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 倒れている場合じゃない……。

 隊長の身を守るのが彼から任された私の仕事だ。キツネは撃退したが、他の敵が来ないとも限らない。


 立たなければ……。

 寝ている場合じゃない。毒なんかに負けている場合じゃ――


 がたり、と音がする。


「――敵!?」


 勢いよく体を起こした私の視線と、今丁度ドアを開けて部屋に入って来た隊長の視線がかち合った。


「……えーと、落ち着きなよ。もう戦いは終わったからさ」

「終わった? どうなったのですか? 隊長は……」

「見ての通り無事だよ。幽霊に見えるかい?」

「良かったです……!」


 レフ隊長に続いてアロイス様が部屋に入って来て、扉を閉めた。隊長は適当に椅子を引いてきて座り、アロイス様がその後ろに立つ。


 あれ……?

 そういえば、ここはいつもの治療室じゃない。よく見るとここは、辺境伯邸の私の部屋……。


「!」


 自分の体を確認する。ベッドまで広がる長い金髪。着なれたレースのネグリジェを身にまとっている。つまり、男装をしていない。


 バレた……!


 そうだ、キツネの放った矢によって帽子をなくしてしまったのだった。その時にバレたのだろう。私の馬鹿!


「まず初めに」

「はいっ」


 隊長が切り出す。


「先日のエインセルの戦いでのお前の貢献は素晴らしい物だった。これはその褒賞」

「わっ」


 手渡された皮袋は驚くほど重く、腕が軋むほどだった。


「お前は僕の命令に応えてよく働いてくれた。礼を言うよ」

「そんな……」

「で、もう一つ話がある。分かってると思うけど」


 隊長は感情の籠らない声で淡々と話す。


「うちは女の登用をしていない。にもかかわらず、お前は性別を偽ってうちに潜り込んでいた」

「……はい……」


 全て明らかになってしまったのだろう。これ以上嘘を突き通すことは出来ない。


「お前にはずいぶん働いてもらったし、その実力も素晴らしい。でもそれとこれとは別だ。軍隊ってのは規律で出来ている。どんなならず者でもその規律に縛られるから仲間になれるんだ。取りまとめ役である僕が知ってしまった以上、お前を見過ごしておくことはできない」

「…………」

「お前の処遇については追って話す。ま、今は療養に専念しなさい。本当に死ぬ所だったんだからね。僕が衛生兵のところに連れていくのがあと1秒でも遅かったら、毒が回りきっていたんだから」


 そう言うと、隊長は私の返事も待たずに部屋を出て行った。私とアロイス様だけが残される。

 すると、アロイス様が耐えきれないというように口を開いた。


「あの、ガブリエラ様、どうか誤解なさらないでください。レフ殿下は今一分一秒も惜しむお忙しさなのです。戦後処理に追われながらも時間を見つけては戦果を挙げた者たち、怪我をしてしばらく働けない者たち、その全ての家々を回って褒賞と補填についてお話されているのです。ですので今のは、けして他意があった訳では……!」


 その必死な様子に、失礼ではあるが少し笑ってしまった。


「アロイス様、私は大丈夫です。隊員たちのために身を粉にして働く隊長……いえ、レフ殿下に感謝こそすれ、誤解など。こうしてお顔を見せて直接ご説明頂いたことが殿下のお心遣いだと理解しております」


 全て私が悪いのだ。嘘の上に成り立つ楼閣を自分の功績だと勘違いしていた。そのツケを今から支払うに過ぎない。


「アロイス様にも大変ご迷惑をおかけしました。私などのことを真剣に案じてくださったことも、けして忘れません」


 私を庇っていたせいでアロイス様まで罰を受けるようなことがないだろうか。それだけが気がかりだ。


 私とアロイス様の間に沈黙が流れる。

 殿下は退室なさったけど、アロイス様は行かなくていいのだろうか……。きっと彼も負けず劣らずお忙しいだろうに。


 そんなことを考えているのがバレたのか、アロイス様が苦笑する。


「私がここに残ったのは、エインセルでの戦いの結末についてガブリエラ様も知りだろうと思ったからです」

「お聞かせいただけるのですか?」

「えぇ」


 アロイス様はさっきまでレフ殿下が座っていた椅子に腰掛け、一つ息を吐いた。



 隊長の遠隔狙撃が始まった頃、通信を取り戻した王国軍はエインセル各地で統率を取り戻し、再び隊として機能しつつあった。


 隊長の高火力狙撃を皮切りに街中に潜伏していた公国軍を次々と討伐しながら進み、隊長の命令通りに教会堂へと集結した。


「私は存じ上げてはいましたが、改めてレフ殿下の遠隔狙撃は恐ろしいものでした。エインセル北西部に居ながらにして街全域を掌握し、敵軍を狙い撃ち、公国兵を焼き尽くすと同時に消沈していた部下たちの心にも火をつけたのです」


 聞けばその頃が丁度私とキツネが交戦し、私が倒れた時でもあったという。

 隊長は狙撃を切り上げ、全部隊に総力を上げて教会堂を奪取するよう指示。教会堂付近に潜伏して敵の動向を抑えていたアロイス様がリーダーとなり襲撃をかけた。


 教会堂内部には公国が回収した妨害魔術師達が控えており、建物内でアロイス様達は再び分断されることとなったという。


「しかしそれはレフ殿下の読み通りです。殿下はそれを見越して我々に命令を下していらっしゃいました」

「それはどのような?」


 レフ殿下は教会堂侵入前に全隊員にこう言った。


『教会堂内部では妨害魔術師たちが控えている可能性がある。よってこれ以降通信は行わない。僕がお前らに授ける作戦は一つ、皆殺しだ』


 作戦も何もないそんな激励を受けて、王国兵たちはその実力を遺憾なく発揮して教会堂に引きこもっていた敵指揮官を引き摺り出したそうだ。


 そしてその間に殿下は毒に倒れた私を自ら担いで衛生兵のいる所まで走ってくれたそうだった。


「大変なご迷惑をおかけしてしまいました……」

「何をおっしゃるのです。ガブリエラ様こそ、キツネと一対一で戦いレフ殿下をお守りになったと聞きました。素晴らしいご活躍です」

「左腕を落としただけです。直後に私は倒れてしまいましたから、彼が撤退を選ばなければ死んでいました」

「いえ、腕を落とされるのは撤退して然るべき大事だと思いますが……」

「私に実力が足りなかったせいです。次は仕留めます」

「ガブリエラ様?」


 最後までキツネのあの笑みは崩せなかった。彼は次の機会に報復すると言ったが、その時には苦悶の表情を浮かべさせたいものだ。


「それにしても殿下は、遠隔狙撃とあの聴力についてあなたにお話になったのですね」

「はい、作戦のためにご説明いただきました」


 アロイス様はなんだか嬉しそうな表情している。


「殿下が狙撃手としてご活躍なさっていたのはレプラホーンにいた頃のことです。公国軍は殿下のお力を知らなかった。いつか来る対公国戦での切り札になると考えた殿下は、このレイブンに来てからけしてそのお力をお使いにならずにひた隠しにしてきたのです」


 レプラホーンというのは王国の南東、ペントマン領の近くに位置する港町のことだ。レフ殿下はレイブンに来る前はそこにいたと聞いたことがある。


「それを殿下自ら明かされたということが私は嬉しいのです」

「エインセルの戦いを決戦と考えたから、必要に駆られてお話しになったのでは?」

「狙撃についてはそうでしょう。しかし耳については、あの方はまだそこまで割り切ることはできません。近頃はうまく隠すようになりましたが、元来感情的な方ですからな」

「あぁ……」


 エインセルにいた時、隊長と話したことを思い出した。長い時間を共有してきた2人の言葉になんだか微笑ましい気分になる。


「あなたが信用ならない人物であれば、必要であってもレフ殿下は明かさなかったと思います。理由をつけて別行動を取るなりして、作戦を成立させたでしょう」

「信用……」

「殿下は……生い立ちとあの優れた能力のために、他者にお心を開くことが難しいのです」

「どういう意味でしょうか?」

「殿下は生まれつきその優れた聴力をお持ちでした。きっと今頃殿下は辺境伯邸を出て屯所に到着される頃かと思いますが、この距離でも私たちの会話が聞こえている可能性もあります」

「本当に……凄まじい能力ですね」


 彼は狙撃の際に敵と味方を聞き分けるほどの精密な聴力を持つ。確かに、筒抜けでもおかしくなかった。


「殿下は軍属なさる前は王宮にお暮らしでした。もともと王都にいらしたガブリエラ様はよくご存知でしょうが、貴族というのは面従腹背が当たり前の世界です。表の華美な世界と、裏の我欲と闘争の世界の全てを殿下は幼くしてご存知でした。あの優れた能力によって」


 人の会話が全てその耳に入って来るとしたら、一体どんな気分だろう。気の休まる時があるのだろうか。私には想像もつかない。


「殿下は優秀ですが、まだお若い。そして幼い頃から傷つけられ過ぎています。一度はあの方からあなたを奪おうとした私が言うのもおかしな話ですが……どうか、寄り添って差し上げて欲しいのです」


 アロイス様はそれだけ言うと、頭を下げて部屋から出て行った。



 アロイス様は信用と言った。殿下がある程度「エル」を信用してくれていたことも事実だろう。レフ殿下は素性の怪しいぽっとでの少年兵エルに対して本当によくしてくれた。


 けれど、稚拙な嘘によってそれを裏切ったのは私だ。


 もう殿下が私を信用することはないだろう。申し訳ないが、アロイス様の頼みをお引き受けすることは私には出来なさそうだった。


「これからどうなるんだろう……」


 殿下は処遇は追って話すと言っていたけれど、改めて聞くまでもない。エルは解雇、私は……離縁?

 いや、この結婚は王家の意向で行われたものだから離縁までは難しいかもしれない。せいぜいどこか別の場所に一生軟禁生活とかそんな所だろうか。


 逃げちゃおうかな?


 ふとそんなことを思った。

 今の私ならば身一つでどこへでも行けるだろう。あの戦火の中を、様々な偶然と幸運のためとは言え生き延びているのだ。怖いものなど何もない。


 しかし今の私は疲れていた。エインセルの戦いで体を酷使し、最後は毒に侵された。そのダメージのために体が消耗しているのだろう。とても眠かった。


「はぁ……」


 私は布団をかぶって寝ることにした。


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