005
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マリーに連れられて、家のある大樹周辺を探索している。
ここ数日はマリーに妖精の森の案内をしてもらっている。
妖精の家のある大樹は中々に面白かった。
森には層がある。
上から、樹上の枝葉の茂っている層は小動物、小鳥や虫などが住んでいる。
その少し下の層、太い枝が横に伸びている層ではリスや猿などの少し大きい動物が住んでいる。地上の肉食動物を避けながら、樹上の木の実などを集めながら暮らしている。
地上では大きい動物が動き回っている。猪や熊、鹿や豚などが生存競争を繰り広げている。
大樹の洞に木戸が付けられていればそこは妖精の家である。
マリー以外の妖精は、基本薄っすらと笑顔を顔に張り付けつつ落ち着き払った立ち振る舞いで生活している。
良さそうな木材を持ち帰って家具などを作り足しつつ、果実を拾って食べて生活している。
これぞスローライフと言うべき生活だ。基本やることが全くない。
意外と妖精は他の妖精にあまり興味を示さないらしい。
番を見つける旅に出たり、外敵が来たら近隣の仲間を集めて立ち向かったりする時は妖精同士で話し合う。
都心の人間の距離感に近いかもしれない。何かあったら話はするけど、何もなければせいぜい挨拶するくらい。
強い指向性のある感情、例えば人間が森に分け入ってきたとか。
人間社会から逃げてきた家族が森に入ってきたとか、何か感情の源泉があると妖精はそれに興味を示し集まるのだそうだ。
妖精の森周辺はだいぶマリーに案内して貰ったので、今日は少し離れた場所を案内してくれる事になった。
「ここは妖精の踊り場って言うの」
生い茂るジャングルの中、ぽっかりと開けた、木が無い陽の当たる広場に出た。
そこは種々様々な花が咲き乱れた花の絨毯であった。
「見えないけど、湖の上に植物が浮いてるっぽいよ。おっきい動物とかが乗っかると沈んじゃうんだよ」
浮草が堆積して島みたいになってるのかね。確かに大樹の様な重い植物は根を張れないのかもしれない。花には蝶や蜂が集まっている。
他にも、蜂蜜の垂れる場所だとか、リスの木の実の倉庫だとか、鳥が会話する樹幹だとか、色んな場所を紹介してもらった。
「普段は襲ってくるあぶない動物が少し居るはずなんだけど、今日は全然見かけないね。どこかにいったのかな?」
危ない動物の類が忽然と溶けて消えた訳でも無ければ、どこかに移動したことになるな。
ちょっと気になる傾向だが、まぁ悪いことでは無いか。
「でね、ここに光るキノコがあるんだよ。黄緑色の小さいうちに食べると毒なんだけど、青っぽくなったら食べられるんだよ」
崖の岩肌に開いた横穴から続く洞窟にマリーの言うキノコが生えている。
「ここの天井にコウモリさんがいっぱい居るんだよ~。見ててよ~、わっ!」
マリーが大きい短節の声を出すと。コウモリが全員なに~という感じで同じ挙動で顔を傾げる。
「おもしろいでしょ。あとはね~、う~ぅ~う~ぅ~」
マリーが声の音量を大きく、小さく、交互に出すと、コウモリが顔をぐるんぐるんと回している。
確かにこれは面白い。
「奥の方に綺麗な光る水晶があるんだよ。近づくと普段は大きいヘビが居て危ないんだけど、今日は居ないかも。ちょっとみてみよう」
マリーの指さす方を見て洞窟の奥の方に飛行しながら進んでいく。
これだけのコウモリに襲われたら物理的には妖精は狩られてしまいそうだが、妖精には興味が無さそうにしている。
壁の窪みに向かって、弾みを付けて突き飛ばされた。
振り向く間も無く、熱と閃光が世界を塗りつぶした。
全身を一瞬で衝撃と熱が駆け巡る。
上限を超えたのか、痛覚や熱は感じない。ただ、衝撃だけが駆け抜けた。
ほんの数秒かもしれない。あるいは数時間かもしれない。
意識が戻ると、洞窟の一部は溶解し、コウモリなどの生命が燃える焦げ臭さが伝わってくる。
マリーが居ない。
「マリーっ!だいじょうぶかー!マリー!へんじをしてくれー!」
あるいは前世も含めて、初めて力の限り声を出したかもしれない。
ただ、返事はない。
「マリー、…」
近くにいれば返事をするだろうし、さっきの衝撃で吹き飛ばされてしまったら、コウモリの様に無事ではないだろう。
マリーが咄嗟に俺を突き飛ばして庇ってくれたのだ。
短い付き合いだったが、良い子だった。
マリーと一緒になら、もう一度ちゃんと生きても良いと思った。
前世でついぞ感じられなかった、無償の愛を教えてくれた。
マリーは死んでしまったのだろう。
世界だか神だか知らないが、クソみたいな脚本家に、俺に復讐劇の愁嘆場を演じろと言う事だろう。
全部殺せば良い。
敵として配された駒も、この物語の主役も、そして脚本家も。
マリーの作ったパペットが、体を半分炭化させながら、炭の塊を持ってきた。
壊れ物を扱うように、洞窟の平らで無事な部分に安置する。
マリーの面影がある。
俺の口からアコーディオンで言葉を喋ろうとしている様な呪文の様な音が出る。
マリーの遺骸は水晶柱に封印された。
この壊れ物をとりあえず保存しなければと焦っていたら、うわ言のように呪文を唱えていたらしい。
これが魔法と呪文か。
妖精としての魔法適正がそれとなく俺に理解させる。
マリーの蘇生は不可能ではないが、今はまだできない。
この世の理を、魔法の仕組みをもっと知らなければならない。
丁度、魔法をよく知っていそうな種族だか国だかを滅ぼす予定もできた。
良く分からない呪文を半刻詠唱した。
洞窟の溶解した部分がドラゴンの形になった。心臓部の中心にマリーを封じた水晶が埋まっている。
「ォオオオオオーー……」
洞窟の残骸に風が通った音なのか、岩のドラゴンが産声を上げたのか。
ゴーレムは、原語ではエメスと発音する。意味的には不死、英語だとアンデッドに相当する。
不死のゴーレムは額に書かれたエメスの最初の接頭辞『エ』英語だとアンデッドの『アン』を消されると。『メス』英語だと『デッド』つまり、死を示されて土塊に還るとされる。
まぁ逆に、マリーを『生き返らす』まで、そしてその原因を取り除くまで動き続けるゴーレムが居ても良いと思う。
マリーは生きていて然るべきだったんだ。
ゴーレムは元々無機物、死に属する土から仮初の偽命を与えられてアンデッドとなったのだから。
逆に、このゴーレムドラゴンはマリーを生き返らせるまで土に還ることはない。
そういう因果関係の魔法を、願いを、想いを成した。
妖精は魔法の適正が飛び抜けていること。マリーへの想い。俺がゴーレムに適性があることでこのゴーレムドラゴンを創れたようだ。
物凄い虚脱感と喪失感。痴呆の様に感情すらも剝ぎ取られた。
二つと同じものを作れる気がしない。
何か気の利いた名前でも付けてやろうかな。いや、このゴーレムは消えることを目的としているし、惜しくなる様な凝った名前はつけない方がいいか。
まぁ『デットコレクター』でいいか。
債務回収者と死の蒐集を掛けている。
仇を殺すごとに生気みたいなのを集めてマリー蘇生の足しになるかも知れんしな。
とにかく疲れた。
このドラゴンを創り出すのに俺という存在の嵩をだいぶ消耗してしまった気がする。
ちょっと休もう。
マリーの居る心臓部は妖精サイズの小部屋になっている。
夢の中でまた、マリーと会える気がして……。
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少し前の人類陣営では、いよいよ各国連合の討伐部隊の準備が整っていた。
ゴーレムが時間とともに数と活動範囲を広げていることが明らかであったので早急に討伐部隊が組まれたのだ。
サガル正教国の司教エリアスは錫杖を捧げ持ち、
「主よ、サガルの殉教者の祈りをお受け取りください。徴無くも教徒達の信心に一片の陰り無く。主の存在を知る喜びを伏してお待ち申し上げております。アレルヤ」
妖精の森に向けて錫杖を振り下げた。陽光を反射する錫杖は、自ら発光している様にも感じられる。
「主よ、感謝致します」
森の中心部の上空が光っている。
遅れて連続した遠雷の様な轟音が轟いてくる。
エリアスが森に向けていた錫杖を下した。
「ふぅ、神敵に当たった手ごたえはありました。後の事はお任せします。私は少し休みます」
オスド帝国の雇い入れた傭兵団『黄金鷲』の団長ジェリドが、団員の斥候モスから報告を聞く。
「監視していたゴーレムが動かなくなったそうです。転倒してないので完全に活動停止してはないですが、ゴーレムへの命令が切れた状態かと。刺激しなければ素通りできそうです」
「うむ、サガルの魔法は魔王に当たったか。あれ程の一撃だ、普通の妖精と同じく貧弱であればまず消し飛んでいるな。
とりあえず攻撃跡地を見分する必要はあるだろうな。主には魔王討滅を確認できてからになるだろうが、占領された開拓村などの解放も我々傭兵団の任務に入っている。総員、最後まで気を抜くなよ。
では、ジャバ殿、出発で宜しいか?」
オスド帝国、ドゴル辺境伯騎士団団長のジャバは一瞬思案を巡らして答える。
「よし、出陣だ」
オスド帝国の森に近い町から、魔王討伐連合部隊は出発した。
「なんだこれは」
魔王討伐隊が着いたとき、開拓村は地獄絵図であった。
住民の男は全て手首と頭を枷で拘束されて凌遅刑によって果てている。
女は死ぬまで凌辱されて死体を晒されている。
屋内からくぐもった女の声。水っぽい肉を打ち付ける音がする。
「国の兵隊だ!兵隊が来たぞ!」
若い男の奴隷がこちらに気づいた。
あまりの惨状に対応が遅れた。
傭兵団『黄金鷲』団長ジェリドは抜剣しながら村を見渡す。
「どうやら武装の無い奴隷だけだな。順次処理に取り掛かれ。虜囚は解放だけして後続に任せる。具合が悪そうなら介錯してやれ。よし行け!」
黄金鷲の傭兵団が弾かれた様に駆け出す。続いて各国の先遣隊に選ばれた戦闘員が村に広がっていく。
「ぐあー!」
「なんでゴーレムは動かないんだ!」
「兵隊には勝てねぇ!逃げるぞ!」
物の数十分で村の奴隷は一掃された。
「う、あぁ、…」
屋内の生存者は比較的大事に扱われた女達だった。
ここ数日ずっと犯され続けて精神は壊されてしまっている。
「ちっ、話の聞けそうな何人かを残して後は楽にしてやれ。手間賃を貰ってもいいぞ。確か好きな奴居ただろ」
「団長、流石に奴隷にこんなに使われちゃその気もおきないっすよ。まぁでもこうやって」
「ぎゃああーー!」
顔が半分爛れた大男の傭兵が女の股に、比喩ではなく剣を突き入れた。
「うーん良い声だ。もっと聞かせておくれ」
「うるさいぞ、俺から離れてやれ」
「すいやせん。でも団長も嫌いじゃないでしょ」
「今回は俺たちだけじゃないからな」
森の外に逃げた奴隷は後続の部隊に処理されるだろう。
森の奥に散り散りになった奴隷を追いかけるのは無理だな。
村の随所に木や葉でできた小さいゴーレムが立っている。
こちらを見ているが動かない。不気味な人形だ。
だが、やはり命令が無い状態の様だな。
「後続が来るまでに村の中央に大きな穴を掘るぞ!」
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討伐隊が出発して半日ほど経った頃。
「神託が下りました。
滅びが妖精の森からオスド帝国の帝都ベルノームに進行する。と告げられました。
預言者を挟まない神具に現れた確度の高い神託です。
補助具に拠る補足も出てます。
原因には『不動』と『不変』。時期は『現刻』と『完遂』。対処には『逃走』と『逃走』となっています。ご報告でした」
「お疲れ様」
討滅しきれなかったか。
司祭エリアスは考える。
私の誘導した聖祈祷現法の『殉教なる天槌』の威力は十分だった。あれで妖精一匹討ち漏らしたのなら、それは運命と受け入れるしかない。
『殉教なる天槌』は非常に大掛かりな儀式にて成就する儀式魔法だ。
発動に際して、祖国サガルの大聖堂にて多くの神職が儀式を行う。
加えて神への礼拝と捧げものが必要だ。
特に、敬虔な信徒にして将来が長い乙女が、世の不条理を憂い神に縋り、遺される信徒への神からの救いを願って天に命を捧げるというプロセスが欠かせない。
脳裏に候補の少女たちが浮かぶ。そのうちの誰かは既にこの世に居ないのだ。
とても痛かっただろう。
魔王『イラ』の目的はなんだろうか。
帝都を目指すという事は人類を打倒する事を目指しているんだろう。
私がサガル正教国に戻ることはできない。どうやってか帝都を目指すというなら、私が魔法を放った起点であることも察知しているかもしれない。
サガル正教国に厄災を引き連れる訳にはいかない。
ここで魔王を迎え撃つ。
天国であの子達が待ってる。
早く私も逝ってあげなければ。