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そんなことはなかった。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 私たちは地下通路から出て更に街の端の方へと走っていた。隊長がこちらの方に魔術師の気配を感じたからだ。


「止まるな! 走り続けろ!」

「はいっ!」


 極力建物の影に隠れるようにして走る。つい半歩前に私がいた場所が爆発する。魔術による狙撃。

 そして間髪容れずに次の弾が来る。狙撃手は少なくとも二人以上いる。避けきれないと判断したので剣で弾いた。

 せっかく隊長にもらった剣。こんな使い方しているとすぐ壊してしまいそうで嫌なんだけど、背に腹は変えられない……。


「本当にすごいな反射神経。僕も撃たれることは音で分かるけど、体がついてこないから避けられないよ」

「はい……っ」


 褒めていただけるのは嬉しいけど、それほど凄くない。今の私は喋る余裕も無いほどいっぱいいっぱいだ。


 全力で走り続けながら自分と隊長への狙撃を警戒し、時にかわし時に弾き、ついでに狙撃だけじゃない地上の敵も警戒し続けなくてはいけない。頭かどこかの神経が焼き切れそうだ。


 でも隊長の前であれだけ大きなことを言ってしまった。こんな所でへばれない。


 それに……。


 私はこんなに頑張れてる。一生懸命走ってなんとか生き延びている。

 自分がこんなに必死になれるってことを私は今まで知らなかったし、ここへ来なければ知ることはなかっただろう。


「何笑ってるの?」

「わ、笑ってましたか。ごめんなさい、こんな時に……」

「こんな時に笑えるなんて、やっぱり素質あるよ。僕と似てる」

「素質……? よく分からないですけど、隊長と似てるなら嬉しいです」


 民家を突っ切ってショートカットする。その向こうの建物の屋上に人影が見えた。


「あれだ! 魔術師!」


 屋上には5人。一人は魔術師で、それ以外は剣や弓を持っている。護衛の人員だろう。


「敵がいたぞ!」

「一人だ、やれ!」


 弓矢が頬をかすめる。当たらないことは分かっていたので避けなかった。周囲の建物を踏み台にして屋上まで飛び移り、着地の勢いで一人殺した。

 取り囲むように残りの3人が向かってくる。いい餌食だ。剣も盾も、なにもこの刃を阻むことはできない。

 一人残された魔術師は近距離戦闘の心得がないのだろう。腰が引けたまま私を凝視している。仲間の元へ送った。


「隊長、魔術師を一人減らせました」


 屋上から降りて物陰に身を潜めていた隊長と合流する。


「悲鳴がうるさかったからバレたかも。すぐここを離れるよ」

「はい。次は悲鳴をあげさせないように仕留めます」



 同じようにして魔術師を二人仕留めた。戦闘自体は敵が少人数なこともあってそれほど厳しくはないけれど、とにかく体力がきつい。移動中は狙撃に狙われるので常に走り続けなければならない。


 わずかな休憩の間に隊長に教えてもらった呼吸法で少しでも体力を回復する。


「よし。次は向こうだ」


 これまでは隊長の耳に敵の存在が引っかかるまで闇雲に走っていたが、今回は隊長が明確に方向を示した。


「音ですか? 近いんですね」

「いや、もう3人仕留めたからね。魔術師は等間隔に配置されてるはずだから、大体の位置は絞れた。ここからは無駄に走らずに済むよ」

「隊長……!」


 さらっと言っているけれど、頭にエインセルの正確な地図が入っていて、今まで仕留めた魔術師のいた座標を頭に記録していなければ出来ない芸当だ。

 私はとにかく走るのに必死で位置なんて全然考えていなかった。


「お前は自分の才能に頼り過ぎ。もっと頭を使うことを覚えな」

「は、はい……」

「そろそろ太陽が傾いて来たな。暗くなればもう少し楽になるよ」

「はい……」

「それと、月が登ったら少しだけ食事と仮眠を取ろう。それまで頑張って」

「頑張ります……!」


 隊長は平気そうに話しているけど、私は息も絶え絶えだった。

 短い休憩を終えてさて次に行こうと私が覚悟を決めている間、隊長はポケットから何かを取り出して木に何やら設置していた。


「何ですか? さっきもやっていませんでしたか?」

「これも切り札、後で機会があれば見せるよ。こうなったら大盤振る舞いだ」


 隊長は切り札をたくさん持っているらしかった。


 その後は休むまでに8人の魔術師を狩ることができた。そして月も高くなった夜。


「はぁ……はぁ……」


 喉から血が出そうだ。もう出てるかもしれない。


「お疲れ。ここで一度休憩にしよう」

「は、い……」


 都市の地下を通る下水管の中に私たちはいた。


「ここを見つけられたのは幸運だったね。見つかりにくいし、地上の音がよく聞こえる。上を歩く足音なんかは筒抜けだよ」


 私には何も聞こえないけれど、隊長にとっては良い場所のようだった。


 ここはエインセル北西部に位置する下水処理施設跡地の地下。施設から下水道に降りる道があったのだ。地下はかなり広々としていて見晴らしがよく、隊長の言う通り音も響く。休憩所にはぴったりだ。


 それにしてもエインセルが放棄されていて本当に助かった。そのおかげで下水管はカラカラに乾いている。いくら安全でも、臭い汚水の流れる横で休むのには抵抗がある。

 それしかなかったらするしかないけれど。


 隊長は壁面に背を預けるようにして座り、携帯食料をお酒で流し込む。


「お前も食べな。まだまだ働いてもらうからね」

「そうしたいんですけど、今食べると吐きそうです……」


 走り続けで胃がひっくり返ってるみたいな心地がする。


「無理してでも食べること。呼吸を落ち着けて、ゆっくりよく噛んで食べるんだ」

「はい……。隊長は大丈夫なんですか?」


 涼しい顔をしているけれど、隊長だって私と同じ距離を走っているのだった。


「体力的には別に大丈夫じゃないけど、慣れかな。踏んできた場数が違うよ」

「流石です……!」


 携帯食料をちびちびかじってゆっくり飲み込み、時間をかけて食事を終わらせた。横になると本当に吐きそうなので、下水管の側面に体を預けて座ったまま眠ることにする。


「っ、くしゅん」

「大丈夫? まだ夜は冷えるからね。風邪を引かれたら困るな……」


 さっきまでは体が熱を持っていたので気がつかなかったけれど、汗がひいたことで一気に寒くなって来た。


「こっちにおいで」


 隊長は上着を脱いで私を隣に呼び、二人を覆うように上着をかける。

 必然的に私と隊長の距離はゼロになる。


「あの……」

「これなら少しはマシだろう。窮屈かもしれないけど、非常時なんだから文句言うなよ」

「窮屈ではないですけど……僕、汚れてるので、申し訳なくて」

「言ってる場合か?」

「場合じゃないです、すみません」


 汗と泥と返り血で今の私は酷い状態だ。聞く勇気はないけど臭うだろうな。最悪だ……。


 でも温かい。疲れていたのですぐにウトウトしてしまう。


「2時間したら起こす。人の気配がした時も叩き起こす。そのつもりで全力で休みな」

「はいっ」


 私は目を閉じた。


「お前の頑張りのおかげで11人の魔術師を日暮れまでに狩ることができて、二つの分隊と通信できた。状況は少しずつ良くなってる」


 何かが私の頭に触っている。隊長の手……?


「お疲れ様……」


 そこで意識は途切れた。



「エル、時間だ」

「…………はい」


 目がしぱしぱする。本当はまだ寝たい。でもそんなことを言っている場合じゃない。

 私は軽くストレッチをし、お酒を舐めて眠気を吹き飛ばした。


「隊長はよく眠れましたか?」

「僕は起きてたよ。二人とも寝こける訳にはいかないだろう」

「えっ、ごめんなさい僕、一人だけ呑気に……」

「良いんだよ。僕は少しくらい寝なくても平気」


 その言葉に違わず隊長の動きはテキパキとしていて、さっさと身支度を整えて出る準備を終えてしまった。その動きは少し寝た私と遜色ないくらい元気そうに見える。

 でも見えるだけだ。顔色がひどく悪い。わざわざ部下の前で見せないだけで、隊長も消耗している。


「早く終わらせましょう」

「それがいい」


私は下水管と外に繋がる通路から


 外はまだ暗く、月が輝いている。しかしにわかに騒がしい。


「次の魔術師はどっちですか?」

「うーん、そろそろだと思うんだけど……」


 そう話していると、隊長の通信用魔術礼装に反応があった。


『――ますか――』


 通信の向こうから声がする。


『レフ隊長、聞こえていらっしゃいますか?』

『よし、聞こえる。そっちの状況は?』

『こちらβ隊。現在エインセル北部に潜伏中。二人負傷していますが全員無事です』

『こちらα隊です。やっと繋がった! もうこっちは大変ですよ!』


 次々と通信が回復する。


「どうして通信が? まだ魔術師は残ってるのに」

「魔術師ってのは貴重な資源だからね。相手も無駄遣いしたいとは思わないはずだ。半分も潰せば下げてくるだろうと思ってたよ」

「じゃあ、もう走らなくて良いんですか!」

「そうだね。けれど妨害魔術師が残っていることは確かだし、相手はそれをいつでも好きな場所に展開できる。だから時間がない。奴らが後退を選んだこのタイミングで一気に叩くよ。お前にはまだ働いてもらう」

「はい!」

「そのために、切り札を使う」


 隊長はとても楽しそうに笑った。



 私たちは下水管から出て下水処理施設の屋上へ上がった。

 施設は二階建てでそれほどの高さはない。しかしエインセル北西部には低い建物が多く、教会堂まで見渡すことができた。


 隊長は屋上の塔屋を背に座り、ジャケットについたたくさんのポケットから次々に小さな部品を取り出す。そしてそれらを合わせて組み立て始める。迷いのない動作だ。

 私は屋上の縁に立って近づいてくる者がいないか見張る。今のところ、気付かれている気配はない。


 私は施設の階段を登りながら聞いた、隊長の次の計画を心の中で反復していた。



「これから僕たちは敵の本拠地を叩く」


 施設内は暗い。埃を被ったランプに火を入れれば明るくなるだろうが、外から敵に気付かれる恐れがあるので難しい。窓からも覗かれないよう、極力頭を低くして階段を登る。


「本拠地?」

「教会堂さ。あそこが一番守りやすいからね。公国の司令官はあそこにいる」

「でもあそこは上から狙撃手が狙い放題です。迂闊に近づけません」

「そりゃそうだ。うちの部隊に狙撃に対して動物並みの反応ができる奴はお前しかいないからね、正攻法で行くしかない。制圧射撃を行いつつ接近させる」


 でも、それは少人数の部隊では成立しない。制圧射撃は絶え間ない攻撃の雨と相手を釘付けにする火力があって初めて成立すると他でもない隊長から教わった。


「そう、だから散らばっている部隊をエインセル中央に集結させる」

「中央に? 無事に集まれるでしょうか。魔術師狩りのために多少は混乱しているでしょうが、依然として街中に公国軍が網を張っていることは変わりません。狙い撃ちにされるんじゃ……」

「大丈夫。そのための切り札だ」


 屋上に出る扉の前で一度振り返り、隊長は言う。


「お前にも大仕事を任せたい。やってくれるね」

「はい、もちろんです!」



 カシャン、という音がして組み立てが終わる。隊長の手には完成したマスケット銃が握られていた。

 これまで全く気が付かなかったが、隊長は常に分解した銃を携帯していたらしい。


『隊長。第二分隊ポイントB3に到着しました』

『こちら第五分隊。ポイントC1で交戦中です!』


 次々と通信が届く。隊長は何も言わずにそれらを聞いていた。


 隊長は片膝を立てて座り、その膝を台として両腕で支えるようにマスケット銃を構えた。目を閉じている。音に集中するためだ。


『全隊員に告ぐ。これより街全体への援護射撃を行う。お前達はそれに乗じて敵部隊を撃破しながら進み、街中央の教会堂へ集結せよ。全体合流の後に教会堂への一斉攻撃を行う』

『援護射撃……?』

『援軍が来たってことですか?』


 他の隊員達から疑問の声が上がる。


『詳しく説明している余裕はない。僕を信じて突き進め』

『……はい!』


 隊長が目を閉じたままマスケット銃の引き金を引いた。銃は火を吹くことはない。あの銃には弾が入っていないのだ。


 その時、街の反対側、東の方で爆発が起こった。


『こ、こちら第二分隊! どこからか援護射撃! 敵部隊は半壊!』


 通信越しに訳が分からないという声が聞こえた。


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