何で!!? てか、アイツモテるし!!
モテるヤツに興味ないし!!?
きっと他の子にも同じ事言ってるし!!?」
何となく、俺は全てを把握した。
確かに、彼女はモテていた。
客にも、他のメイドにも。
結局、俺は事務所に居ても暇なので、
皿洗いでも、
と云う事になり、
キッチンから垣間見える、
ホールの様子をチラチラと伺っていたが、
シフトの間中、彼女の周りには、
濡れた様な黄色い声援と、
好意的な視線(エロ含む)や、
恋慕の感情が目に見える程に、
忙しなく飛び交っていた。
「お帰りなさいませ。
お嬢様。また来てくれて嬉しいよ。
この間に比べて今日は、
君と一緒に過ごせる時間は長いのかな?」
「うん♥️ことはがずっと傍にいてくれたら♥️」
「僕としても、君の傍に居たいんだけどね。
仕事だと云う事は理由にはならないかな?」
「ことは君♪♥️」
「やあ。久しぶりだね、お嬢様」
「ねーことはー♥️これ食べてー♥️」
「嬉しいな。でも、
お嬢様から施しを受けてはいけない決まりなんだ。
すまないね。君が食べて、感想を聞かせてくれる?」
「ことはさーん♥️
これってどうしたらいいんですかー?♥️」
「理央ちゃん。ちょっと悠ちゃんに聞いてみようか?」
「きゃー♥️ やさしー♥️」
もう、店内の全女子の眼がハートになっている。
時折、ホールですれ違う時に、
彼女が悠ちゃんと交わすアイコンタクトや、
頬を染めて、照れ臭そうにする悠ちゃんが、
とても意味深に見えてしまう。
悠ちゃんは、さっきの一連の流れから、
俺の目には最早、恋する乙女にしか見えていない。
本当の親子で無いとは云え、
スイと、ことはは、よく似ている。
イケメンと云うか、王子様と云うか。
メイドカフェでの接客も、
メイドと云うよりは、
執事然とした対応だったが、
見た目の中性感も相まって、
モテない要素が無いのだ。
◆◆◆◆◆
カフェの閉店時間になり、
今日も遅い時間帯のシフトだった彼女が、
着替えを終えて、
更衣室から出て来るのを俺は待っていた。
「お待たせ」
猫耳の付いた黒いパーカーに、
黒くて細いスキニーパンツ。
今日はサンダルでは無く、
ごつくて黒い厚底のブーツを履いている。
「さて、行こうか」
彼女は店を出て、アパートとは反対の方向へ歩きだした。
「え!? 何処行くの!?」
「何処って。リロクの魔力装置を壊しに行くんだよ。
この辺りに一つ見つかったんだよね」
彼女は、そう言いながらさっさと歩いて行ってしまった。
正直、今からかよ?と思ったけど、
俺は彼女について行く他無かった。
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