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閑話-アロイスの場合

かなり短いです。

 私、アロイス・ペントマンの主人の妻のとなった方は規格外のご令嬢であった。


 権威あるストレイ公爵家の娘でありながらパーティーより戦、豪華なドレスより無骨な剣に興味を示すような奇特な方で、少し目を離した隙に何故か男のフリをして軍隊に入ってしまっていた。

 私は頭が痛かった。


 男装は初めから穴だらけの試みで、私がことを明らかにしようと思えば簡単に出来ただろう。しかし、貴族夫人としてのくびきから解き放たれ、水を得たようにはしゃぐ彼女を見ていると、彼女を連れ戻して鎖につなぐような行為が正しいと言い切ることは出来なかった。


 そして気づけば私は剣を捧げた主人に嘘までつき、彼女の兵士としての日々を守っていた。


 何故、私は彼女にここまで肩入れしてしまうのか。その理由は分かっている。


 彼女の光に溶けて消えてしまいそうな白い肌、柔らかな金髪、硝子のような瞳。控えめで慎ましやかな微笑み。

 その全てが私に過去を想起させる。


「泣いてはいけないわ。男の子なのだから」


 そう言って迷子になった少年の涙を拭う姿が、過去の私と、私の姉に重なった。


 ガブリエラは私の姉、アマーリエに似ていた。



 姉とは言っても、アマーリエは私の実の姉ではない。彼女は私の父方の親戚で、一人親だった彼女の父が山道で土砂に巻き込まれて亡くなってしまい、行くあてを無くしたところを私の家に引き取られたのだ。


 アマーリエは私の五つ上で、生い立ち故かいつも静かな雰囲気を纏っていた。

 父の剣術指導で怪我をして泣く私をいつも優しく慰めてくれる彼女が、私は大好きだった。


 私たちは実の姉弟でこそなかったが、とても良い関係を築いていたと思う。

 家族と死に別れ、笑っていても憂いを忘れられないような彼女を、私はいつも気遣っていた。そんな私の心を感じてか、アマーリエも私には心を許してくれていたように思う。

 その当時の私は彼女に笑顔をうかべさせること自身に与えられた義務であるかのように彼女の前でおどけて振る舞うことが多かった。

 騎士になろうと思ったのも、父の希望ということもあったが、私が彼女のような人を守りたいと思っていたことも大きな理由の一つだった。


 そんなアマーリエが恋をしたのは彼女が17歳、私が12歳の時のことだ。


 相手は私の父が見繕ってきた伯爵家の男で、二人は見合いの席で出会った。

 父の紹介だけあって優秀な青年で、伯爵家の次期跡取りでもあり、人柄も穏やかと問題のない縁談のように思えた。しかし一つだけ父にも見落としがあり、彼には既に心に決めた相手がいたのだった。


 相手は伯爵家が世話をしている商会の娘で、とてもじゃないが伯爵が認めるものではない。二人の交際に気づいた伯爵がさっさと跡取りの身を固めてしまおうとして取り持ったのが今回の縁談だったということらしい。


 しかしそれを知った時にはもう、アマーリエは恋の喜びに取り憑かれてしまっていた。


 けして自分を愛さない男に焦がれ続けるのはどんな思いだろう。アマーリエはみるみるうちに弱っていった。外に出るのは月に一度、相手の男と出会う時だけで、それ以外の時は部屋に籠るようになった。


 男の想いとは裏腹にアマーリエと彼の婚姻の話は進んでいった。


「彼の心が誰のもとにあってもいいの。彼の妻になるのは私なんだから」


 それだけがアマーリエの心の支えのようだった。婚姻の話がなくなることを恐れて、アマーリエは彼の想い人のことを父には話さなかった。


 優しく穏やかだったアマーリエが人が変わったようになり、毎晩泣いて過ごしていることを私は知っていた。

 もちろん私は何度も男のことを諦めるよう話したが、それだけは頑として頷かない。恋とは苦しみを伴うものであると、幼かった私は逆にアマーリエに言い負かされてしまった。


 そして苦しみ悶えながらアマーリエが待ち焦がれた結婚式の日。

 相手の男は恋人と共に逃げ、結婚衣装を着たアマーリエだけが一人、教会に佇むこととなった。

 その晩、アマーリエは一人で毒を飲んで死んでしまった。



 たった一人で結婚式へ挑むガブリエラを見て、私は彼女に亡きアマーリエの哀れな最期を重ねた。

 憂いに沈む彼女に微笑みを思い出させることが私の使命のように感じ、彼女から目を離すことが出来なくなってしまったのだ。


 レフ・クラウスナー第二王子。彼とは王城にいた頃に出会った。当時はまだ何も持たぬ子供ではあったが、その癒えない闘志と優れた頭脳は既に頭角を表していた。


 当時から隣国との小競り合いはあり、既に関係は修復不可能に思われた。しかし国王陛下の認識は甘く、軍部の予算は削減される一方。他の王族の方々には無い戦いの意思を持つレフ殿下こそがこの国の未来への道と考え、私は彼の騎士となってこのレイブンの土地まで来た。


 レフ殿下は私の信じた通り、いや、それ以上に優れた指導者であった。


 レフ殿下の折れることのない強い意志が人々の道標となり、小さかった部隊は見る間に大きくなった。彼には戦場を支配する悪魔的な頭脳の他に、人の心をくすぐるカリスマと、それを受け入れる懐の広さがあった。良いか悪いかは別にして、まさに戦うために生まれたような人間だ。

 数々の戦場を共に乗り越え、彼の人となりを知り、この方を生涯の主としようと誓った。その判断に迷いはない。彼が死ねと命じるなら私は死ぬだろう。


 しかし。


 夫から顧みられない女がどれほど不幸か、私はこの目で見た。結婚式のあるはずだった日、アマーリエの無残な遺体を見つけたのは私だった。

 もうあんな思いはしない。あの時私は無理にでもアマーリエを正気に戻し、男とは二度と会わせないようにするべきだった。

 そうすれば今でも彼女は生きていて、穏やかに微笑んでくれていたかもしれないのだ。


 今のガブリエラは拠り所をなくし、戦場に居場所を見出している。絶望して姉のように命を絶ってしまうよりはいいだろう。


 戦場での主人は文句のつけようのない指揮官だが、まだ若い彼の夫としての資質には疑問を持っている。本当なら二人の未来を長い目で見守るべきなのだろうが、レフ殿下はガブリエラに一切の興味はなく、ガブリエラは放っておけば戦場で命を散らしてしまうだろう。


 本当なら戦場で血に塗れていて良いような人ではない。彼女は彼女を愛する男に守られ、笑っているべき人だ。

 そして、もし叶うなら。その男に私がなりたいと思ってしまうのは、ただの私の我儘だ。

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