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同日にもう一話投稿しています。まだの方はそちらからご覧ください。

 言葉にすると、今まであやふやだった自分の思いがよく見えた気がした。

 アロイス様のおかげだ。作戦を前にして気合を入れ直すことができた。


「僕、頑張ります! 厳しくご指導お願いします!」

「はいはい。お前の方は元気そうだね」

「僕の方?」


 夜の森。

 屯所の外、門近くの森の中に私とレフ隊長はいた。私の戦闘訓練のためだ。

 今日の課題は狙撃への対策。部隊の司令塔であり情報指揮官でもあるレフ隊長は狙撃兵に真っ先に狙われる対象となる。彼の護衛を務める私は狙撃対策が必須なのだった。

 作戦までの時間はあと二週間。二週間でばっちり護衛を務められるようにならなくてはならない。


「お前は座学より実践っぽいから、さっそく狙撃を受けてみよう。シェズに既に森の中に潜んでもらってる。あいつと戦って勝てたら今日は終わりね」


 シェズさんというのは第一小隊に所属する狙撃兵だ。長い前髪で片目を隠していて、ちょっとカッコつけた感じの振る舞いをする人。面白くて私は好きだ。


「シェズは魔術狙撃手ではないけど、やる事は大して変わらない。さっき教えたよね、狙撃を受けたらまず?」

「はい、相手の視界を遮ります! 遮蔽物に隠れたり、煙幕を張ったりして相手から見えないようにします」

「うん、覚えてるね。次に重要なことは?」

「相手の位置を特定することです! 相手を見つけて無力化します!」

「うん。隠れてやり過ごせるようならそれでも良いんだけど、邪魔になるようなら片付ける必要がある。その時に大事なことは?」

「はい、えーとぉ……」

「…………」

「……忘れました」

「はい、相手に攻撃し続けることです。忘れたのでお前も僕も死にました」

「わーっ、ごめんなさい!」

「うそうそ、初めてだからね。でも次忘れたらペナルティね」

「はーい……」

「お前は剣士だから狙撃手への攻撃手段がないけど、そこは道具や味方に頼るとかね。制圧射撃を用いて相手を釘付けにしながら距離を詰めるのは対狙撃手戦法の基本だよ」

「はい……」


 訓練が始まった。

 実際の作戦を想定してレフ隊長に後ろに待機してもらい、彼を守りながら狙撃手を無力化するのが今回のミッションだ。

 ちなみに訓練なのでシェズさんが使うのは演習用の先が丸い矢で、私が使うのは木剣。殺傷能力は低い。

 その他に私は手投げ弾と煙幕弾を持たされている。


 シェズさんが撃ち込んで来る。

 頬の横に風の流れを感じ、身を捩ってかわした。狙撃手の位置は私の右斜め後ろ。距離は……分からない。


 レフ隊長を連れて木の影に隠れて相手の視界を遮る。


 シェズさんがニ本撃つ。狙いは正確だ。迂闊に飛び出せない。

 位置は多分向こうの木のどれかだと思うのだけど……絞り込めない。一か八かで突っ込むしかないか。


「レフ隊長、ここを動かないでくださいね」

「ん、分かった」


 レフ隊長は意味ありげに笑ってそう言う。今回は私の訓練なので隊長は指示をしない。

 これは後からダメ出しされそう……。


 でも仕方ない。思いつく案が他に無いもの。とりあえずやってみないと始まらない。そのための訓練だ。


 私は木の陰から飛び出した。

 一発。頭を下げて避ける。間髪を容れずに二発目。剣で弾く。近づけば動きで位置が分かるはず。私は当たりをつけた木の近くへ飛び込む。葉のこすれるわずかな音がした。


 狙撃手、特に弓兵は矢をつがえる動作が一撃一撃の間に挟まる。おそらくその音だ。


 そこだ!


 私は極限まで腕を引き絞り、シェズさん目掛けて木剣を投げた。


「ぎゃあ!?」


 どすん、と重い音がしてシェズさんが木から落ちた。


「やった、勝ちました! 隊長見てましたか!?」

「うん、見てたよ。お疲れ」

「じゃあ……!」

「落第だね」

「そんなぁ!」


 隊長が私たちの元へやって来てそう残酷に言い切った。


「お前、前回の失敗を忘れたの? 僕から離れてどうするんだよ」

「でも、早く狙撃手を始末すれば良いかと思って……」

「今は訓練だから敵はシェズ一人だけど、普通狙撃手は何人もいるよ。お前が一人にかかりきりになってる間に僕は死んでるね」

「隊長を殺してしまいました……!」

「次は殺さないでね」


 隊長が深いため息をつく。


「他にも用意した道具を使えとか、迂闊に飛び出すなとか色々言いたいことはあるけど……お前が対狙撃訓練でいまいち緊張感がない理由がやっと分かったよ」

「え?」

「お前、相手が撃ってからでも矢を避けられんだろう」

「そうそう、それ、俺も思った。エルって矢を見てから避けてるよな?」


 シェズさんが呆れたように言う。


「そういえばそうかも……?」

「普通の人間にそれは出来ないんだよ。お前は超人的な感覚と反射神経があるから一対一なら狙撃兵ともやりあえるんだ。だから僕が言ってる事がいまいち納得出来ないんだね」

「そ、そんなことは……」


 ないと思うけど……でも確かに、矢を避けられる自信があったから飛び出したのも確かだ。


「大体シェズもシェズだ、あんな素人の動きに負けるなよ。お前のせいで僕の指導が説得力に欠けるみたいになってるんだけど」

「いや無理ですって。見てから矢を撃ち落とせる超人相手に勝てねーっすよ」


 飛び火してシェズさんまで叱られていた。


「あの、やっぱり駄目ですか……? 僕、作戦までに間に合いませんか?」


 アロイス様にあんな啖呵まで切ったのに。もう顔向けできないよ。


「いや、心配ない。お前を推したのは僕だからね、責任を持ってお前を鍛え上げる」

「隊長……!」

「明日から訓練を3倍厳しくする。手始めに、狙撃手を5人に増やす」

「ごっ!? 隊長、流石にそれは無理なんじゃ……」

「やります! よろしくお願いします!」


 一応はシェズさんに勝ったので、隊長が最初に言った通り今日はこれでお開きになった。

 打ち散らした弓矢を回収して帰る途中、隊長に話しかける。


「あの、隊長。言いたかったんですけど……」

「ん?」

「剣、ありがとうございます。とても立派でした。あの剣に恥じないよう、頑張ります」

「そう。気に入ったのならよかった」


 隊長はそう言ってぽんと頭を撫でてくれた。



そうして迎えた作戦当日。


 緊張する……!

 大丈夫、散々隊長に鍛えてもらったんだから。隊長からもお墨付きを貰えたし、私ならやれる。

 隊長を守れる!


「エル、顔が真っ青だよ」


 屯所の門を出た森のその先、荒廃した廃墟群が私たちを見下ろしている。打ち捨てられた無人都市エインセル。今回の戦場だ。


「あの、どうして森の中で待機なんですか? エインセルに入らないんですか?」


 何故か隊長の指示で、第一小隊は森の木々に紛れて待機していた。


「馬鹿だな。あそこは今誰のものでもないんだよ? というより、世界的に見れば公国のものという見方が強い。調印こそしていないにせよ、前国王が公国の主張を認めると言ってしまったからね」

「はい」

「よそ様のお宅に勝手に立ち入ることはできない。だから、お招き頂くのを待たないとね」


 お招き?

 公国に許可を取るということだろうか。許されるはずはないと思うけど……。


「すぅ……はぁ……」


 私は早る胸を抑えるために深呼吸する。冷静にならなくちゃいけない。

 私は首から下げた細いチェーンを服から引っ張り出す。チェーンには薄くて小さなタグが2枚ついていて、ぶつかりあってかすかな金属音を立てた。


 これは屯所での全体ミーティングの時に、隊長から全員に配られたものだ。タグには私の名前と所属が彫られている。いわゆるドッグタグという奴らしい。


 ドッグタグ。兵士が死んだ時、その死体の個人を識別するためのものだ。

 改めて自分が死ぬかもしれない危険な場にいるということを思い出す。そして同時に、自分がこの隊の一員であるということを強く感じた。

 うん、少しだけ落ち着いたかも。


「そんなに緊張しなくたって平気。公国の兵士は練度が低いからね。数こそ驚異だが、所詮雑兵。お前の敵じゃないよ」

「そうでしょうか……」

「そうそう。今の公国にはまともな兵士がいないんだ。僕がこっちに来た頃は面白い奴もいたんだけどね。あのアロイスが大怪我させられて、大変だったよ」

「アロイス様が?」


 アロイス様はいつも涼しげな表情で敵を下していて、あの方が苦戦するところなんて想像できない。


「とにかく強くてね……姿を見せずに戦うことが得意で、苦戦させられたよ。味方からは確か【キツネ】とか呼ばれていたかな」

「そんな相手が……」

「でももういないよ。僕がレイブンに来てすぐ戦場に出て来なくなった。あいつは雇われだったんだ。向こうの頭が変わって契約も切れたらしい。とにかく今の公国に特段警戒すべき強敵はいないから、リラックスしなさい。訓練通りにやれば余裕さ」

「はい、頑張ってリラックスします!」

「肩の力を抜きな?」


 そんな風に話しながら待機していると、森の外から男性の怒号のようなものが聞こえて来た。

 森の外には、エインセル市街にずらりと並んだ軍団。セブンス公国だ。


「なっ、なんですか!?」

「来たね」


 公国軍が進軍を開始した。

 軍団は雄叫びを挙げながら駆けて来る。まるで猪のような勢いだ。

 弓が飛び交い、そのうちの一射が森に届いた。


「招待状が届いたらしい。僕らも行こうか」


 隊長は悪戯が成功した子供のように笑う。


「作戦開始だ!」

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