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前の話と合わせてどちらも短かったので1日に連続投稿です。まだの方は前話からご覧ください。

「だいぶ太陽が高くなってきましたね。夕食までには屯所に戻りたいですけれど」


 剣を受け取って靴も買ったので、街での用事は全て済んだ。後は帰るだけだ。

 帰ったら食事を取って、軽く体を動かして……あぁでも。


「今日は夜にレフ隊長から呼ばれているんです。直接稽古をつけてくださるって……」


 言ってから失敗したと思った。アロイス様の雰囲気が張り詰めたように変化したからだ。

 そうだ、アロイス様は私の作戦参加について快く思っていらっしゃらない。そう考えて、今日の外出にアロイス様と二人で行くよう指示してくださった隊長の意図は、この機会によく話し合えということなのではないかと気づいた。

 流石は隊長だ。


「……アロイス様は、私では隊長の護衛に力不足だとお考えなんですよね」


 その懸念は正しい。私はまだまだ経験も何もかもが足りない。胸を張って私に任せてくださいとはとてもじゃないが言えないだろう。


「でも、隊長が私になら任せられるっておっしゃってくださったんです。私、自分ではなく、隊長のそのお言葉を信じようと思っています。作戦までそれほど日はありませんが、頑張って力をつけて……」

「違います」

「え?」


 何が?


「私が言いたいのはそうではなく……」


 珍しく言い淀んでいたが、覚悟を決めたようにアロイス様は私の目をまっすぐに見た。


「あなたは次の作戦に参加するべきではない。いえ、作戦だけではなく、『エル』としてこれ以上戦うべきではありません」

「え……」


 突然、何故?

 私は混乱した。


「何故、突然そんなこと? 誰かに男装を気がつかれましたか?」

「そうではありません。ずっと思っていました。女性は戦場に立つべきではない。あなたのような方をお守りするために、私たち騎士は剣を取り矢面に立つのです」

「……つまり、私が戦場にいることを、アロイス様は迷惑に感じられているということですか?」

「そうではない!」


 めったに声を荒げるような方ではない。本当に驚いた。


「申し訳ありません。しかし、あなたは私の言いたいことをこれっぽっちも理解していません」

「ではどういうことですか?」

「好いた女性に危険な目に遭って欲しい男はいないということです!」


 顔を赤くして、それでも私から目を逸らさず、アロイス様ははっきりと言った。


「好いた……女性ですか……」


 今までのアロイス様の態度を思い出す。たしかに彼は過剰なまでに私に親切で、それは私に好意を持ってくれていたからであるとすると説明がつく。

 可能性としてはゼロではないと考えていたが、今まで深く考えないようにしていた。


 何故なら私には既に夫がおり、彼が私をどう思ってくれようと応えることは出来ないからだ。


「私と共に、ペントマン領へ参りましょう」

「はい?」

「ペントマン領はこことは違い、暖かく穏やかな気候です。冬でも雪が降ることは滅多に無く、春には花で溢れる。そこで私と共に暮らしてください。私の……妻になってください」

「そ、そんなこと……」

「レフ殿下に全てをお話しし、お願いします。どんな風におっしゃるかは分かりませんが、最後にはきっとお許しくださる。あの方はそういう方です。あなたがいつか仰ったように、ガブリエラ嬢は死んだことにしても良い」


 あまりにも唐突で思いもよらない提案に、私は二の句を告げることができなかった。


「あなたが怪我をおしてパーティーに参加していても、レフ殿下はお気づきにならない。あの方といて、あなたが幸せになれるとは思えません。それに、軍にもあなたを認めない人間もいる。今日だってそうだ」

「今日?」

「靴を汚したというのは嘘でしょう。ここ数日は雨も降っておらず、土がぬかるんでいる場所はなかったはずだ。何人か、特にあなたをよく思わない人間のことは調べています」

「それは……」


 全てお見通しで、私の嘘に付き合ってくれていたらしい。


「もう戦わないでください。誰にも傷付けられないでください。剣術なら趣味としておやりになればよい。私が稽古をつけたっていいでしょう。どうか私に……あなたを守らせてください」


 絞り出すようなアロイス様の言葉が胸を打つ。

 これまで、ここまで真剣に、一言一言身を切るようにして思いをぶつけてくれた方はいなかった。


 子供の頃からずっと、自分はクリスティアン様の妻となるのだと思って生きてきた。

 婚約者となったばかりの頃は彼と愛し合う夫婦になり、家族を持てるのだと希望を持った事もあった。成長するにつれ彼との仲は冷え切っていき、全ては幻想だと割り切ってしまったけれど。


 アロイス様となら、出来るのかもしれない。幼かった私が夢見た家族になれるのかもしれない。


「……申し訳ありません」


 そう思うのに、頷くことができない。


「私、生まれて初めて自分の力でここにいるのです。親から与えられる爵位でも、第一王子の婚約者という肩書でもなく、私の力で」


 私は自分が身体能力に優れていることを昔から知っていた。

 おぼつかない手つきで剣を振り回す従兄弟を見ながらもっと腰を入れて打ち込めば良いのにと思っていたし、馬に乗る叔父を見て私ならもっと早く走れると思っていた。

 でもそんなことが出来ても何の意味もなかったし、叱責されてまで我を押し通す強さは私にはなかった。


 エルとして振る舞うようになって、私のそれは戦いの才能であると気がついた。これまで何十年も訓練を重ねて来た兵士たちと戦って私は勝つことができる。まだ剣を握って半年にも満たない私が。

 なぜ女の私に神様はこのような才能を与えたのか、私には分からない。けれど、与えられたからにはこの力を活かしたい。この力で人の役に立ちたい。

 そして――


「私は、自分で自分を信頼できるようになりたいのです。そのためにこの与えられた能力を最大限に使ってみたいのです。

 自分の限界に辿り着くまで戦い続けなくては自分のことは分かりません。安穏とした生活の中では、私はけして自分が信頼に足る人物かどうか計れないのです」

「それを諦めることはできませんか。例え願いを捨てても、穏やかな生活には価値があると、そう思ってはいただけませんか」

「はい。今の私は、それが出来ないのなら生きていても仕方がないと思っています」


 ……馬鹿にするなと怒られるかもしれない。

 でも、アロイス様は真剣におっしゃってくださったから、私も真剣にお答えしたつもりだ。


「……そうですか」


 一呼吸ついて、そう言ったアロイス様の表情は穏やかだった。

 

「あなたが役に立ちたい人物とは、レフ殿下ですか?」

「ええと……レフ隊長のお言葉があったから、私は自分が求めるものを知ることが出来ました。だからそうですね、今はレフ隊長の期待に応えることが一番の目標です」

「そうですか。そうなのですね……」


 アロイス様はくすくすと笑う。私は彼にどんな顔をするべきなのか分からず視線を彷徨わせた。


「ありがとうございます。想いは叶いませんでしたが、すっきりしました」

「そうですか……」

「屯所へ戻りましょうか」

「は、はい」


 帰り道。アロイス様は第一小隊の誰かが煙草でボヤを起こしたとか、レフ隊長が一度だけ寝坊してミーティングをすっぽかしたとか、そんな話で私を楽しませてくださった。彼なりの気遣いなのだろう。私はありがたく受け取った。

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