10
「レフ隊長! お待たせしました」
「いらっしゃい、早いね。急がなくていいって言ったのに」
急いでお昼ごはんをかっこんだ私は、その足で言われた通りに会議室へと向かった。
ちょうどレフ隊長も会議室へ到着したばかりらしい。後ろにアロイス様を連れ、部屋の中央の円卓の、扉から正面の席に座る。そして右側にアロイス様を座らせ、左には……
「エル、ここにおいで」
「僕ですか?」
「お前はミーティングが初めてだろ? 色々教えてあげる」
「はい、ありがとうございます!」
私は喜んで隊長の隣に座った。
円卓にはもう第一小隊の人たちが半分以上集まっていた。時間が経つに連れ席は埋まっていき、最後の一人がやって来たところでアロイス様が立ち上がった。
「定刻よりは少し早いですが、全員集まりましたのでミーティングを開始します」
「へーい」
「はいはい」
それぞれから気の抜けた返事が返った。第一小隊には自由な人が多い。
「新人がいるから改めて言うけど」
レフ隊長が私を見ながら切り出す。
「これから話すことはまだ機密事項だ。少しでも話が漏れたら、その場合犯人探しはしない。全員処罰する。エル、秘密は守れるね?」
「は、はい……」
とんでもない場に呼ばれてしまった……。どっと緊張して来た。
「じゃあ斥候、報告を」
「はい」
全身黒づくめで口元を隠した男性が立ち上がり、話し始める。
「報告いたします。隊長のご命令で森林地帯を中心に広く観察を続けたところ、公国軍が怪しい動きをしていることが分かりました。公国軍の人間を発見したのは地点A、E、そして……」
地点について、レフ隊長が地図を指さして教えてくれる。そのおかげで私は話について行くことが出来た。
「前回の森での索敵任務、覚えているかな。奴らは魔術狙撃手を用意して来た。今回の動きはおそらく狙撃ポイントの調査と設置だろう。次の戦いに備えてね」
「魔術狙撃手か……」
「次の戦いが正念場かもしれませんね」
正念場? 私には意味がよく分からない。
私が不思議そうな顔をしているのに気づいて、レフ隊長が捕捉してくれる。
「魔術師は広範囲、高火力の殲滅攻撃を得意とするんだ。狙撃を直に受けたお前なら分かるだろ?」
「はい、確かにすごい爆発でした」
「その威力は弓や大砲とは比較にならない。ただその分魔術師の運用にはコストがかかる。奴らが使う砲台なんかは一点もので、整備も大変なんだ。魔術師を用意して来たっていうのは、公国軍がレイブンに本気になったってことさ」
「本気……」
私は思わず唾を飲んだ。
……そういえば、うちの軍に魔術師はいないのだろうか。魔術狙撃手、という役職も初耳だ。
「うん? 魔術師は少しいるよ。狙撃ができる奴も……ま、いなくはないね」
レフ隊長から帰って来たのはそんな曖昧な返事だった。
「公国の奴らは次にどう出ると思う?」
隊長のよく通る声が会議室に響く。
「前回、セブンス軍は囮作戦に出て西側に狙いを定めて来た。奴らだって一応は知能を持つ生き物だからね。雑兵をいくら集めても僕らには勝てないと分かって、作戦を練って来たんだ。ただ、それはうちの兵士たちの必死の抵抗とここにいるエルの奮戦で阻止することができた」
レフ隊長が私の背をばしばしと叩く。視線を集めてしまって、少し気恥ずかしい。
「作戦を練り、それでも勝てないと分かった奴らはどうする? 奴らはやっと、自分たちが格下であると認識したはずだ」
「うーん、総力戦?」
「あはは、0点」
兵士の一人の呟きをレフ隊長は笑って切り捨てた。
「アロイス」
「はい。戦力で劣ると判断した者たち取る作戦は決まっています。一点突破からの大将撃破、これしかありますまい」
「その通り。まともにぶつかっても勝てないんだからそうするしかないよね」
なるほど、これが戦略……。私はふんふんと話に聞き入った。
「森林での索敵任務で狙撃手が馬鹿みたいに僕を狙って来たのも、その方針が浸透しているからだと思う」
「あれはヒヤっとしましたねー」
「お前らも気の緩みを自覚したんじゃない?」
隊長からそう吊られた兵士はバツが悪そうに視線を逸らしていた。
「西門の件で痛感したと思うけど、戦ってのは守るより攻める方が容易い。奴らの進軍を待つのは悪手だ。今度はこちらから仕掛ける。場所はここ!」
レフ隊長がびしっと地図を指す。
「レイブンとセブンス公国のど真ん中、森を抜けた向こうにある因縁の場所、エインセル市街!」
エインセル市。王国国民なら誰もが知る歴史的重要都市である。
かつては王国領に属する最北端の市であったが、セブンス公国がある時から自国領であると主張を始めて譲らなかった場所だ。
隣国は武力にものを言わせた強引な主張を続け、先代国王は争いを好まない温厚なお人柄であったためエインセルを公国領とすることをお認めになった。しかしその折に先代国王様はご病気でお亡くなりになり、正式な調印が行われないままエインセルは宙に浮くこととなってしまったのである。
後をお継ぎになった現国王陛下は何かと理由をつけて公国との話し合いを避け続け、エインセルは今でも所有者不明の土地のままだ。
それが理由となって今にも続く小競り合いが続き、市民たちはみな街を離れていった。
そうして出来たのが所有者不明の無人都市、エインセルである。
王国にとっても公国にとっても、エインセルは因縁深い場所なのだ。
「ここで奴らを徹底的に叩く」
堂々と作戦内容を話すレフ隊長からは、経験から来る自信が感じられる。これが希代の戦略家と呼ばれるレフ隊長の顔。
「そんなに上手くいくかぁ? あそこは色々と面倒だろ」
「奴らが釣れるかどうか、五分五分って所だろうな」
「大丈夫、手は打ってある。これを見越して奴らにはプレゼントを贈っておいたからね」
プレゼント?
「また隊長の悪い癖が出たよ……」
私には意味が分からなかったけれど、第一小隊の皆さんは訳知り顔で納得していた。
「そこでエル。今度もお前に僕の護衛を任せる」
「はい、護衛……えぇっ!?」
今度も!?
だって前回私が護衛を務めた時、私は酷い怪我をして最後には気を失ってしまった。とても上手く勤め上げたとは思えない。
「僕では……不適格だと思います。もっと頼りになる人がいいと……」
私を信じてこう言ってくれているのかもしれない。それは本当に嬉しい。でも、また私のせいで今度こそレフ隊長に怪我をさせてしまったら……。
「僕の判断に不満があるの? お前、僕より頭が良いつもり?」
「まさか! そういう訳じゃなくて、ただ……」
「あんまり虐めちゃだめっすよー」
「そうですよ隊長。前のことを気に病んでるって見りゃ分かるでしょ」
他の隊員の方がフォローを入れてくれた。
「自分でどう思っているかは知らないけど、お前は任務中一人で僕を守り切り、仲間の到着まできっちり時間を稼いだ。もちろん怪我をしたのはいただけないけど、任務を果たして僕の信頼に応えたんだよ?」
「それは……」
「ま、お前に足りない所があるのは分かってる。狙撃の対策も知らないし、何より戦い方が捨て身過ぎるね。それは作戦までになんとかしよう。僕が稽古をつけてやるよ」
「隊長が?」
レフ隊長が私の目を覗き込む。
「僕はお前の何に代えても役目を果たそうっていう、その心意気を買っているんだ。お前なら任せられるって思ってるよ」
「……隊長……!」
隊長がこんなにも私を信じてくれているのに、私はただ自信がないという理由でそれを断ろうとしてしまった。そうだ、私だってもう第一小隊の一員なんだから、そんな甘えたこと言ってる場合じゃないんだ。
「僕が間違ってました。やります! やらせてください!」
「うんうん。最初からそう言えば良いんだよ」
「私は」
話がまとまったかに思えたその時、待ったをかけたのはアロイス様だった。
「私は反対です、殿下。実力は置いておいても、まだ実践経験の少ないエルには荷が勝ちすぎる。作戦までそれほど日はない。彼の不足は付け焼き刃の訓練で補えるものではないと考えます」
アロイス様は冷静に反対意見を述べる。おっしゃることは全てその通りで、私には反論のしようがなかった。
「…………」
「殿下、どうかお考え直しください。エルはまだ怪我も完治しておりません。今回の作戦に行かせるべきではありません」
「それってさぁ、第一小隊副隊長としての意見?」
「は、それはもちろん……」
「ふぅん」
殿下は意味ありげに笑う。
「判断は変えない」
「殿下!」
「今のお前と議論するつもりはないね。どうしてもって言うなら夜にでも、頭を冷やしてから来な」
何故だか殿下とアロイス様の間に険悪な空気が流れたような気がした。
私のせいなの……? 私が頼りないからこんな空気になっているの……?
ひりついた空気の中でミーティングは終了した。
◆
「あの、アロイス様のことなんですが……」
ミーティングが終わり人がまばらになった頃、私はたまらずレフ隊長に話しかけた。
アロイス様は何やら思い詰めた表情でいの一番に会議室を出て行ったので、今はいない。
「あいつのことは気にしなくていいよ。何やら今は冷静じゃないみたいだけど、頭の良い男だから。そのうちきちんと話も出来るだろう」
「あの、ごめんなさい、僕が頼りないから……。でも訓練を精一杯頑張って、アロイス様にも認めていただけるよう頑張ります。だからよろしくお願いします!」
「あいつのはそういうんじゃないと思うけど……」
「え?」
一体何なんだろうね、と言いながらレフ隊長は私を見る。何?
「ううん、そうだね。お前が経験不足なのは変えようのない事実だ。頑張ろう」
「はいっ!」
作戦までにレフ隊長が鍛えてくれるという。とっても頼もしい。頑張らないと。
「それでさぁ、お前って自分の武器を持ってないだろ?」
「はい。今は武器庫にあった古い大剣をお借りしています」
「そろそろお前に合ったものをあつらえようと思って、もう注文してあるんだ。明日、街まで受け取りに行ってくれば?」
「本当ですか!?」
私に合った剣。私専用の剣……!
「あっ、でも、結構高いものですか?」
お金は一応用意できないではないけれど、「エル」が大金を用意するのはおかしいだろう。かと言ってどうすれば……。
「魔術剣士であるお前用の特注品だから、まぁまぁね。出世払いで良いよ」
「隊長……!」
隊長からかけられた恩は数知れない。少しずつお返しして行きたいと思っているけれど、返し切れる日は来るのだろうか。
「街にはまだ行ったことがないだろ? そうだ、アロイスと行ってくれば」
「アロイス様とですか?」
「ついでにあいつの話を聞いてやってよ。この頃様子がおかしいんだけど、僕には話そうとしないからさ。お前なら話しやすいだろう」
「そうでしょうか……」
私はどちらかというと口下手で、相談役に向く相手ではないと思うけれど。
「エルは聞き上手な方だと思うよ。僕もお前と話していると、ついつい要らないことまで言っちゃうからね」
「そうなんですか?」
隊長がそんな風に思ってくれているなんて知らなかった。
「でもアロイス様、今は僕のことをあまりよく思わないのでは」
「そんなことないよ。決まり。アロイスもついでに休みにしておくから、二人で行っておいで」
隊長の計らいで、アロイス様とのお出かけが決まった。
私専用の剣、楽しみだな。
◆
「へー! ミーティングに参加したのか。お前ももう立派な第一小隊のメンバーだな」
「えへへ……」
会議室から訓練場へ戻る途中にグランと合流し、二人で歩く。グランは第一小隊での話を色々と聞いてくれた。
「はじめて会った時は、まさかこんなことになるとは思わなかったな。嬉しいぜ、弟分が出世するのはな」
「ありがとう。第五分隊のみんなはどう? 怪我はもう治ったんだよね」
「あぁ、治療魔術もかけてもらってみんなピンピンしてるぜ。毎日うるさいくらいだ」
「そうなんだ。それなら良かった」
「夜には大体集まって酒飲んでるからさ、顔出しに来いよ。みんな喜ぶぜ」
「うん。いつか絶対行きたい」
喋りながら歩いていると、どんと肩がぶつかった。どうやら前から歩いて来た人との距離を計りかねてしまったらしい。
「ごめんなさい」
「チッ、浮かれてんじゃねぇよ」
どこか見覚えのある人だっだ。髭をたくわえた男の人で、雰囲気のある顔立ちをしている。
「おい、今わざとぶつかったろ!」
グランがそう言うけれど、男の人は無視して立ち去ってしまった。
「ジェフリーだ。あいつ、なんでか知らないけどお前を敵視してるんだよ」
「ジェフリー……」
あぁ。私がレフ隊長から第一小隊にスカウトしていただいた時に、強く反対していた人だ。
「気にするな。何かあったら言えよ」
「ありがとう。グランがいてくれて、すごく助けられるよ」
「そういうことをいちいち言うなよな」
グランは照れてわざと不機嫌な顔を作った。