イセカイ篇 8 『リロクの仕業。』
本日投稿の1話目です!!
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「おい……。起きろって……」
俺は、ことはを起こそうとして声を掛け続けた。
消していた部屋の電気をつけて、
少し肩を揺さぶってみたが、
彼女が起きる様子はまるで無い。
「んー……」
迷惑そうに俺の手を払うと、
毛布を頭から被って丸くなり、
彼女はまだ寝ようとする。
場面の展開から云って、こういう時に起こされるのは、
多分、俺の方だと思うんだが。
「んー……、じゃないんだって!
おい!
起きろ! おーきーろーー!」
「嫌だ……、ここは僕の家なんだよ……?
好きな様に寝かせろよぅ……」
彼女は、まだグズグズと言いながら、
まるで起きようとしない。
「マジ起きろって!? 変なんだって!!
外がずっと夜なんだよ!?」
俺は彼女を起こす少し前に眼を覚ましていた。
そして、すぐに異変に気付いた。
夜が明けない。
彼女の部屋には時計が無くて、
俺は自分のスマホで時刻を確認したが、
“2"₩:□*”
といった具合に、
意味の無い記号が表示されているだけ。
カーテンを開けて、外を確認したが、
外は、俺達が寝る前と変わらずに、
真っ暗のままだった。
俺は怖くなってきて、起きない彼女に声を掛け続けた。
◆◆
「……。本当だ。時間がわからない……」
欠伸混じりに彼女がそう言った。
彼女は、まだ起き上がろうとはしないで、
寝転がったまま、スマホをいじっている。
俺も色々なアプリを起動しようとさせたが、
どれも固まってしまい、
殊更に不安を掻き立てられた。
「電話も通じないね……」
ポイッと、枕元にスマホを投げると、
毛布にくるまったまま、ようやく身体を起こした。
「結界魔法で分断されたのかな……。
今、何時なんだろうね?
今日もバイトがあるんだけれど、
これじゃ出掛けられない」
そんなに慌てている様子も無く、
彼女は立ち上がると洗面所に歩いて行った。
しばらく水の出る音がした後、
「ナツメくん。ねえ、ナツメくん」
「な……なに?」
「悪いんだけれど、タオルを持って来てもらえるかな?」
俺は部屋をキョロキョロと見回し、
畳んであった洗濯物から、
イラストがプリントされているタオルを取った。
勿論、下着はそのまま一緒に置いてある。
黒。
タオルに顔を埋める様にして、
水を拭き取った後の、
化粧を落とした彼女の顔つきは、
少しだけ幼くなり、
印象が、また少し変わった。
俺は少しだけ、
昔の二月二日ことはの姿を、
思い浮かべる事が出来る様な気がしていた。
それにしても、美人だった。
スイとは、勿論似ていないが。
彼女は、タオルをポイッと俺に投げて寄越すと、
さっさと玄関の方へ向かって歩いて行った。
「ど……、何処に行くんだよ?」
「何処って。
いつまでもこうして居られないだろう?
結界を壊しに行かないと」
彼女は、そう言うと玄関から表に出て行ったが、
またすぐに戻って来ると、
扉を少し開けて、
顔を覗かせながら俺に言った。
「何してるんだい? 君も行くんだよ。
それとさ、悪いんだけど、鍵。取ってもらえる?」
ベッドの枕元に、鍵、スマホ、財布、眼鏡……、
きっと忘れない様に置いたつもりなのだろうが、
全てそのままにしてあった。
俺はキーホルダーやら、
カプセルトイのキャラクターやらが、
ジャラジャラと付いた鍵を彼女に渡した。
「何でコレを忘れられるんだよ?」
「何だよ?僕がだらしないって言いたいのかい?」
彼女はそう言いながら玄関の鍵を締めて、
パーカーのポケットに鍵を突っ込んだ。
「それじゃ行こうか」
俺は歩きだした彼女の、
少し後ろをついて行った。
アパートの二階部分から、
手摺の付いた階段を降りて、
道路に出た後に、
彼女としばらく真っ直ぐ歩いていると、
前を歩いていた彼女が、
ピタッと止まり、
足で自分の目の前を軽く突いて、
探る様な動作をした。
そこは何も無い筈の場所なのに、
コンコンッ、と壁を叩く様な音がした。
「ここだね。
アパートを中心に、半径15メートルってところかな。
結界を張って、外と遮断してしまう魔法だ」
俺は彼女の指差した辺りを、手のひらで触れてみると、
そこには確かに見えない壁があった。
感触的に、かなりの厚さと硬さがありそうだ。
「敵の仕業なんだよな?」
「勿論。でも、そんなに怯える必要は無い。
大した魔法じゃないよ。
コレを今から壊す」
「どうやって?」
「方法は二つだよ。
物理的、或いは魔法的に直接、結界を破壊する方法と。
結界を構成しているモノを破壊する方法。
この場合、結界を構成しているモノと云うのは、
術者だったり、結界を発動している主だったモノの事だ」
「どっちでやるんだ?」
「直接、
攻撃を加えて破壊するのは、
とてもコスパが悪い。
結界と云うのは大体が頑丈に出来ているからね。
効果的な点を集中して狙え無い限り、
只、消費していくだけだから。
だから、結界を構成しているモノを狙うのがセオリー、
とされているね」
「結界を張っている奴が近くに居るって事?」
「居ないよ。
多分、自動で結界を発生させる装置が近くにある。
それを壊すんだ」
「装置?」
「装置。
君のイメージしている、
機械的な外見では無いかも知れないけど」
「全然何も思い浮かばん」
「そうしていた方が良い。
先入観なんて無い方が良い」
「その装置って云うのも、リロクが?」
「そういう技術に長けた人物でね。
魔力の消費があっちの世界に比べて、
著しく大きいこの世界で、
活動し易くする為に、
実に様々な趣向を凝らしてくる」
「他にもなんかあるのか?」
「リロクが世界間をあっちこっちに移動して、
両方の世界で活動出来ている事を、
不思議に思わなかった?
幾ら、膨大な力を持っていたとしても、
個々の魔力の量と云うものは上限が有るからね。
リロクは魔力を補給する地点を、
こっちの世界のあちこちに隠しているんだ」
「卑怯な奴だな、
自分だけ回復出来るポイント作ってんのかよ」
「と云ってもこっちの世界じゃ、
魔力の消費はあっちの世界に比べて、
遥かに多い。
補給出来ると云っても、たかが知れてるんだけどね」
「じゃあ、この結界は、
限られた魔力で、
精一杯の嫌がらせって訳か?」
「そう。
こんな事をしても、
決定的なものにはならないとわかっているだろうけどね。
君の言う通り、殆ど嫌がらせに近い。
僕達をこっちの世界に閉じ込めておきたいと云う、
彼の願望かも知れないな」
彼女は壁のある辺りから引き返し、
たまに立ち止まりながら、何かを探している様子だった。
そして、
何回目に立ち止まった、
ゴミ捨て場に置かれたマネキンを指差した。
「あれだ」
「マネキン?」
「うん。あのマネキンが、結界を発動させる装置だ」
そして彼女はマネキンに触れた。
「こんなものでもね、
探すのにも、壊すのにも労力が要る」
マネキンは彼女に触れられた箇所から、
真っ二つに割れ、
先程アパートを襲撃してきた男と同じく、
灰の様になって崩れ去って行った。
辺りの風景が、ぐにゃぐにゃと曲がり、溶け出し、
変形して行った景色の端から、
光に当てられる様にして、真っ黒だった暗闇が、
明るく色づいていった。
「これで一丁上がり」
「何か楽勝に見えたんですけど……?」
「僕も魔力が制限されてるからね。
見た目程、楽勝って感じでも無いんだ。
言っただろう?
七年間も泥試合をしてるって」
彼女は欠伸をしながらそう言った。
結界が解かれ、
明るくなり始めた辺りの景色は、
何事も無かった様に俺達を迎えた。
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