親友と従兄弟
入学してから何事もなく数ヶ月が経とうとしていた
若干、婚約者なのに接触がまるでないことを噂する生徒もいたが、ひとまず好感度をこれ以上下げないという目標は達成できていた
学年が違うことも幸いしているようで、登下校や昼食時間だけ気をつければ案外会わないものであった
「今までどうにかやってこれているけれど、入学を機に好感度アップするぞ作戦はどうするの?これじゃ、何も進まないけど…少しづつでも慣れていったらそのうち挨拶程度なら買わせると思うのよね」
なんとも低いレベル感であるが、実際いまのシルビアは挨拶すら交わせない
「え、慣れるということは接触するということ!?む、無茶よ!!!」
取り乱すシルビアだが、カレンは冷静だ
「そもそも私、考えたの。シルビアは男性に対して免疫がなさすぎるって」
そう、シルビアは親族と使用人などの最低限の男性としか接触してこなかった
貴族令嬢としてパーティー等には参加していたわけだが、シルビアには確固たる信念があったのだ
「ルーク様以外の男性とお話しするなんて、それは浮気だわ!」
拗らせ女子はそもそもの愛が重すぎるのだ
「男性と会話するぐらい浮気じゃないし、他の男と仲良くなったら婚約者殿とももう少し円滑な関係が築けるんじゃない?従姉妹殿」
学園の庭園の、周りから見えにくい場所を選んで話していた2人の頭上からそんな声が聞こえた
ギョッとして2人は上を向く
「フリッツ…?」
「そうだよ、シルビア。久しぶりだね!」
にっこり微笑みながら2人を見下ろす長身の男性はシルビアの従兄弟だった
「カレン、紹介するわ。この人は私の従兄弟のフリッツ・ガルム伯爵令息よ」
苦虫を噛み潰したような顔をするシルビアは到底親族の男性を友人に紹介する態度ではない
「カレンちゃん、よろしくね!気軽にフリッツって呼んでよ」
シルビアのそんな態度を気にもせず、明るくカレンに話しかける彼とシルビアの対比はどう考えても普通じゃないな、と思いつつ、長い付き合いのカレンとシルビアのはずが知らない親族が現れたことに若干の疑問をカレンは抱いた
そんな気持ちが顔に現れていたのか、フリッツがそうだ、と口を開いた
「カレンちゃんは確か、シルビアの昔からのお友達だったよね。今まで全然会えなくて申し訳ないな…シルビアは昔から僕のことを避けててなかなかそばに寄れなかったんだ」
あっけらかんというフリッツだが、従兄弟を避けるとは相当なのでは…
カレンはこの人好きのする男が若干信用ならなかった
まだ令嬢とは思えぬ顔をするシルビアだったが、溜め息をつきながら説明を始めた
「フリッツは私の従兄弟…っていうのは言ったけれど、すごく性格が悪いの。最悪なことにルーク様と初めて会った日の様子を見られていてそれをずっと揶揄ってくるし、ちっちゃい頃から私のものを取ったり…男性と話すと浮気になるって言ったのは本心だけど、フリッツのことがあってから男性は意地悪してくると思ってしまって…」
フリッツを睨みつけながら語るシルビアは、まだまだやられた嫌がらせがあることを物語っていた
そしてカレンは思った
シルビアの拗らせって遺伝だったのね、と
フリッツが気づいているかはわからないが、それは完全に好きな子に意地悪しちゃう男子の思考回路である
この一族の謎遺伝について呆れ返っていたカレンを尻目に、フリッツはニコニコしながら爆弾を投下してきた
「俺で男性への苦手意識克服すればいいよ!婚約者殿への気持ちだって知ってるし、超適任!」
この状況はお前にも責任の一端があるのに、何呑気なことを言ってるんだとシルビアは怒りで打ち震えていた
が
「そうしましょう。全てを知っている協力者の存在はありがたいわ。それにシルビアは見た目はとても可愛らしいし、下手に男子生徒に積極的に話しかけ出したらそれこそ不貞を疑われかねないわ。その点、フリッツ様は従兄弟だし、親族で仲がいいんだな、と思われるだけで済むわ」
「じゃあ決まりだ!シルビア、明日からよろしくね!カレンちゃんも!」
そう言うがいなや、ニッコニコしながら嵐のようにフリッツは去っていった。
「シルビア、大好きな人のためよ。頑張りましょう、私もそばにいるし協力もするわ」
大好きな人のため、と言われるとシルビアは弱い
それにカレンのいう通りだ
フリッツとは嫌な思い出ばかりだけれど、これもルーク様とのラブラブ結婚生活のため、とどうにか自分を奮い立たせるのであった。
「シルビア〜!おはよ!」
昨日、自分は決意を固めた
確かに固めたのだが、フリッツという男はそういう男だと完全に忘れていた
フリッツはシルビアが嫌がることをするのが大好きなのだ
「おはよう、フリッツ…」
げんなりしながら応えると、満面の笑みを浮かべたフリッツがいた
「ダメだよ、シルビア。こう、もっと己の感情を出さないようにして令嬢らしく振る舞わないと!感情が先に出ちゃうことが婚約者殿への対応の問題点じゃない?」
意外と指摘は的をえている
自分のことを揶揄うためだけに接触してきたと思っていたシルビアは少し自分の考えを改めた
「あ、シルビアの肩に毛虫…」
声にならない悲鳴をあげたシルビアに対して、大爆笑のフリッツ
「あはは、また引っかかった!子供の頃からやってるのにまだひっかるなんてお子ちゃまだよなぁ、そんなんだと婚約者殿に相手にもされないぞ〜」
前言撤回
やっぱりこいつは最低最悪の従兄弟である
校門前でワーワーやっているシルビアとフリッツは、本人たちが思っている以上に目立っていた
「ルーク、どうかした?」
「…いや、なんでもない」
ルークとその友人であるナリス
騒いでいる様子を一瞥したあと、何事もなかったように立ち去ろうとする友を見ながら、こいつも素直じゃないな、とナリスは思うのだった
「第一回作戦会議!フリッツ隊員、状況の報告を願います」
「はい!カレン大佐!対象とは本日も接触はなし。シルビア隊員は自分が授業の合間等に話しかけようとすると消えてしまい、進捗はありませんでした!」
いつもの庭園の奥でひっそりと集まった3人
ノリノリのカレンとフリッツ
いつの間にそんなに仲良くなったんだと思いつつ、シルビアはいたたまれない気持ちでいっぱいだった
「シルビア、どうかした?」
その様子に気づいたのはカレン
頬を膨らませ、完全にシルビアは拗ねていた
「だって、校門前であんなに大騒ぎするなんてはしたなかったわ…ルーク様にも見られていたかも…」
「それを気にして俺のこと避けてたのか〜」
そんなことしていたら何も変わらないぞ、と笑顔でフリッツはシルビアを追い詰める
「シルビア、フリッツ様と話すことが目標ではないの。フリッツ様と話せるようになれば、今まで雑談とかもしてこなかった同級生とも話しやすくなるし、そうやって少しづつ社交性を磨いていけば、きっとルーク様ともうまくいくようになるわ」
シルビアがルークにきつく当たったり、ツンとした態度をとっていたことは、同年代の貴族令嬢子息は大概知っている
そのせいか、入学してからも仲良く話したり、放課後にお茶をするような友達を作ることができていなかったのだ
シルビアは男性と接することは苦手だが、女性とも仲がよくできているかと言われると怪しいものがあった
「そうそう〜いっつもカレンちゃんとしかつるんでいないから話しかけにくく見えるんだろうし、俺ってこう見えて顔が広いんだ。俺と仲良くして、その流れで俺の友達とも話したりして少しづつ雑談とかできるようになればいいと思うよ」
「きっとシルビアがルーク様とうまく話せないのは緊張も大いにあると思うけれど、それと同じぐらい何を話していいかわからないことにあると思うの」
だから、少しづつ頑張ろう
そうやってカレンやフリッツに言われ、今までの自分はルークのことばかりで、周りの人とうまくやれていなかったこと、それが回り回ってルークとの関係性にも影響していたことにやっと気づいた
思い返せば、自分は幼い頃から人見知りだった
従兄弟のフリッツとですらうまく話せず、逃げ周り、そんなシルビアにあれこれ構おうとしていた(シルビアからすれば嫌がらせであるが)状況があった
ようやく解決の糸口が見つけたられたことを嬉しく思うと共に、頑張ろうと意気込みを新たにするのだった