イセカイ篇 5 『食べる習慣。』
イセカイ篇 5話になります!
昨日、評価をしてくれた人ありがとうございます!!
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俺は彼女が煙を吐く姿に、
完全に見惚れてしまった。
真っ白な肌に、薄い唇。
少しタレ目の物憂げな表情で、
横顔も、正面から見ても、本当によく分かる。
美人だ。
遅い時間帯のシフトに、
入っていたと言っていたからなのか、
彼女は化粧をしている。
煙草を咥えた唇に、
暗めの色が付いてる。
化粧の事なんて俺には何も分からないけど。
「僕もさ、君に相談があるんだけれどね」
「な……、何?」
「君から先にどうぞ。
少し混乱している様に見えるから、
落ち着いて、ゆっくりで大丈夫だから」
彼女は短くなった煙草を灰皿で消すと、
換気扇を止めて、ベッドの上に腰をかけた。
座った拍子に、
パーカーが肌蹴て肩が見えた。
何でも無い事なので、
勿論、彼女は何も気にせずに元に戻す。
ところが、勿論俺には、ただ事では無い。
何か、何か言わないといけない。
「話を変えようか。
もう少し、整理してからの方が良いかも知れないね」
一瞬、間が空いて。
「僕の部屋はつまらないだろう?
テレビも無いし。
君はテレビをよく見る方かい?」
「そんな事無いけど……。
何でテレビ置いてないんだ?」
「見ないから」
「部屋でいつも何してるんだ?」
「そうだなぁ、ご飯を食べたり、寝たり……。
殆ど、それだけだね。
君は? 自分の部屋でどうやって過ごしてるのかな?」
「俺は……、漫画読んだり……、
アニメ見たり……、ゲームしたり……?
俺も、殆どそれだけ……」
「ふうん。
学校に行かずに、そうやって過ごしていた訳だ」
「わ……、悪いかよ」
「全然。君はそうしたかったんだろう?
だったら、それが正しいのさ」
彼女の声には、妙に納得の出来る説得力と、
縋りたくなる母性を伴った響きが有る。
何故か、俺は少しだけ眼に涙が滲んでいた。
「僕も別に学校は大して好きじゃなかったよ」
「好きなヤツなんているかな……?」
「さあね。
人それぞれだから。
好きで好きで堪らないって人も、
中には居るんじゃないかな?」
「お前は何で、学校が大して好きじゃないんだ?」
「えー……。何でだろうね」
「何か嫌な思い出があるとか……」
「嫌な思い出……、特に記憶には無いかなぁ」
「じゃあ、何でだよ」
「理由が無くても、
何となく好きになれないものってあるじゃないか。
例えば、曲がらないタイプのストローだったり」
「曲がらないストロー?」
「喩えだよ。
飲み物を飲むのに、曲がってようが、
そうで無かろうが、用途は一緒だろう?
でも、僕は曲げれるタイプのストローが好きだ。
曲がらないストローよりも」
「学校とストローを比べられても……」
「喩えば。だよ。
でも、僕には同じくらいの規模の話だよ。
なんとなく、曲がらないストローは好きになれないし、
学校も、なんとなく好きじゃない」
「お前変わってるんだな……。
話した事無かったから、知らなかった」
「僕が変わってると云うよりも、
僕は君より大人なんだよ。
実際、年齢も上になってしまったからね」
「見た目……、若いよな。二十九って……」
「バイト先では年齢を隠しているよ。
僕の年齢では本来アウトだろうから」
「ていうか、何でメイドカフェ?」
「服が可愛かったから。
何でも良かったんだよ。
その前はスーパーでバイトしてたよ」
「魔法が使えるのに?」
「魔法が使えるのに」
「お前の事、人類で最強だってユンタが言ってた」
「オーバーな表現だよ。
僕の授かったスキルのおかげだね」
「どんなスキルなんだ?」
「その前に。
君が使おうとしたスキルの事を教えてもらえるかな?
君には、どんな能力が有るんだい?」
「俺のは……、
相手のスキルを借りて、使えるって云う……。
ただ、そんだけ。
しかも、成功した事が殆ど無くて……」
「模写系のスキルか。
随分、珍しいスキルを貰ったんだね」
「珍しいだけだろ」
「そんな事は無いよ。
僕は二度、
模写系のスキルを持っている相手と、
戦った事があるけど、
それなりに苦戦したよ。
とても厄介な能力だと思っている」
「人類最強なのに苦戦?」
「それは相性と云うものが有るからね。
どれだけ能力差が有ったとしても、
相性は互いの属性同士に干渉し合うものらしいから」
「でも、属性を超越する様なヤツもいるんだろ?」
「そうだね。よく知ってるね」
「お前も超越する側なんだろ?」
「正確には僕の能力が。だけどね。
でも無敵な訳でも無いと思うよ。
現に僕は敗けてしまって、
こっちの世界に戻されてしまったから」
「お前が敗けた?」
「うん。属性云々の話とは違うかも知れないけどね、
僕の持っている能力が抱える欠陥。
それに相手が気づいてしまったんだ」
彼女はそう言うと立ち上がって、
台所に有る、備え付けの冷蔵庫の扉を開けた。
「さっき買ったカップケーキを食べて良いかな?」
「まだ食うのかよ」
「ナツメくん。
僕は毎日必ずデザートを食べる事にしてるんだ」
「よく食べるんだな。細いのに」
俺は言った後に、しまった、と思った。
短パンから覗く、
彼女の細くて白い足に、
どうしても意識が行ってしまう。
勿論、エロいヤツだ。
「今更だけど、着替えて来ようか?」
「え!? な……、何で?」
「君が話に集中出来そうに無いから。
僕としても、男の子と二人きりで居るにしては、
些か無防備過ぎる格好だなと思っているんだよ。
すまないね。
どうも楽な服装を選んでしまうから」
「べ……、別にやましい事なんて考えてないから」
「考えられては困る。
僕は一応、人妻だからね」
俺はヤンマの事を思い出した。
正直、スイに手を出すなと言って脅かしてきたヤンマを、
俺は怖いと思っていた。
自分の嫁さんと、男が夜に二人きりで居たと知ったら、
ヤンマがどんな反応をするのか、
考えなくても判る。
「わ……、悪かったよ! 考えないから!」
「冗談だよ。それよりケーキ美味しそう。
いただきます」
彼女は何事も無かった様に、
美味そうにケーキを食べ出した。
「スイがね。甘い物が好きだろう?
彼女は食べる事自体が好きだけど。
僕はこっちに戻ってから、
毎日甘い物を食べる事にしたんだ。
スイの事を考えながら。
そうしたら、何か少し紛れる様な気分になるから」
彼女は小さなスプーンで、
一口ずつ丁寧に口に運んで、
それを噛み締める様にして食べ続けた。
「ナツメくん。
僕はスイに逢いたい。
だから、向こうに戻りたい。
君に、協力をお願いしたいんだ」
彼女の言った言葉を、
俺は深く考える事はしなかった。
きっと、本当に、そのままの意味だから。
それに何より、俺も同じだったからだ。
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