うずくまる女
駅の階段の隅に座り込むホームレス風の女がいる。年の頃は60ほどであろうか?
毎日毎日、朝から晩までうずくまって、ブツブツと何かを呟いているのだ。
通勤時、帰宅時間と、毎日毎日、ブツブツ、ブツブツだ。こっちは仕事で疲れてるっていうのに。
何を言ってやがるか分からない。どうせ意味のない言葉なのかもしれないと思いながら、そっと聞き耳を立ててみる。
「……う
……がう
……がう
……がう」
なにやら聞こえる。同じような言葉だ。俺の前のヤツが通りすぎたとき、ハッキリと聞こえた。
「違う」
何が違うんだ? と思いながら、うずくまる女の横を通り過ぎると、俺の時だけ言葉が変わる。
「同じ」
ハッとして振り返ると、また女は「違う、違う」と繰り返していた。
一体なんだ? 家に帰って、考える。何故俺の時だけ「同じ」だと……?
それからしばらく、やはり女の横を通る度に「同じ」と言われた。俺の時だけだ。
俺はお前みたいにホームレスじゃないし、女でもないぞ?
まったく。なんで俺だけ。
そして明くる日。少し残業で遅くなり、回りの人はまばら。定期を出すのに手間取り、あまつさえ落としてしまい、拾い上げた頃には、乗客たちは遥か先まで行ってしまっていた。
いつもの階段までくると、うずくまる女が一人。いつもの風景なのに、一人だけとなると多少ゾッとする。道を変えたらかなりの遠回りになってしまう。
覚悟を決めて階段を上る。女は何も言っていないが、俺が横を通ると口を開いた。
「同じ」
背筋が冷たくなる。そのまま通り過ぎたが、ある程度上ったところで足を止めた。そして振り返ると女の小さな背中が少しばかり遠くにある。
そこで聞こえるように言った。
「おい、ばーさん。何が同じだってンだ?」
すると女は怯えるように振り返った。
襲われでもしたら怖いが、怯えていることに気持ちが大きくなる。少し近づいてもう一度聞く。
「なにが俺とばーさんは同じなんだよ?」
女はボソボソと答えているが、聞き取れない。俺はすぐ近くによってもう一度聞いた。
「一体、何が同じなんだ!?」
すると女の声が聞こえた。
「同じ、同じ、同じ、人間──」
俺は呆れた。ため息をついて家路についた。そんなの当たり前じゃねーか。
そして女は今日も繰り返しているが、もうどうでもいい。
「違う、違う、違う、違う、違う──」