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「エル! こっちこっち」
辺境伯邸と屯所を取り囲む森の中。簡易に設置されたテントの中からレフ隊長が私を呼んだ。
今日は任務だ。あまり詳細な説明は受けていないが、「とにかくおいで」とレフ様に言われてここへ来た。
「お待たせしました!」
「うん。みんな待ってるよ」
「遅かったですか? すみません」
テントの中に入ると、そこにはレフ隊長とアロイス様の他に知らない人たちがたくさんいた。
「なかなか紹介できなくてすまなかったね、みんな忙しいものだから集まらなくて。こいつらが僕の直属部隊、第一小隊のメンバーだよ。みんな、こいつがエル。うちの部隊の新人」
レフ隊長がそう言って私を皆さんに紹介してくれる。
「エルです。精一杯頑張ります。よろしくお願いします」
私は深く頭を下げた。
「へー、珍しく素直そうな子だな。うちは癖の強いのが多くて」
「ソレ自分のこと言ってんのかぁ?」
「ちっちゃいなー、役に立つのかね」
思い思いの反応が返って来たが、誰も私に敵意を向ける様子はない。あの時レフ隊長の後ろから私を「嘘つきだ!」と言った人はこの部隊の所属ではないみたいだった。良かった。
「今回の任務を説明しよう。うちの見張りが森の中で敵軍の斥候を捕縛した。だから念のため森全体を索敵。ついでに敵の狙いを探る」
「えー、それってうちがやるような任務なんですか?」
「索敵なんか他の隊にやらせとけよー」
ブーイングの声が上がる。きっとこの隊の人たちにはレフ隊長直属というプライドがあるのだろう。
「静粛に。殿下のお話の途中です」
アロイス様がきっぱりと言った。
「任務に重いも軽いも無いよ。前回の戦いで二つの分隊を失ったからね、少数精鋭でやってるうちには大きな打撃だ。だから他の隊は新人教育と訓練で忙しい。手が空いてるのは前回ダメージを負わなかったうちだけ」
「他の奴らがだらしねーんだよ」
「これ以上ガタガタ言うなら、お望み通り一人で重ーい辛ーい任務に就かせてやってもいいけど?」
「いえ、なんでもないデス」
軽口を叩き合いながら、隊には活気ある雰囲気が満ちている。きっとこのくらいの言い合いは日常茶飯事なのだろうことがうかがえた。
「ついでに新人を組み込んでの連携の試運転もするよ」
レフ隊長が私の頭をぱかぱか叩いた。
「こいつは魔術剣士。殲滅力に秀でるけど、訓練が足りてないから味方を巻き込まないよう動くのはまだ無理。僕の護衛に置いて個人で動かせる」
「新人が隊長の護衛? 大丈夫なのかよ」
隊員の一人が言った。
「エルは中隊を一人で全滅させた実力の持ち主だよ。戦力で言えば申し分ない」
「だとしてもよ……」
「もちろん、エルだけの仕事じゃない。何かあったらすぐに他のメンバーがフォローに入る。お前たちが気を抜かなければ良いだけの話さ」
隊長の言葉で、一応みんな納得したらしかった。
「じゃ、作戦開始。全員持ち場につけ」
メンバーが声を揃えて隊長の号令に応える。そしてそれぞれテントから出て行った。
「エル。お前は僕とここで待機」
「はい!」
隊長は第一小隊のリーダーであると同時に全体の指揮官でもあるので、基本的に自陣から動かないらしい。連絡用の魔術礼装を使ってメンバー全員と常に連絡を取り、情報をまとめ、戦況を把握する。私はしばらくその助手を務めた。
いっぺんに様々な報告が来るのに、隊長はその全てを聞き分けている。すごい。
「シリルたちが野営の跡を見つけた。東門の方らしい。場所はここ」
「はい」
隊長が連絡を受けた情報をひたすらメモする。
『足跡? 追跡しろ』
「メーベルさんが足跡を発見……メモメモ」
「複数人の足跡を見つけたらしい。地点はここ。比較的新しい」
「地点はここ……」
「お前、字が綺麗だね」
「えっ!?」
この国の識字率は低い。きちんとした教育を受けて文字を読み書き出来るのは基本的に貴族だけだ。
「……あの、えっと……」
「何を慌ててるのか知らないけど、別に詮索する気はないよ」
「えっ」
「素性の怪しい奴なんかうちにはいくらでもいるんだ。僕が見るのはそいつが使えるか、使えないか。僕の役に立つならそれでいいんだよ」
レフ隊長の声は優しかった。
「読み書きができるなら任せられる仕事も増える。うちは書類仕事のできる奴が少なくてね」
「なんでも任せてください! 僕、やります!」
私は、レフ隊長のために頑張ろうという気持ちを更に強くした。
その時、連絡用の魔術礼装に反応があった。
『ベーガス? 何、接敵した? 分かった、援軍を使わせる』
「敵ですか?」
「うん。場所はここ」
レフ隊長はとんとんと指で地図を叩いて示す。その間もご自分は魔術礼装で仲間と連絡を取り、手では何かしら紙に書きつけている。
『アロイス、聞こえる? ベーガスが接敵した。場所はA5地点。援護を。ゲラ、アロイスたちをベーガスの援護に向かわせたからカバーよろしく』
すごい……。
隊員たちの担当区域と動き、現在位置を全て把握していないとこんな風にスムーズな指示は出せない。レフ隊長には戦場の全てが見えているかのようだ。
『シリル、どうした? ……足跡の方向が一体……』
その時、なんとなく風の動きを感じた気がした。
特に何か考えた訳ではなかったけれど、私はとっさに剣を取り隊長の前に立った。
結果的に言えば、その判断は正しかった。直後に爆発が起こったのだ。
私は大剣を盾にしてなんとか凌ぐ。剣を取っていなかったら即死だったかもしれない。
「レフ隊長!」
「こっちは無事! 魔術による狙撃を受けてる! 警戒しろ!」
「はいっ!」
『C区域にいる全員に連絡! 本陣が狙われてる、狙撃手を探せ!』
レフ隊長がすぐさま伝達を行う。C区域はここから少し離れた場所だ。今すぐ持ち場を放棄してこっちへ向かったとしても10分はかかるだろう。
「やったか!?」
「まだ生き残りがいる! 仕留めるぞ!」
ガシャガシャと甲冑がこすれる音。破れたテントの隙間から敵の影が見える。狙撃で先手を取り、こちらが混乱した所を叩く狙いだろう。
「レフ隊長、僕の後ろにいてください……」
私は自分の血でぬるつく手を服でぬぐい、剣を握り直した。
護衛を任されたんだ。絶対にしくじれない。隊長の信頼に応えなければいけない。
敵の動きを待たずに私は駆け出した。まず一人。魔術で重量を操作した剣は甲冑ごと紙のように敵兵を切り裂く。
悲鳴。
「まだ子供だ! 抑えろ!」
「ぎゃあああっ! なんだコイツ!」
剣を振るうたびに面白いように敵が崩れ落ちていく。どこをどう狙えばいいか、不思議と手に取る様に分かった。
「エル、右だ!」
考えず、レフ隊長の命令のままに剣を右に振った。爆発。例の狙撃だ。
「狙撃手はまだ見つからないのか……!」
再び狙撃。ガードに使った剣をそのまま振り抜き、敵兵を狩る。
「あいつが指揮官だ! 殺せ!」
敵兵が叫ぶ。狙撃を警戒しながら戦っていたら、いつの間にかレフ隊長との距離が開いていた。
敵兵の一人が剣を振りかぶってレフ隊長に向かう。まずい。
私は隊長のもとに走った。
「レフ隊長!」
敵を剣ごと切る……だめ、間に合わない。
私はタックルするようにして体を敵と隊長の間に滑り込ませた。
「う、あああぁっ!」
痛い。肩が熱い。斬られた。血が吹き出す。
敵の顎を蹴り上げ、あらわになった首を斬り落とした。
「隊長……!」
「エル、腕を」
「斬られたのは左です……大丈夫です……!」
私は右利きだ。剣を握るのに問題はない。
大丈夫、援軍がすぐに来る。それまで隊長を守り切る。
どうせあの時、第五分隊のみんなのために捨てた命だ。今更惜しくはない。
今はただ、私を認めてくれたこの人に応える。
少しでも多く殺す。少しでも多く道連れにする。その気持ちだけで私は動き続ける。
「隊長! ご無事ですか!」
第一小隊の人たちの到着を知った時、気が抜けてしまったのか、私の意識はふっと途切れた。
◆
「信じて任せては見たけど、見込み違いだったね、エル」
「隊長……?」
「やっぱりお前クビ。使えないから」
「待ってください隊長、僕まだやれます! お願いします!」
「僕、使えない奴って嫌いなんだ」
◆
「待ってください、レフ隊長……っ!」
「はい、レフ隊長だよ」
「はい……あれ?」
またもや私はベッドの上にいた。
「傷の具合はどう?」
「あ、平気で……いたっ」
「無理するなよ、そこそこ深い傷だったからね。治癒魔術をかけてもらったから、治ったらまた動くと思うけど」
「ありがとうございます」
見回すと、ここはいつかと同じ屯所の治療室だった。
「あの、僕どうして……」
「覚えてない? 僕を庇って怪我をして気絶したんだ」
「そうだ、隊長は大丈夫でしたか!?」
ベッドの横に座る隊長の体に触れる。どこも怪我をしている様子はない。
「あはは、くすぐったいよ。僕は平気。お前が身を挺して庇ってくれたからね」
「本当ですか? 良かった……」
隊長は見舞い用の椅子に足を組んで座り、小さなナイフで果物を切っていた。器用に果物の皮に細工をしている。
「はい、うさぎ」
「うさぎ……?」
「知らない? この皮の部分がうさぎの耳みたいに見えるだろ」
「本当です……! すごい!」
「こんなので喜ぶなんて、お前ってガキみたいだね」
そう言われて少し恥ずかしくなった。でもうさぎで喜ぶのがガキなら、そのうさぎを作って遊んでいるレフ隊長は何なのだろう。
「来たね」
一体何が、と思ったら、少しして治療室の扉が開いた。
「おーい新人!」
「起きてるじゃん! 具合は大丈夫?」
すると、わいわいと治療室に第一部隊の皆さんが入って来た。
「自分を犠牲にして隊長を守るなんて、根性据わってるじゃん!」
「見直したぜ!」
わしわしと頭を撫でられる。
「俺たちがいない間、よく隊長を守り切ったな」
「はい……」
そうだ、やっと思い出して来た。森の中で敵に狙われて、狙撃を受けて……。
「でも、隊長を危険に晒してしまいました。僕が狙撃に気を取られて、少し離れてしまって、それで隊長が狙われて……」
私がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったかもしれない。護衛についていたのが他の人だったらこんな失敗はしなかっただろう。
「本当にごめんなさい。せっかく第一小隊に入れていただいたのに。あの、僕、クビですか……?」
「はぁ?」
隊長が呆れ顔で私の頭を小突いた。
「こんなことでいちいちクビにしてたらすぐに全員いなくなっちゃうよ」
「でも」
「そうだぞ。確かにミスはあったが、お前は必死でそれを取り返そうと頑張っただろ。大事なのはガッツだ!」
「そうそう。結果的に隊長も無事だったんだし、問題ないでしょ」
「俺たちも遅くなってごめんな」
第一部隊の人たちは口々に優しい言葉をかけてくれた。
「経験不足はこれから補っていけばいい。大丈夫、これから嫌ってほど僕にしごかれるんだからね」
「じゃあ僕、これからもここで頑張っていいんですか」
「そりゃそうさ。はい、もっと食べな。よく休んでさっさと回復するのが次の任務だよ」
「はい!」
口にうさぎに切った果物を突っ込まれる。少し苦しかったけど、隊長が食べさせてくれたので私は頑張って咀嚼した。
「それにしてもすごいなお前! あの数と狙撃手相手に一人で隊長を守り切っちゃうんだからなー」
「がんばりました……!」
「ていうか剣でどうやって狙撃を防ぐの? 無理じゃない? 俺は無理」
「一撃目は勘です。あとは隊長が指示してくれました」
第一小隊のみなさんとの距離がなんだか縮まった気がする。
気のせいじゃなかったら良いな。




