006
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デットコレクターに思考能力は無い。主の思考のプールから一番近いものを条件に合わせて選択するだけである。
大きな指針として、主の目的や価値観に照らして情報収集する。
手に入った情報は主の無意識のプールに夢の記憶のように保存される。
意思のないゴーレムは、まず主の目的達成に適した場所へ移動する事を選んだ。
道中色々なモノが目に入る。
主の敵に近しいモノであれば好んで食す。
捕食が主の価値観で忌避される対象であれば見逃す。
例えば主と同じ妖精であれば、傷つけない様に遠回りもする。
草食動物くらいであれば態々避けたりはしない。
森を出て、村のイキモノを食べ。帝都へ進む。
少し大きい村に美味しそうなイキモノが居た。
果物の皮が勝手に剥ける様に、そのイキモノは自身が贄として価値が高まるように自らを準備していた。
ならばと食す。
それには強い祈りと懇願を含んでいた。
主の目的を達成する助けとなる情報が含まれている。
多くのイキモノの生命を集めることで主の目的の成就が成る。特に文明と都市というイキモノの密集地に飛び込むのが良い。
イキモノの密集する場所へ行き食べる必要は変わらないが、食べる順序は今現在は横並びの優先度である。であれば近い順に行くまで。
その順番を、贄としての願いで多少前後しても問題ない。手近なモノで成らないならば、次に手近なモノを目指すのみ。
当初の予定通り一番近いイキモノの大集落へと向かうことにする。
主の仇となったイキモノの出身集落が判明したらそちらを優先したかもしれないが、それは最後にするという価値観もあった。供物の献身と情報提供を鑑みて、後回しに行動が傾いたのであった。
都市というイキモノの巣の効率良い捕食方法を得た。結界の存在と、ゴーレムと奴隷の運用方法である。
帝都を囲う結界はニンゲンに利する。結界内ではゴーレムの統制に大きな制限が掛かる。ならば、ゴーレムと奴隷は結界の外に出て貰うのが良い。
結界の内側には本機が乗り込んでイキモノを収集する。
奴隷はニンゲンでありながらニンゲンを憎む。更に主の救済に浴する資格を持つ。
ゴーレムと共に結界の外側でニンゲンを内側から出さない様に追い返し閉じ込める。
本機の動力が四肢にエネルギーを注送する。
目的の設定。
目的の計量的解釈と分解。
各項達成への具体的な手段と操作の設定。
操作の順序や効率の再計算と最適化。
具体的なタスクが確定し、実行に移る。
時間と言う変数が、計画書をそのまま記録に書き換えていく。
それは無人の野を行くが如く、あらゆる抵抗は意味を成さない。
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見た目は岩で出来たドラゴンであった。
見た目通りの岩の堅牢さがあるだけでも手も足も出ない化け物だ。
勇者の国の下っ端勇者が存外に良い剣筋で前脚に轟音と共に一閃したが、ドラゴンの脚はビクともしない。
多少傷を付けられたかもしれない。
だがこれ程の巨体の、しかも血も出ないゴーレムに傷が入ったとしても大したことはないだろう。
勇者は怒涛の連撃を打ち込む。
相手にすらされてないと見てか、大きく力を溜めての渾身の打ち下ろし。
金属の抜けるような音が響いた。
勇者の剣が折れ飛んで響いた音であった。
その音で初めて気づいたかの様にドラゴンは勇者を見た。そのままパクリと丸呑みにした。
巨体の癖に動きが異常に素早い。小さいトカゲの様に機敏に動く。
俺はともかく逃げ出した。
あの勇者、自分は弱いと謙遜していたがかなりの使い手だった。
それがあんな、花を摘むように食われてはどうしようもない。
あれは止められない。
各国連合の討伐部隊もあのドラゴンと対峙する無意味さを悟ったか思い思いの方向に逃げ出した様である。
隊長だかなんだかの「逃げるな」の怒号が背に聞こえる。
知ったこっちゃない。
立ち向かって1秒かそこら食われる時間を稼ぐより、方々に逃げて生き残って情報を持ち帰る方がよっぽど事態に貢献してる。
それに、逃げた誰かを追いかけたら、立ち向かって一秒稼ぐよりも多くの時間を稼げる。
ただ、真っ先に逃げたからか、ドラゴンの興味を引いてしまった様だ。
デカい足音が追いかけてくる。
これは数秒で追いつかれるな。怖くて後ろを振り返れない。どうか一瞬で痛みなく死ねますようにと祈りながら真っ直ぐ走っていると、
「ギャー…」
後ろで誰かが食われた。叫び声はすぐに聞こえなくなった。
どうやら俺が真っ先に逃げたから付いてきた奴が居たようだ。
ドラゴンは他の獲物を追いかけて行った。足音が遠ざかっていく。
アレが帝都に向かっているらしいと言うのは聞いてたので、垂直方向に逃げたのが良かったかもしれない。
「はぁっ、はぁっ、…」
帝都の方にドラゴンが進んで、足音がかなり遠くなった時に、息をしている自分に気づいた。
気配を殺そうと息を止めていたらしい。体が新鮮な空気を貪る。
俺は生きている。
叫びだしたかった。
流石にそれはできなかったが。
勇者が会議で言っていた、刺激しない方が良いってのは本当だった。
大変なことになってしまったな。
忠告した勇者当人は食われてしまったのが残念でならない。
蘇生できるらしいが大丈夫だろうか。
ちゃんと蘇生できていればいいが。
俺は部隊の輜重隊の副長だった。
バイカル王国の人間で、今回のクライアントはオスド帝国だ。
このまま逃げ帰れば敗残兵と同じ扱いをされるかもしれない。
「さて、どこ行こうかね」
呟いてみても何も始まらない。
輜重隊の荷物を持って逃げたら逃げ切れるとは思えない。つまり輜重隊の荷物はまだドラゴンと会敵した場所にあるだろう。
ドラゴンが戻ってこない事を祈りながら輜重隊の所に戻ると荷物がそっくりそのまま残っていた。人だけが居ない。
「あまり欲張るのも危ないか」
水と食料を腹に収めて、水一日分。食料を数日分、野営に必要な一人分の装備を厳選してまとめ、一息入れてその場を離れた。
ここに来るまでに木こりの小屋が一軒建ってたのを思い出し、とりあえずそちらへと歩き出した。
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転生勇者の佐藤一成は妖精の森の方角を見据える。
佐藤はトラックに撥ねられて異世界転生した。
典型的なオタク趣味の童貞のサラリーマン平社員で死んだ。
頑張ればトラックを避けられたが、日頃異世界転生に憧れていて転生トラックかと一瞬考えて動き出しが遅れてあっさり撥ねられてしまった。
死後の空間に居た女神に厚かましくも注文を付けて、収納ボックス、鑑定スキル、魔法全属性適正、成長率上昇、ユニークスキル『鉄壁防御』を手に入れて、最初は地味に冒険者の下積みを目立たないように熟し、実力が目立つようになってから一気頭角を現わしてチーレムライフを謳歌した。
ちなみに名を売るまではシュガーと名乗って潜伏していた。
魔王が妖精の森に発生した。
とりあえず2級の勇者が派遣された。
2級の勇者は転生勇者の血が薄いか、血が濃くても能力が低い勇者だ。
勇者の生存を知らせる水晶玉が割れたのに、蘇生はできなかった。
魂を食われたか破壊されたのだろう。
魂を損なうとこの世界では一切の干渉力を失う。こことは違う異世界で別の魂を与えられる事はあるそうだ。
蘇生できなかった勇者がどこか異世界で転生していることを願う。
そういう訳で、今回の岩ドラゴンと戦って死んだら蘇生できない公算が大きい。
だから倒せずとも絶対に負けない勇者の俺が転移魔法で派遣された訳だな。
これも力ある者の務め。
ちょうど狐のかわいい獣人ちゃんが後宮に来ていたので、他の勇者に取られる前に功績を上げて搔っ攫う為に仕事をする事にしたのだ。
後宮は勇者に嫁ぐ女の最低限の教育と、体を整える機関だ。
本来は初潮を迎えないと勇者の元に行かないが、俺みたいなストライクゾーンが低い勇者の需要を満たすためにその辺は功績次第で何とかなる事になっている。
そればかりされると他の勇者の不満が高まるので中々難しいがな。
待ってろおれの狐ちゃん。
それが爆速で真っ直ぐこのオスド帝国の要塞の城壁に、つまり城壁の上に立ってる俺に向かってくるのが見えて、鑑定して理解した。
「あっ、オワタぁ~」
ゲームで言うと負けイベントの絶対倒せないキャラみたいな鑑定結果だった。
ドラゴンタイプのゴーレムの究極完成系を用意したらこんな感じだろうなというステータス。
平素のフィジカルだけで攻撃力と防御力がずば抜けている。
俺の鉄壁防御で一応防げる。
ただ防げるだけだ。
他の物騒なスキルを使われたらどうなるか分からない。俺のスキルは持久型で長持ちするが、ゴーレムの持久力とは比べるべくもない。
子供の頃にどちらが長く空気椅子できるか勝負したした事がある人も居るだろう。
俺が空気椅子のギネスブックのレコード保持者だとしたら、あのドラゴンは空気椅子の形の銅像である。
ちょっと次元が違う。勝負にならない。
とりあえずは、ある程度防いでみて、危なくなったら逃走しよう。状況を見て追加の戦力も送られてくるハズだし。
天に盾を掲げる。
「アイアン・フォートレス!」
要塞の前に城壁をすっぽりと覆う鈍色の透けた盾が出現する。
案外上手く倒せる機会が巡ってくるかもしれない。とりあえずはやるだけやってみるか。