イセカイ篇 4 『二月二日ことはの自宅で。』
本日投稿の2話目になります!
◆
「何してるんだい? 上がりなよ」
彼女は、
玄関に立ったままの俺に声を掛けた。
「お……、お邪魔します……」
◆◆
彼女の家。
何となく、
実家的なモノしか想像出来なかった俺は、
彼女が独り暮らしをしているとは思っていなかった。
アパートの二階。
彼女は俺の前を歩き、自分の部屋の扉の前で、
パーカーのポケットをゴソゴソと探りだし、
「鍵が無い」
と、呟いた。
「え!? 落っことしたのか!?」
「あれ?おかしいな?」
彼女は買い物袋の中も探し、
パーカーのフードまで振っていたが、鍵は見つからず、
首を傾げながら、扉の取っ手を回してみると、
そもそも鍵はかけていなかった事が分かった。
「何だ。また忘れちゃったのか」
彼女はそう言うと扉を開き、
さっさと家の中に入って行った。
◆◆◆
ワンルーム。
トイレと浴室は別々だが、
かなりコンパクトな造りの部屋だ。
そして、驚く程に家具や生活用品の類いが少なく、
ベッドと小さなテーブルがあるだけで、
テレビすら無かった。
「適当に座っててくれ」
彼女はそう言うと、
買い物袋からカップ麺を取り出すと、
お湯を沸かし始めた。
「ナツメくんも、何か食べる?」
「いや、俺はいいけど」
「今日は遅い時間帯のシフトでさ。
晩ごはんを食べてなくてね」
彼女はそう言った。
俺は何処に座って良いのか分からず、
何となく手持ち無沙汰で突っ立っていたが、
畳んである洗濯物の中に、
下着が覗いているのが見えてしまい、
いよいよ、
どうしていたら良いのか分からなくなっていた。
「それで。
君はいつ頃、あっちに行ったのかな?」
俺は慌てて下着から眼を逸らした。
「え!?
俺は気づいたら、あっちの世界に居て……。
戻った時に、スマホで確認したけど、
あっちに行った日付は正確に覚えてないな」
「あっちで、どのくらいの時間を過ごしたの?」
「二週間も居なかったと思う」
「ふむ。僕の様に、七年もあっちで過ごした訳では無いんだね」
「七年?」
「そうだよ。スイの母親だと言っただろう?
僕は十五歳の時に、向こうに転移して、
五歳の頃のスイと出逢った。
それから七年前に、こっちに戻った」
「ちょちょちょ……、
やっぱりそこが引っかかるんだけど、
お前、俺と同い年だろ?
十五で転移して、七年も向こうに居たって、
どう考えても計算合わないだろ」
「僕は二十九歳になったよ」
「いやいやいや……」
俺はやはり、彼女の以前の姿を、
殆ど憶えてなくて、憶えてたとしても、
今の彼女の姿からは、かけ離れたものだっただろう。
それに彼女は二十九だと言うが、
とても、その年齢には見えない。
だから、俺は余計に彼女の話が理解出来ない。
「信じられないかな?
でもさ、
転移だの、転生だの、
そもそもが人智を超えた力だ。
君は、そういうものの検証とかを、
きちんとしたいタイプかな?」
「まあ……、気にはなるかな……」
「知ろうとして知れるものだと思う?」
「それは……、わかんないけど……」
「僕達が|向こうの世界で眼にしたのは、
魔法なんだぜ?
真理や法則なんてものを、
きっと必要としてないんだよ」
「だから……?」
「よく分かんないものだって事さ。
とにかく僕は、十五歳から二十二歳まで、
向こうの世界で過ごして、七年前にここに戻ってきた」
彼女は出来上がったカップ麺を、
モグモグと食べながらそう言った。
「それじゃ、タイムスリップしたって事か?
それに、七年前って事は、
十歳の頃のお前がこっちの世界に居た筈だし……、
タイムパラドックス的なものが発生しちゃうんじゃ……」
「ナツメくんって、SFとかが好きなのかい?」
「そんなでも無いけどな」
「ふうん。
僕はそういうのはさっぱりだな」
彼女は興味が無さそうに言い、
カップ麺を食べ終わると、
次はおにぎりの包装を取って食べ出した。
「自分の事なのに興味無さそうだな」
「そんな事無いよ。
ただ、起こってしまった事は、
もう仕方ないと思ってるだけ」
「そんな簡単に……」
「君は向こうの世界に居た事を後悔してる?」
「してない」
「僕もさ。
だから、深く考える必要が無いと思ってるだけだよ。
僕の年齢についてはね」
「あのさ、二月二日」
「ん。本当に何も食べない?好きなの取ってもいいよ?」
「食べない。それより、相談したい事があるんだ」
「相談。君もお腹が空いてる筈だけどね。
昨日の夜にスキルを使おうとして、倒れて、
それから丸一日寝ていたんだから」
「丸一日?」
「そう。言わなかったかな?」
「そうだ……、
スキルを発動しようとしたけど、出来なくて……」
「こっちの世界でスキルを使うには、
君の魔力では少し足りないのだろうね」
「お前は使えるのか?」
「使えるよ」
「マジかよ!! 格差が……」
「あっちに居た時程は自由は利かないけれどね」
「そういや、ヤエファがお前の事、
天恵者って言ってたわ……」
「ヤエファ。懐かしい。
ナツメくんは彼女にも逢ったんだね」
「ああ。あと、ユンタにも逢ったんだぞ」
「ユンタも元気かな?
そう云えばユンタに最後、
お金を借りてから返してないんだ。
怒ってなかったかい?」
「いや、それはわかんねえ、
けど」
「けど?」
「お前……、結構だらしないな?」
「えー?どうしてそう思ったのかな?」
彼女は食べ終わったカップ麺とおにぎりの包装を、
台所の流しに持って行き、換気扇を回した。
「タバコ吸っても良いかい?」
「タバコ吸うのかよ?」
「そりゃ吸うさ」
そう言ってタバコを取り出して火をつけた。
煙を深く吸い込んで、
細く煙を吐き出す彼女の姿を見ると、
俺は無性にドキドキとしてしまった。
ここで云うドキドキは、
もちろん、
エロい感じのヤツだ。
「それで?
君の相談って、何かな?」
彼女は、俺にそう言った。
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