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16

 爆発音と、夜空にひらめく炎。


「これはレフ殿下の……」


エルとレフが街の北西部で次なる作戦を開始した時、アロイスは自身が率いるγ隊と共に中心部に留まっていた。


 キツネと呼ばれる公国の傭兵によって作戦は狂わされ、部隊は混乱の中で散り散りになった。妨害魔術という王国ではまだ実用化されていない新技術の投入で散らばった隊員同士は連携を取ることが叶わなくなり、もはや烏合の衆と成り下がった。


 そんな中、アロイスは恐れる隊員達を一喝して即座にまとめ上げ、隊列を崩さないまま撤退し、中心部からやや外れた倉庫街に身を潜めていたのだった。

 アロイスたちの隠れる場所からは辛うじて教会堂が目視できる。敵の動きがよく見えた。


 例え作戦が一つ無に帰したからといって、自身の仕える主人がそれで諦めるほど潔い方だとは思わない。もちろん撤退するのがこの場で最も賢い手だろうが、もしかしたら。もしかしたらあの方ならここから勝利への道を見つけ出すかもしれない。

 そう信じてアロイスは敵本拠地の監視を続けていた。


 しかし状況は決して良くはない。

 敵の数は多く、倉庫街に潜伏して既に四度接敵している。隊員達は気合で立っているものの疲労は激しい。次敵と遭遇したら死者が出るかもしれない。


 そんな時だった。レフから次の命令が下ったのは。


「やはり、あなたについて来て正解でした」


 アロイスは今起きていることが正確に理解できていた。

 レフの持つ隠し球。それは彼の精密魔術射撃だ。


 レフ・クラウスナーは本来魔術狙撃手である。


 実績を買われて現在は指揮官として働いているが、それ以前は狙撃手として戦場に貢献していた。彼の素早く正確な戦況把握や状況判断はそこで培われたものだ。


 向かいのコンテナの方から足音が聞こえた。敵部隊だ。しかしアロイスたちが反応するよりも早く光の弾が彼らの足場に降った。


 敵部隊は見る間に燃え上がり、苦しみ悶えながら倒れていく。爆撃から逃れた幾人かの兵士たちは何が起こったのか分からず、恐怖で立ちすくんでしまっていた。


『こちらアロイス。ポイントC3にて着弾確認。敵部隊の半数が重症。残りを制圧します』

『任せた』


 アロイスは剣を取り直し、隊員達に命じて残党に向かった。


 混乱しきった兵士たちは抵抗する間も無く無力化される。抵抗力を奪いながら、部下の一人が尋ねる。


「今の爆撃、レフ隊長がやったんですか?」

「そうです。隊長のお力が離れていても我々を鼓舞してくださる。恐れることなど何もありません」

「ど、どうやって?」


 アロイスはそのカラクリも知っている。かつては戦場で肩を並べて戦ったこともあるのだ。何度も目にした。


 レフは魔術狙撃手だが、使う砲台が普通とは少し異なる。


 一般的な魔術狙撃手は一人一つの、大砲の砲台を一回り小ぶりにしたような魔術礼装を用いて、魔力を弾として発射する。

 しかしレフは。彼は折り畳み式の小型砲台を戦場に複数設置し、遠隔で狙撃を行う。その場にいなくとも、小型砲台を介して攻撃を行うことができる。

 これが、たった一人の少年が戦場全隊を制圧できる切り札だった。


「な、なるほど……でもあるのは砲台だけで、隊長は別の場所にいるのですよね? どうやって敵に狙いをつけるのでしょう。俺たちも撃たれませんか?」

「問題ありません。隊長の腕を信じなさい」


 遠隔で間違いなく敵を撃ち抜く精密射撃。それが行えるのはひとえにレフの特殊な聴力のためだ。

 実はレフの使う小型砲台には狙撃の他にもう一つ役目がある。あれはレフの聴覚範囲を広げる魔術礼装でもあるのだった。


 小型砲台を起動している間、砲台の周囲約1キロの音をレフは拾うことができる。その中から、ある金属音の混じらない足音を正確に聞き分けて狙い撃っている。


「恐ろしい方だ」


 アロイスは首から下げたチェーンを掬い取り、薄く笑う。それは今日この時に配られたドッグタグだった。2枚重なるタグは、ぶつかり合って軽く高い音を立てた。



『敵部隊制圧! 教会堂を目視しました!』

『こちらももうすぐ教会堂に到着します! 公国の奴ら、何が起こっているのか全く分からないようですよ!』


 戦況は一変していた。

 一度は完全にこちらの裏をかき作戦を粉砕した公国軍だが、今ではそれがひっくり返っている。


 どこから狙われているのか分からないまま降り注ぐ高精度・高火力の魔術射撃。それによって公国軍は恐慌状態に陥っている。そうでなくとも公国軍はあまり練度の高い部隊ではない。

 妨害魔術を打ち破り連携を取り戻した王国軍の敵ではなかった。


「!」


 施設の前で戦火に燃える街を見ていた私は、気配を感じて咄嗟に身をかわした。わずかに間に合わない。首の皮が薄く裂け、血が流れる。


「素晴らしい動きです。今ので仕留めるつもりだったのですが」


 キツネだ。

 全身黒づくめの彼は夜だとことさら見つけづらい。


「どうやってここが分かったんですか?」

「企業秘密です。と言いたいところですが……まだ砲撃を受けていない区域を探し回りました。間に合ってよかったです」


 つまりは当てずっぽうだ。それで辿り着いたのはひとえにキツネの機動力の高さのためだろう。


「ずっと指揮官の位置が掴めず困り果てていました。まさか敵のボスがたった二人で行動しているとは思いませんで」


 キツネはにこにこと不気味な笑みを浮かべている。


「上にいるのがあなたのボスですね? そしてこの謎の狙撃の仕掛け人でもある。あなた方は形勢が逆転したかのようにはしゃぎ回っていますが、状況は依然として変わってはおりません。俺が彼を討ち取れば、全て終わるのですから」

「僕がやらせません」


 隊長が私に与えた任務を思い出す。


「恐らくここにキツネが来る。お前が負けたら全部パーだ。絶対に勝て」


 その命令のために私は施設の扉の前に立ち、彼を待ち構えていた。そして私は命令に対して「はい」と答えた。だから絶対に勝たなくてはならない。


 私は剣を握り、突進する。

 一撃だ。彼の細い体など、一撃当てればそれで終わり。


「乱暴な方ですね。お喋りの最中に斬りかかってくるなんて」


 キツネは余裕の表情を崩さないままシルバークローでそれをいなす。

 私の大剣をあの小さな刃でいなすのにどれだけの技術を要するだろう? 彼が私などではおよびもつかない兵士であることを見せつけられた気分だ。

 そして速い。動作の一つ一つが素早くて無駄がない。


「私は傭兵です。雇われて人を殺す仕事をしています。私は対峙する人々をお客様だと考え、常によりスムーズに、効率的に死の旅路へ送ることをモットーとして来ました。しかしあなたは私のお客様ではないようだ」

「では何ですか?」

「商売敵です。まだ若いですが、あなたも私と同じくらい人を殺すことを得意としているようですね」

「そんなふうに考えたことはありませんでした……」


 長々と喋りながらも、キツネはそれこそ獣のようにその鋭い爪を繰り出してくる。速い。一瞬でも気を抜いたら喉を切り裂かれる。


「まだまだこんなものではありませんよ!」


 私の大振りの攻撃は隙が出来やすい。キツネの素早い攻撃を前になかなか剣を振り切れない。防戦一方だった。


「……?」


 打ち合いながら、ふと違和感を感じた。


 防戦に徹していればキツネの攻撃は防げないものじゃない。現に私は致命的な攻撃をまだ一度も受けていない。

 キツネは速いが、一対一で彼に全ての注意を割ける状況でなら私は対応できる。何度か打ち合ってそう感じた。


 しかしそのことが逆に私に不安を与える。隊長が評価するような人物だ。その実力が本当にこんなものだろうか?


「何か考え事ですか? 険しいお顔をされていますよ」

「僕には喋りながら戦う趣味はないんです」

「おや、残念ですね」


 そもそも何故シルバークローを武器とするのだろう。

 彼は戦士というよりは暗殺者に近い。彼のスピードと技術があれば爪などなくても、小さなナイフが一つあれば十分に人を殺せるはずだ。何か派手な武器を使っている理由が?


 駄目だ。

 訳も分からない不安に囚われている。私はここで絶対に勝たなくちゃいけない。戦いに勝つ方法は、相手を殺すことだけだ。だから迷っている暇はない。


 体当たりする勢いで彼に向かって走る。彼が怯んだその隙を逃さない。思い切り剣を振った。


 入った。そう思った時、脇腹に熱いものが走った。


「っ!」


 慌てて飛び退く。間一髪で深傷は負わずに済んだ。しかしシルバークローの位置は把握していた。あの位置から私の脇腹には届かない。今の攻撃は一体?


「おやおや、逃げられてしまいました。

 

 キツネのシルバークローをはめた手には何も無い。キツネから視線を逸らさずに周囲を探る。


 私の背後に何かが落ちていた。鍔のない特殊な形状のナイフだ。おそらく投げて使うものだろう。キツネはこれを投げたのだ。


「この程度……、っ!?」


 体に違和感がある。かすかに痺れるような……。


「……毒?」

「ご明察です。このナイフには毒が塗ってありましてね。深傷は負わせられませんでしたが、強い毒です。あなたのお命はあともって5分と言ったところでしょうか」

「5分……」


 それだけあれば十分だ。


「その派手な爪は暗器を警戒させないためのものなんですね」

「そういうことです。シルバークローなんかつけていれば敵は勝手に意識してくれます。普通は今ので仕留められるんですが……流石は同業者ですね」


 時間がない。私は斬り込む。あと5分で彼にとどめを刺さなくては。

 どうしたらいい? 技術も経験もおそらく私は彼に敵わない。でも私だって隊長に稽古をつけてもらい、お墨付きをもらったのだ。


 残り時間が5分しかないのなら体力を気にしなくてもいい。ひたすら剣を叩きつける。キツネはシルバークローでそれを弾きながらも暗器を出す隙を窺っている。


 さっきまで私の頭があったところに鋭い刃が空を切る。キツネの蹴りだ。刃物を取り付けた仕込み靴らしい。隠さずに暗器を使ってくるようになった。一体服の中にどれほど武器を仕込んでいるのだろう。


 そうだ、隊長。隊長から教わったことを思い出せ。何か今の役に立ちそうなこと……。


「鬱陶しい……!」

「嫌だなあ、そんなに嫌わないでくださいよ」


 キツネは袖口に投げナイフを隠して、いつでも投げられるようにしていることは分かってる。もう一度毒を食らったら更に死が早まるかもしれない。あのナイフは絶対に避けなければならない。

 ナイフを警戒する限り思うように動けない。

 時間がないのに……!


「投げナイフ……?」


 思いがけない所から飛んでくるナイフに気をつけながら戦うのは、狙撃を受けている時と同じだ。そして狙撃の対策なら隊長から嫌というほど教わっている。


 狙撃手と戦う時に大事なこと。一つ目に、相手の視界を遮る。


「っ、何をするつもりですか?」


 キツネに斬りかかる。私は大剣の側面を相手に向けるようにして、剣の陰に体を隠すように動く。遮蔽物の代わりだ。

 

 もう一つ大切なのは攻撃し続けること。相手を釘付けにし、攻めに転じる隙を与えない。守りながらの一撃一撃は精彩を欠くけれど、かと言ってまともに受ければ私の攻撃は剣の重みだけでキツネにとって深傷になりうる。かわすか避けるしか手はない。

 これで決めるのではなく、相手を消耗させ、隙に繋げる。そのための攻撃だ。


 そして次に大切なのは相手の位置を絞り込むこと。


 キツネの動きをよく見ると分かるが、キツネは左腕でしかナイフを投げていない。シルバークローなどは両腕で扱えても、不安定な体勢からナイフを投げるといった精密なコントロールは利き腕でしか無理なのかもしれない。

 彼の左手さえ潰せればナイフを封じられる。勝機はある。


 踏み込んだ足で地面を蹴り上げ砂を撒き散らす。簡易的な煙幕だ。


「うっ」


 砂がキツネの目に入った。訓練された彼でも生理的な反応が起こり、わずかに身じろぐ。


 ――今だ。


 強く踏み込む。左腕だけでいい。一瞬で殺そうと思うから失敗する。確実に力を削ぐことが必要だ。


「もらった……!」


 私が振り上げた剣がキツネに迫る。何かが光った。


 キツネのコートの中に隠された細い筒がこちらを向いていた。

 隠し弓だ。おそらく矢尻にナイフと同じような毒が塗ってあるはず。受ける訳にはいかない。

 矢は私の眉間を捉えている。首の骨が折れるほど頭をそらしてギリギリ避ける。

 けれど、避けたこの一瞬でキツネは隙を失い、次の攻撃体勢に入っていた。


 せっかくのチャンスだったのに。機を逃した。

 私はどうしてこうなの? 残り時間はあと何分ある?


 しかしギリギリで避けたと思った矢だったが、矢尻が私の帽子を捕らえた。

 編み込んだ髪をまとめている帽子だ。それが無理に剥がされ、髪がこぼれる。


 私の腰まで長い髪が網のように広がりキツネの眼前を遮った。


「女……?」


 キツネの動きが一瞬止まる。私は剣を強く握り直し、彼の左肩目掛けて叩き下ろした。


「ぐっ、う、うがぁぁっ!」


 赤い血。


 一泊遅れて鈍い音がし、地面にキツネの腕がごろりと転がる。


「くそっ!」


 キツネの行動は早かった。残った右手でコートから煙幕弾を取り出し、それを地面に投げつける。


 あたりは白い煙に包まれる。私は咄嗟に防御体勢を取る。


「とんだ醜態をお見せしてしまいました……今回は我が同業者に勝利を譲るとしましょう」

「待ちなさい!」

「また会えることを願います。この報復は必ず」


 キツネの声が遠のいていく。追いかけようとした私を隊長の声が制止した。


「エル、深追いはするな! こっちへ戻れ!」


 背後の屋上からだ。私は追跡を諦め施設へ戻ろうとして、異変に気付く。


 ……視界が変だ。木が壁から生えている。

 違う、私の体が傾いている。私は倒れている? 平衡感覚も、痛みもない。自分の体がどうなっているのか分からない。

 そうだ、さっき毒を受けたのだった。タイムリミットの5分が経ったのだろう。


「エル、聞こえるか!? 返事をしろ!」


 隊長が屋根から飛び降り、駆けて来るのが見える。


 大丈夫ですとそう言いたいのに上手く声にならない。そうだ、帽子を失くしてしまった。髪が……。


「エル……!?」


 隊長の前で気絶するのはこれで何度目だろう? いつまでも成長しなくて恥ずかしいな。

 そんなことを思いながら私は目を閉じた。

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