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 なんだろう、硬い……。


 私のベッドはこんなにゴワゴワだっただろうか?

 辺境伯が用意してくださった私の部屋は公爵家の私の部屋よりもずっと豪華で、ベッドはまるで雲の上かと思うほどふわふわだった。


「それで、お前は許可も取らずに新兵を戦場に連れてったってわけ?」

「その、ここのところ西はほとんど敵が来なかったので……油断していました……」

「ふぅん」


 誰かがそばで会話しているようだ。一人は今日で聞き慣れた優しい声、グラン。もう一人は多分レフ殿下……。


「違います!」


 私はベッドから跳ね起きた。


「あの、グランは僕の面倒を見てくれただけで。急に敵襲が来て、僕がおろおろしてたから、一緒に連れていってくれただけで……」

「起きたの、おはよう」

「あ、はい、おはようございます」


 慌てる私に対して、レフ殿下はにっこり笑って穏やかに寝起きの挨拶をした。


「あのね、誰のせいとか関係ないの。お前は見習いで、こいつは正規の兵士。だから責任はこいつにあるの。軍ってそういうところだから。お前も兵士志望なら覚えておきな」

「あう……」


 レフ殿下がグランに言い渡したのは1ヶ月の減給だった。


「ごめん、グラン……」

「良いって。生きて帰れただけ儲けもんだ」

「そうだ、怪我は? みんなは!?」

「大丈夫だ。お前のおかげでみんな無事だよ」


 怪我は酷いものの、処置が間に合ったので全員命に別状はないという。


「良かった……!」


 安心したらなんだか力が抜けてしまった。

 改めて周りを見る。ここは治療室のようで、広く天井の高い部屋の中にベッドがずらりと列になって並べられている。そのうちの一つに私が寝かされ、隣ではグランが休んでいる。

 私たちのベッドの周りにレフ殿下とその側近であるアロイス様、そしてその部下と思われる兵士たちがいた。

 おそらく、西の門で起こった出来事を調べて確認しているのだろう。


「君、エルって言ったっけ。グランからは見習いの兵士だって聞いてるけど、そうなの?」

「あ、えっと、あの……」


 レフ殿下に聞かれて口籠ってしまう。

 グランを誤魔化すのとは訳が違う。調べられたら簡単に分かってしまうだろう。


 というか、アロイス様が殿下の背後からこっちを見ている。まずい、彼はガブリエラと面識がある。

 私は少しでも顔を隠そうと下を向いて前髪をいじった。些細な抵抗でもしないよりマシ……かもしれない。


「中隊を一人で全滅させたらしいね」

「あの時は、とにかく夢中で……」

「魔術剣士なんだって? 剣術を初めてどのくらい?」

「あの、昔少しだけ教わったことがあります。実戦は今日が初めてです」

「へぇ、はじめて」


 殿下は目を細めて私を見る。私の嘘など全てお見通しなのだろうか……。冷や汗が背中を流れる。

 見ると、周囲の誰もが品定めするような目で私を見ていた。


 何故、私はこんな目で見られるの?

 そんなにも悪いことをした?


 謝ってしまえば、この場から逃れられるのだろうか。


 私が剣を触るといつもこうだ。人に迷惑をかけ、ものすごく怒られる。令嬢として生まれた私が好きに生きたいと思うことが間違いなのかもしれない。


「あの……ごめんなさい」

「ん? 何が?」

「勝手なことをして、迷惑をかけて……兵士じゃないのに戦場について行ってしまったことも、人の剣を勝手に使ったことも……謝ります。申し訳ありませんでした……」


 私はベッドに座り直し、深く頭を下げた。


「何か勘違いしてない?」

「え?」

「お前はよくやったよ。あの場でできる最大限のことをしたんだ。お前のおかげで西門からの侵入は防げたし、第五分隊の奴らの命も助かった。良いことずくめだ。何を謝ることがあるの?」

「でも」

「僕は使える駒を眠らせておく気はない。僕の直属部隊においでよ。その腕、僕のために奮ってみない?」

「えぇっ!?」


 殿下が人懐っこい笑みを浮かべて、驚くようなことをおっしゃった。

 私が殿下の直属の部下に? よくわからないけど、昇進ってことだよね、多分。

 私のことを褒めてくれたってこと? 私の目を見て、「よくやった」って……。


「隊長! 考え直してください。こんなチビ一人で中隊を全滅なんて、どう考えてもおかしいです! 嘘をついてるかもしれない!」


 集団の中から、髭を生やした男の人が進み出て叫んだ。その目は敵意に燃えて私を睨みつけている。


「嘘なもんかよ! 俺は確かに見た。第五分隊の奴らも見てるはずだ。あいつらが起きたら聞いてみろ!」


 グランが言い返してくれるけど、髭の男性は納得する様子は無かった。


「エル。お前は一人で敵軍に突っ込んでいったって聞いたよ。どうしてそんなことをしたの? 怖くは無かった?」

「え?」


 殿下の質問は今の話の流れに関係ないように思ったけれど、答えないわけには行かない。私は素直に答えた。


「怖くは……なかったです。なんとなくですけど、勝てる気がしていました」


 殿下はそれを聞くと満足そうに頷いた。私の答えは殿下にとって愉快なものだったらしい。


「ジェフリー、お前いつからそんなつまらないことを言うようになったの?」

「な……」

「僕が戦場で指揮を取るようになってすぐの頃は、お前みたいな奴がいくらでもいたよ。こんなガキの言うことが信用出来るかってね。だから僕は実力でそいつらを黙らせて来た」


 殿下が私の肩を抱いて自分の方に引き寄せる。


「エル、お前もそうやって自分の居場所を作っていくんだ。これからは僕のもとでその力を使ってくれるね?」

「殿下……」

「お前の力が必要だ。僕に手を貸してくれ」


 鼻がつんとして、視界がぼやける。自分が泣いていることに気づいた。

 こんな風に私のことを認めてくれる人は今までいなかった。


 私のやりたいことはいつだって駄目なことで、「そんなのは令嬢に必要ない」と叔父は言ったし、クリスティアン殿下は「女が走り回るなんてみっともない」と言った。だから、私が間違っているんだ、他のご令嬢と同じようにしないと駄目なんだ、そう思って来た。


 こんな風に真っ直ぐに、私を認めてくれた人はレフ殿下が初めてだった。


「頑張ります! 全身全霊でレフ殿下のお役に立ってみせます!」

「うん、期待してるよ」


 殿下はぽんぽんと私の頭を撫でると、部下を連れて去っていった。

 ジェフリーと呼ばれた人だけは恨みがましい視線を私に向けていたけど、とにかく今は矛を収めてくれたらしい。殿下のおかげだ。


 それに、アロイス様も私を見て反応する様子がなかった。多分私の男装は私が思っている以上に完璧なのだ! 全く気が付かなかったに違いない。


「びっくりしたなぁ。お前が隊長の直属部隊に入隊なんて」

「レフ殿下、ううんレフ隊長、かっこよかったね……!」

「すっかりファンになってるな……」



 グランたちと違って私は無傷なので、いつまでもベッドを占領しているのは申し訳ない。元気になった私は早々に治療室を出た。新兵の宿舎に戻ると言う名目で。

 そして夜が深まる前になんとか辺境伯邸の自分の部屋に戻ることができた。


「ガブリエラ様、お夕食のお支度ができております。先程もお声をおかけしたのですが、お返事がありませんでしたので……」

「うとうとしていました。手間をかけてごめんなさい」

「そのようなこと、おっしゃる必要はございません」


 辺境伯邸の使用人はみんな洗練されていて私にも優しい。騙すのは少し心が痛んだ。


「私が眠っている時は無理に起こさないでください。食事も、声をかけて返事がなければそちらで片付けていただいて構いません」

「そうですか? お食事を抜かれるのはお体に悪いですよ」


 怪しまれていた気がするが、その他にも色々と言い訳をして使用人に納得してもらうことができた。他の使用人にも伝えてもらうようお願いする。

 これで出かけている間は大丈夫だろう。夜だけ寝に戻って来て、朝食を食べて出かける。うまく行きそうな気がして来た。


「今日は楽しかったなあ。殿下も、想像していたよりずっとずっと素敵な人だった……」


 “気狂い王子”なんて恐ろしいあだ名だからどんな狂人かと思っていたけれど、理性的で話しやすい方だった。演説の時に返り血に濡れていたのは驚いたけど……敵に対して残酷になれるというのも軍人の資質だろう。多分。


 私より2歳も年下だというのにあのカリスマは何だろう。クリスティアン殿下にも無いものを持った人だ。


 窓の外では月がこうこうと輝いている。私は幸せな気持ちで眠りについた。



 今更だけど、私ってレフ隊長の部隊に入れるのかしら……?


 一晩寝て冷静になった私は、本当に今更なことに気がついた。

 私は実際はあの軍隊に所属していない。多分隊員名簿とか、籍の管理くらいはあるだろう。調べられたらエルなんて見習いがいないことはすぐ分かってしまう。


 レフ隊長に褒められたのが嬉しくて、全く気がついていなかった……。

 私は朝から真っ青になった。


「ガブリエラ様、お時間よろしいでしょうか」

「はっ、はい!」


 部屋に人が訪ねて来たのは、着替えて今日も屯所の方に行こうと考えて、それから大きな見落としに気がついて青くなっていたちょうどその時だった。


 朝食のためにドレスを着ていて本当に良かった。

 来客はレフ隊長の側近、アロイス様だった。


「おはようございます、ガブリエラ様」

「おはようございます、アロイス様」


 アロイス様は朝日を浴びてキラキラと輝いていて、早朝でも一分の隙もない完璧な騎士だ。

 顔には柔らかな微笑みを浮かべていて、私を怪しむ様子はない。


 やっぱり、エルが私だと気づいていない……!


「どうされたんですか? こんな朝早く……」

「いえ、ガブリエラ様がよくお眠りになれたかが心配だったので」

「はい? 昨日はよく眠りましたが」

「そうでしたか、それは良かった。昨日は初陣で大変でしたでしょうから心配していたのです」

「はい、ういじ……初陣?」


 顔からだらだらと汗が流れ出した。


「驚きました。まさか第二王子夫人が剣を振り回して戦闘に参加しているとは」

「あの……」

「ご説明、いただけますね?」


 私は、優しげな微笑みを崩さないアロイス様の背後に鬼の形相を見た。

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