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 パーティー当日。


 私たちはレイシーの宿からパーティーに合わせて城へ向かった。

 王家の一員であるレフ様は前日から王城で寝泊まりしたって良いのだけど、レフ様本人がそれを嫌がったからだ。


 今回のパーティー会場は王城一階の大ホールを庭に向けて開放し、ホールと庭を広く使う形となっている。

 城門を潜り、緑豊かな城の庭に踏み込む。まだ寒風の吹くレイブンでは見られない景色だ。


「第二王子殿下とそのご夫人のおなりです」


 侍従がそう高らかに宣言した。会場の目が一斉にこちらへ向くが、レフ様は気にした様子もない。


「会場はうるさくありませんか?」


 レフ様の耳のことは秘密だ。私はこっそりと尋ねた。


「平気。遠くの音まで聞こえるってだけで、近くの音が大きく聞こえる訳じゃないしね。雑音は増えるけど、こういうのは上手くできてるものだから」

「上手く?」

「お前の声に耳を傾けていれば、他はそんなに気にならないって話」


 レフ様がそう言って微笑む。


「じゃあ私、たくさんお喋りしますね」

「いいね」


 そんなことを話しながら会場を歩く。どこか好奇の目を集めているように感じる。


「やっぱり私、変でしょうか?」


 仕立て屋で結局私が選んだのは、濃い深緑のシンプルなボールガウンだった。スカートが大きく広がっている代わりに上半身は体型を強調するようにタイトで、動きやすい。

 ここ数年は膨らんでいてレースをふんだんに使った袖が流行っているから、きっと変に見られるだろう。それに装飾が少なすぎる。繊細な刺繍が全体に入っていて店で見た私は一目で気に入ったのだけど、やはり陛下主催の夜会では少し不適切に思う。


「良いことを教えてあげる」


 不安にかられる私を見てレフ様が笑う。


「余計なことに気を取られるのは、暇な時だよ。一緒に美味しいものが食べたいんだっけ? 行こうか」

「はっ、はい!」


 レフ様に手を強く引かれ、私は周りの方々にご挨拶する暇もなく食事が用意されたテーブルへ向かうことになった。


「美味しい?」

「はい!」


 流石は王家のコックだ。格が違う。並べられた料理がどれもとても美味しい。

 レイブンでも毎日美味しい食事をご馳走になっているけれど、やはり生まれ育った場所の食事というのは格別なものだった。

 王都とレイブンでは気候が違うので、料理も大きく異なるのである。


「うまそうに食うね。それが好きなんだ」

「はい、うさぎ肉は昔から好物なんです。殿下は何がお好きですか?」


 レフ様は少し考えてから言った。


「王都の料理はあまり知らないんだ。城に住んでいた頃は残飯みたいな食事ばかりだったからね。だから僕が好きなのは、レイブンの味の濃いシチューかな」


 私も家では豪華な食事は出なかったけど、それでもパーティーでは贅沢ができた。隊長にはそれすらなかったのだ。


「じゃあ私の好きなものをお教えしても良いですか?」

「うん、知りたいな」


 私はレフ様のお皿に自分の好きな食事を取り分けて行った。


「お飲み物はいかがですか?」


 侍従が声をかけてくる。その手にはグラスの載った盆。

 いただきますと答えて手を伸ばそうとした私をレフ様が遮った。


「お前は酒はダメ。絶対飲まないこと」

「えぇ? 私、そんなに弱くありません」

「この前僕の前で酔い潰れて服を脱ごうとしたり人を一晩ベッドに拘束したりしたのは誰?」

「私です……」


 あまり記憶がないのだけど、その節は大変お恥ずかしいところをお見せしたらしい。


「絶対飲むな、僕のいないところでは特に」

「はい……」


 これまでお酒は特別好きでも無かったけれど、最近隊長と飲むようになってから好きになって来た。だから今日もご一緒できたらと思っていた分残念だ。


「パーティーが終わって、宿に戻ったら少し付き合ってあげるよ。だから今は我慢ね」


 あまりにも私がしょげるからか、隊長はそう言って慰めてくれた。私の機嫌はすぐに直った。


「ガブリエラ」


 私の名前を呼ぶ声があった。


「……第一王子殿下?」


 振り返る。そこにいたのはクリスティアン様だった。相変わらずの男ぶりで礼服を見事に着こなしていて、令嬢たちの視線を集めている。顔には穏やかな笑顔を浮かべていて、私たちの間に過去のわだかまりなどまるでないみたいだ、


「お久しぶりです、第一王子殿下」

「てっきり挨拶に来てくれると思っていたから、いつまで経っても君が見えなくて心配したよ」

「失礼いたしました。素晴らしいお料理に気を取られてしまいまして……」


 今日顔を合わせるだろうことは予想していて、その時私は何を思うのだろうと少し身構えていたのだけれど、私は意外なほど何も感じなかった。

 そういえばこの人はこんな顔をしていたっけという不思議な感慨だけがある。


「そうか、レイブンではこんな見事な食事は出ないだろうからね。存分に味わうといい」

「ありがとうございます」


 他愛無い会話が続く。

 しかし、この人、何故レフ様にご挨拶をなさらないのかしら……?


 たしかに同じく王家に与する方としてもクリスティアン様は兄、レフ様は弟で、長幼の序を考えればクリスティアン様がお気を使われる必要は無いのかもしれない。


 しかしここは国王陛下主催のパーティーだ。王太子であるクリスティアン様はホストの一人であり、レフ様は陛下直々にご招待を受けている。

 お声をかけて来たクリスティアン様からレフ様にお声がけがあるのが普通だろう。


「しかし……苦労しているらしいね。私の思った通り」


 第一王子殿下は私のことを爪先から頭の天辺まで眺めてそう言った。


「君がレイブンでどんな生活を送っているのか、私も元婚約者として心配していたんだ。そうだ、一緒に庭でも見に行かないか。今は初夏の緑が美しい。歩きながら色々聞かせて欲しいんだ」

「レフ様、第一王子殿下がこう仰せですが……」

「いやいや、私が誘っているのはガブリエラ、お前一人だよ」

「はい?」


 思わず妙な声が出てしまった。

 夫と一緒にいる既婚女性を一人だけ連れ出す? そんな非常識をなさるような方だっただろうか。


「何故……?」

「元婚約者のことを心配するのは、そんなにおかしいかい? お前達の結婚を世話したのも私なのだし、上手くいっているかは気になるものだろう?」


 レフ様と顔を見合わせる。


「お前の好きにしたらいいよ」


 レフ様はそう言ってくださった。


 好きに……。

 第一王子殿下とはあまり良い別れ方をしていない。今更話しても楽しいことは何も無いだろう。レフ様は私にこのパーティーで、自分の隣で楽しそうにしていろとご命令された。


 私はエスコート頂いていたレフ様の腕に身を寄せた。


「久しぶりの王都で、緊張していて……レフ様がいてくださらないと不安です」

「それなら私が……」

「それに、そんなに素晴らしいお庭ならレフ様とぜひご一緒したいわ。特別な景色は、特別な方とご一緒してこそ意味のあるものですから」


 私がそう言うと第一王子殿下は流石に歓迎されていないことを感じたらしかった。


「エルがそこまで言うなら僕もご一緒しようかな、兄上?」


 第一王子殿下が分かりやすく難色を示す。


「……と思ったが、人も増えて来たな。まだ挨拶があるので、失礼」


 そう言ってさっさと人混みに消えて行ってしまった。


「何だったのでしょう……? 緊急のお話がおありだったのでしょうか?」


 だったとしても、ここでレフ様から離れて第一王子殿下と二人きりになるなんて、暇な貴族達にゴシップの種を与えるだけだ。


「ある訳ないよ」


 レフ様は吐き捨てるように言った。その雰囲気はピリピリしている。レフ様と彼らの確執は根深い。


「あの……」


 私はレフ様の腕にくっついたまま、体を擦り寄せて甘えてみる。最近気がついたことだけど、私がわがままを言ったり甘えてみたりするとレフ様の雰囲気は柔らかくなる。


「どうしたの?」

「私、レフ様と踊りたいです」

「良いよ。あ、でも流石に陛下にはご挨拶しないといけないから、その後ね」

「はい、楽しみです」


 そう言うとやっとレフ様は笑ってくださった。



 ちょうど人の波が割れたところを見計らって、玉座お座りになっている陛下の所へ向かった。陛下がレフ様に気がつくと、周囲の人間もそれに気づいて場を譲った。


「お久しぶりです、陛下。この度は私と私の部下達のためにこのような会を催してくださり、光栄の至りにございます」


 レフ様が跪いて口上を述べる。私も彼に合わせて深く礼の姿勢を取った。


「楽にせよ。長きに渡る戦い、大義であった」

「もったいないお言葉です」

「……しばらくはお前も平和に過ごせるであろう。どうだ、また王都で暮らしては」

「ぜひそうしたいところではありますが、まだ仕事を残して来ております」

「そうか……結婚生活はどうだ」

「はい。まだ過ごした時間は短いですが、ガブリエラ嬢は大変聡明で、また可愛らしい女性です。陛下と兄上には素晴らしいご縁をいただき、感謝しております」

「そうか……」


 陛下は殿下の後ろに控える私に視線をやり、そしてふっと口元を緩ませる。


「ガブリエラ嬢、レフとはどうだね」

「はい……大変良くして頂いております。レフ様は慣れない私によく気を配ってくださるお優しさと、私を導いてくださる芯の強さをお持ちで、おそばで見ているとまだお若いのにとても良くできた……」


 陛下の御前で緊張して、思ったことをそのまま口にしてしまう。レフ様が肘で私を小突いた。


「……えぇと、とにかく毎日楽しく過ごしております」

「そうか」


 私とレフ様のそんな様子を見て、陛下は笑みを深くした。


「クリスティアンのことで君には苦労をかけたな」

「そんな。全ては私の至らなさが原因でございます」

「レフから、君には類稀なる剣術の才能があると聞いた。それを活かして公国戦でもよく戦ったと」


 レフ様が女性兵士登用の件で陛下とやり取りをしたことは聞いている。私の事情も全てご存知なのだろう。


「君のその才能はおそらくレフと同種のものだろう」

「恐れながら、それはどのような……?」

「王家には時折素晴らしい才覚を持った子供が生まれる。そのことは知っているね。レフもその一人だ」

「はい」

「君の実家ストレイ家には、過去に王家の娘が嫁いだという記録がある。君の曽祖母がそうだ。君にはわずかながら王家の血が流れている」


 特に珍しい話ではない。高位貴族でそういう話はザラにある。しかし叔父はそんなことは教えてくれなかった。


「君のその才能は、神から与えられた特別な祝福だ。その力で、レフを支えてやってくれ」

「はい。この身、この命、全てレフ様に捧げるつもりでおります」


 そう言うと陛下は安心してくださったようだった。


「君のことは……昔からシルヴァンからよく聞いていた」


 シルヴァンというのは死んだ父の名前だ。陛下と父は学友だったと聞いている。


「亡き友の形見である君の幸せを願っているよ」

「ありがとうございます」


 思えば、両親が亡くなってから、こうして真に彼らを想う言葉をいくつ聞いただろう。

 事故の直後、親戚たちはやってくるなり財産についてうるさく主張し合うばかりだった。叔父たちは両親と親しかった方々との付き合いは好まなかったので、疎遠になりお話を伺う機会がなかった。私自身も、目まぐるしく変わる状況についていくのがやっとで、二人を思って泣く時間も無かったように思う。


 私は少しだけ泣きそうになったけれど、我慢した。



 陛下へのご挨拶が終わると、レフ様はお約束通り私をホールの中央へ連れて行ってくださった。

 そこでは楽団が流れるような音楽を奏で、それに合わせて多くの男女がダンスをしている。


「僕より、アロイスの方が踊りやすいと思うけどね」


 レフ様が言っているのはおそらく身長差のことだろう。

 私とレフ様は身長差がほとんどなく、私がヒールを履いている今は横並びと言って良い。

 ダンスはある程度男性の背が高い方が踊りやすいというのは本当だ。


「レフ様はお若いですから、きっとすぐに大きくなられます。今のレフ様と踊っておきたいんです」

「何それ?」

「レフ様のことは全て覚えておきたいのです」

「……言っておくけど、あんまり自信ないよ。知識はあるけどやったことがないんだ」

「じゃあ、私が初めてのお相手ですか?」

「僕と踊りたがる奴なんか他にいないからね」

「光栄です。精一杯努めますね」


 お互いに一礼してダンスが始まる。


 レフ様はおっしゃった通り少し動きがおぼつかない。ステップに難はないのだけど女性のリードがお得意ではないようだった。リードは相手ありきのことなので、経験がないと難しいのだろう。


「お上手です」

「嘘つけよ。自分の力量くらい分かってる」

「嘘だなんて。ダンスはやはりお互いに楽しんでこそです。私、こんなに楽しいのは初めてです」


 レフ様が私の腰に触れる時、ターンの直前に合図し合う時、難しいステップが成功して笑い合う時。

 私の胸は幸せに包まれて、ダンスの最中であることも忘れてレフ様に飛びつきそうになる。今だってそうしてしまいたい。


「この時間がずっと続いて欲しいけど、早く終わって欲しいです……」

「難しいことを言うね。どう言う意味?」

「早く宿に戻って、くっついて眠りたいって意味です」

「簡単に言うね……」


 楽しい時間はどうしてこう光のように過ぎていくのだろう。曲が終わり、ダンスもおしまいだ。


「もう一曲、だめですか?」

「……今日は勘弁して。次までに練習しておくから」


 そういうわけでダンスはお開きになった。

 それからなんだかんだで時間を過ごし、パーティーは終わりに近づく。


 第一王子殿下がおっしゃっていた夏の庭を二人で歩いたり、会場から奥へ入って人のいない城の廊下でレフ様の昔の話を聞いたり、この城で籠城戦をするならどう守るかというお話をしたりしていたら、パーティーなんてあっという間だった。


 もう帰るものだと思っていたら、アロイス様ががっしりとした初老の男性と話し込んでいるところに遭遇した。男性はなんと陛下直属の近衛騎士団団長様だそうで、アロイス様とレフ様共通の知り合いらしかった。


「ごめん、少し話してくるよ。お前も一緒に来る?」

「お邪魔でしょうから、ここでお待ちしています」

「分かった。そんなに長くは待たせない」


 そうして私は一人残された。

 お酒は禁止されているので果実水で唇を湿らせながらレフ様がお戻りになるのを待つ。


「お連れ様をお待ちでしょうか?」

「はい」


 ぽつんと突っ立っている私が気になったのだろう、侍従が声をかけて来た。


「よろしければ座ってお待ちになりませんか? 休憩室へご案内いたします」

「そうですか……?」


 ここで待つよう言われているので要らない気遣いだったが、見れば周囲に人はおらず、参加者はだんだんまばらになりつつあった。

 もしかしたら侍従達はホールの片付けを始めたいのかもしれない。それなら居座り続けることは迷惑になるだろう。


「分かりました。第二王子殿下がガブリエラをお探しでしたら、私のことをお伝えいただけますか」

「かしこまりました。ご案内いたします」


 侍従に連れられ、ホールから離れる。歩くうちに随分人気のないところまで来てしまった。


「随分と遠いのですね?」

「申し訳ございません。こちらです」


 そうしてやっと到着した部屋に通される。


「やぁ、待ってたよ」


 そこには第一王子殿下がいらっしゃった。

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