借金してないのに女弁護士さんが過払い金請求したら大金が返ってくることになった
見るからに冴えない青年と、美しい令嬢がレストランでパスタを食べていた。
佐々木優斗と竜宮寺麗香。
優斗は一人暮らしの大学生。学費はアルバイトで稼いでいる。一方の麗香は日本有数の大企業である「竜宮寺グループ」総帥の一人娘。
明らかに格差がある二人であるが、麗香の方が優斗に惚れ込んで恋人同士になったという経緯がある。
きっかけはバスの乗り方が分からない麗香を優斗がエスコートしたという、実に単純なものなのだが。
「パスタ、美味しかったですわね」
「ええ、本当に」
「今日は私が奢らせて頂きますわ」
「いや、それはダメです。僕は麗香さんからお金の助けは受けないと決めてますので」
「まぁっ、さすが優斗さんですわね」
「自分の食事代を払うだけでさすがとまで言われると恐縮しちゃいますね」
優斗はバイトがあるので、二人はここでお別れ。
麗香は老執事である鯛野が運転するリムジンで帰宅する。
麗香は何かと優斗に援助をしたがっているが、優斗はきっぱりと断る。麗香はそんな優斗が好きであったが、己の得意分野である財力で彼の力になれないのがもどかしくもあった。
***
ある休日、優斗が自宅のアパートでくつろいでいると、ベルが鳴った。
優斗がドアを開けると、
「初めまして」
赤いハイヒール、紺色のスーツ姿で、眼鏡をかけた女が立っていた。いかにもキャリアウーマンといった引き締まった雰囲気である。
「……初めまして」
「佐々木優斗さんですね?」
「そうですが……」
「私、弁護士の北野と申します」
「弁護士さんが僕になんのご用でしょう?」
「佐々木さん、あなたに過払い金があると発覚しました」
「過払い金……?」
「ええ。一応説明いたしますと過払い金というのは、借金をした方が払いすぎてしまったお金のことです」
これに対し、優斗は――
「ええと……僕、借金なんて一円もしてないんですけど」
すると、北野は待ってましたとばかりに回答する。
「ところが今、全く借金してない方が過払いしてしまってるケースも増えているんですよ。専門用語で“無自覚過払い金”と言うんですけどね」
「はぁ……」
「というわけでさっそく参りましょう」
「参りますってどこへ?」
「決まってるでしょう。過払い金を取り戻しにですよ」
半ば強引に、優斗を連れ出す北野。
優斗の手を掴んだ時、彼女の耳はほのかに赤くなっていた。
***
リズミカルにハイヒールの音を奏でつつ、どこかに向かう北野。
「あの、えぇと……北野さん」
「何かしら?」
「僕らはどこに向かってるんでしょうか?」
「金貸し業者のところよ」
「でも僕、さっきも言いましたけど借金なんて……」
「いいから来るのよ! 絶対取り戻してあげるから!」
有無を言わさぬ迫力の女弁護士に、優斗はついていくしかなかった。
***
「あそこだわ」
雑居ビルに看板がある。
『骨乃髄ファイナンス』。闇金丸出しのネーミングである。
「入るわよ」
「あんなところにですか?」
「そうよ」
全く物怖じせず、ビルの階段を上がる北野。優斗もその後をくっついていく。
「さ、悪徳金貸しと勝負よ」
ノックもせず、『骨乃髄ファイナンス』に入る二人。
中には白髪頭でサングラスをかけた、ガラの悪そうな男がいた。彼がファイナンスの社長だろうか。
「これはこれは……カップルでおいでとは珍しい。金を借りにきたんかぁ?」
「カップルだなんて……」
一瞬北野は笑顔になってしまうが、すぐ顔を引き締める。
「あなた、こちらの佐々木さんからずいぶん過払いを受けているようね」
「へっ、なんのことだか」
肩をすくめる男。
「とぼけないで。調べればすぐに分かるのよ!」
「なんだと!?」
北野はリモコンのような装置を取り出すと、なにやらボタンを打ち込み始めた。
そして――
「まぁっ、この機械で調べたら過払い金が100万円もあるわ!」
「なっ!?」
「さあ、今すぐ佐々木さんに返しなさい!」
「わ、分かったよ……バレちまったらしかたねえ。払うよ……」
社長は金庫から100万円の札束を取り出すと、北野に手渡す。
「くそっ……とんだ出費だぜ!」
「自業自得よ。訴えられないだけありがたいと思いなさい」
見事過払い金を取り戻した北野。笑顔で優斗に振り返ると、札束を差し出す。
「おめでとう。あなたの過払い金よ。受け取りなさい」
「あの……」
「さあ、早く受け取ってちょうだい」
「その……」
煮え切らない態度の優斗。北野もつい声を荒げてしまう。
「なぜ受け取らないの!」
「さっきも説明したように、僕借金してませんし……」
「だからさっき説明したでしょう。借金してなくても過払いしてるケースがあるって――」
「やめましょう、麗香さん」
“麗香”と呼ばれ、北野は愕然とする。
「な、なぜバレてしまったの!?」
白を切る余裕もなく、あっさりと認めてしまった。
「いやそりゃあ……バレますって。そっちの社長さんは執事の鯛野さんですよね?」
『骨乃髄ファイナンス』社長――ではなかった鯛野がニコリと笑う。
同じく弁護士の北野ではなかった麗香が言う。
「いつから……気づいてましたの」
「申し上げにくいんですが……最初からです」
「最初から!?」
「いくら変装しても顔は同じですし、声も同じですし。気づきますって」
ため息をつく優斗。
「僕にお金をあげたくて、こんな芝居をしたんですね? 雑居ビルの一室を借りて、鯛野さんに変装をさせてまで……。さっきの妙なリモコンもデタラメな装置でしょうし……」
「そう……ですわ」
全てを看破されていた麗香は、力なく返事した。
「いつも言ってるでしょう。僕は麗香さんから金銭的な援助は受けないつもりだって」
「でも……でも! 私はお金しか取り柄のない女……お金を受け取ってもらえないと、私なんてあなたの役に立てない!」
「何を言ってるんですか」
優斗は麗香をそっと抱き寄せる。
「僕は麗香さんがそばにいてくれたら、それで幸せなんですよ。お金なんて関係ない。だから……そんなこと言わないで下さい。悲しくなります」
「ああ……」
優斗にしなだれかかる麗香。
「麗香さん? ……あの、麗香さん!?」
話しかけても動かない。恍惚とした表情のまま、フリーズしてしまっている。
「麗香さん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫……ですわ。ああ、幸せすぎて……たまりません……」
この様子を見て、鯛野は優しく微笑んだ。
「どうやらお嬢様はたっぷりの愛情を過払いされてしまったようですな」
おわり
読んで下さりありがとうございました。