第八話 爆撃効果
ここから第二話の時点に時間が戻ります。
■1945年3月26日 沖縄西方
第58任務部隊
旗艦 空母バンカーヒル
「なんたる失態だ!」
普段は温厚なミッチャー中将が珍しく声を荒げた。
慶良間の第77歩兵師団と第54.2任務隊を砲撃した戦艦はすぐに見つかった。それは沖縄南部、浦添の海岸に堂々と停泊していた。憎たらしい事に今も砲撃を続けている。
米軍にとって、その戦艦は突然その場所に現れた様に感じられた。まるで魔法を使われたようなものだった
「我々の厳重な哨戒を掻い潜って敵戦艦が来られるはずはありません。つまり以前からこの場所に居たと思われます」
幕僚の一人が意見を述べた。
米軍は昨年9月頃から何度も沖縄を航空偵察し、その偵察結果に基づいて爆撃を行っている。爆撃目標はインフラ設備や軍事拠点だけでなく、庁舎や学校など防衛拠点になりそうな建物にまで及んでいた。
だから戦艦など絶対に見逃すはずがなかった。
三日前に沖縄を空襲した際にも、そこに戦艦がいたという報告は無かった。ただ以前には無かったコンクリート製と思われる建築物の存在が報告されていた。
当然、その建築物も爆撃し、破壊した事になっている。
「おそらく、この破壊した建造物は戦艦を隠すための擬装だったのでしょう。我々の確認が甘かったようです」
別の幕僚が今朝撮られた写真を示す。それを見る限り問題の建造物は激しく破壊されていた。
だがよくよく見れば飛び散った破片は只の木片で、その下に何か重厚な物体があることが見て取れる。
「つまり我々は、日本軍に一杯食わされたのです」
■浦添海岸 南西20キロ上空
TG58.1攻撃隊
ミッチャー中将は神風攻撃で損傷し後退したワスプを除く第58.1任務群のすべての空母(ホーネット、ベニントン、ベロー・ウッド、サン・ジャシント)に出撃を命じた。
総勢およそ150機の攻撃部隊が浦添の海岸に接近する。いつも通り敵迎撃機の姿は無い。
「あれか……」
TBMアベンジャー雷撃機の通信席から攻撃隊の指揮をとるコナード中佐が前方の海岸に黒い塊を見つけた。どうやらあれが問題の戦艦らしい。
彼は目標をじっくり確認しようと前方を覗き込んだ。その時そこに9つの巨大な火球が発生した。
「敵戦艦、発砲した!」
およそ20秒後、攻撃部隊の前方に白い煙の傘が開いた。それに触れた数機が白い煙を吐いて編隊から落伍していく。彼はその光景をフィリピンの海戦で目撃していた。
「リーダーより各機、編隊を開け!敵の対空砲弾だ!密集しているとやられるぞ!」
コナードの指示で攻撃部隊は間隔をあける。このため2度目の砲撃では2機が脱落しただけに留まった。
■戦艦武蔵 昼戦艦橋
「やはり三式弾は相手が散開してしまうと効果は低いですね……事前の射表が使えなくなるのも痛いです。副砲も当たる気配がありません」
撃墜できた敵機は5機ほどだろうか。越野砲術長が冷静に状況を分析する。彼我の距離と速度から主砲の対空射撃は2回が限度だった。
射撃方位盤が故障したままなので陸軍の観測を元に予め作成した射表に基づいて射撃を行っている。
精度自体は自前でやるよりむしろ高いようだが相手の動きの変化が速い場合は対応できない欠点があった。
「予想どおりではあるがね」
猪口は副砲の対空射撃もやめさせると、防御指揮官の工藤大佐を見た。
「工藤君、敵の爆撃開始とともに外の機銃は適時攻撃してよい。事前の方針を守る事だけ注意してくれ」
そして猪口は艦橋に居る全員に向かって言った。
「さて我々もそろそろ司令塔に入ろうか。これからキツクなるぞ」
去り際に猪口は敵編隊をもう一度睨んだ。口角が獣の様に吊り上がる。
「さあ、好きなだけ攻撃するがいい。こっちは痛くも痒くもない。もう沈むことはない。今度はそちらが己の無力さを思い知る番だ」
■戦艦武蔵 上空
TG58.1攻撃隊
敵の迎撃機は相変わらず姿を見せない。敵の対空砲火も沈黙している。このためコナードは攻撃前に敵戦艦を今一度じっくりと観察した。
その戦艦は海上に停止していた。いや海上ではない。よく見れば居るのは完全に陸上である。
ご丁寧なことに戦艦の海側には防波堤のようなものまで築かれている。その外には水深の浅い珊瑚礁の海が広がっている。
おそらく元は座礁着底した戦艦なのだろう。遠浅の海と防波堤で雷撃は不可能であるし、仮に行っても着底しているのでは効果は全く見込めない。
煙突の煙もほとんど見えず対空砲火も沈黙したままなので、既に深刻な損傷を負っているのかもしれない。ならばここで止めをさしてやるだけだ。
「リーダーより各機。あの状況では雷撃はできない。魚雷装備のVT(雷撃機部隊)は残念だが帰艦しろ。VF-45が護衛につけ。各VB(急降下爆撃機隊)と爆装のVTは攻撃開始。相手は固定目標だ。一発たりとも外すな!死にかけ野郎に引導を渡してやれ!」
コナード中佐の指示で攻撃隊は散開する。帰投していくアベンジャー雷撃機を見送りながら、彼は全ての雷撃機に1000ポンド爆弾を積んで来させれば良かったと後悔した。
■戦艦武蔵 周辺 機銃陣地
「目標、左45度爆撃機群!打ち方はじめ!」
艦の周辺に配置された機銃陣地が擬装網を取り払い射撃を開始した。
射撃指揮装置は接続されていないので目視照準ではあるが、敵機の撃墜を目的としていない。
空を飛ぶ航空機からの攻撃は自由なようで意外とそのルートが限定される。このため各機銃陣地は敵の攻撃を邪魔するような射線を形成するように配置され、射撃範囲も決められていた。
敵の攻撃を妨害するという目的においては、艦上に配置されていた時より効果的であった。
■TG58.1攻撃隊
急降下爆撃隊は小隊ごとに降下に移った。その時になって初めて、敵艦の周辺から対空射撃が開始された。
慌てて回避した事で爆撃の照準がずれる。その結果、多くの爆弾が命中することなく周辺に土煙をあげるにとどまった。だがそれでも投下される爆弾は多い。次々と敵戦艦の上に爆発が起こる。
その様子をコナードは冷静に観察していた。
「リーダーより各機、敵の抵抗は微弱だ。VTは落ち着いて水平爆撃しろ。VF(戦闘機隊)は周辺の機銃陣地を銃撃して潰せ」
■戦艦武蔵 司令塔
「ハハハ……わかっちゃいたが、これは手荒くキツイな」
猪口が壊れたように笑った。
次々と爆弾が命中し爆発が艦を揺さぶる。厚さ500ミリの装甲で覆われた司令塔の中は安全だが、周囲からは何かが破壊される音がひっきりなしに聞こえてくる。
「艦首甲板に被弾」
「右舷射出機に被弾」
「左舷中央に被弾2!第二兵員室に火災発生!」
次々と損害報告が入ってくる。そして司令塔の上の方からも轟音が聞こえた。
「どうやら艦橋にも命中弾があったらしいね。上に居たら今頃みんなお陀仏だったな」
「ハハハ……そのようですね」
加藤副長がひきつった笑いで答える。
その後さらに数分間。敵の爆撃は続いた。
■TG58.1攻撃隊
数分後、すべての攻撃が終了した。敵戦艦には火災が発生していた。周囲も爆煙で覆われている。
コナードは煙が薄れるのを待って戦果を確認した。
「少なくとも10発の命中を確認。敵艦の甲板に破口。火災が発生している」
今回の攻撃では合計30機が投弾している。つまりその3分の1が命中した事になる。
静止目標に対しての成績としてはあまり良ろしくはない。デブリーフィングではこってり絞る必要があるだろう。だが結果をみれば十分な効果はあったようにコナードには見えた。
「敵戦艦の破壊を確認」
彼は司令部に攻撃成功を報告すると、攻撃部隊に帰投を命じた。
■第58任務部隊
旗艦 空母バンカーヒル
「どうやら無事、破壊できたようですね」
攻撃隊からの報告を受け、幕僚の一人が安堵のため息をついた。これで上陸作戦を再開できる。
「安易に判断するな!すでに我々は一度失敗している。もう二度と失敗は許されんのだぞ。それを肝に命じろ」
幕僚達をミッチャー中将が怒鳴りつける。そして念を入れて再攻撃を命じた。
今回は命中率を考慮して急降下爆撃のみの編成であったが、その代わりに前回の倍の数を送り出していた。
さすがにこれで大丈夫と確信したミッチャーは、スプルーアンスに目標破壊成功の報告を送った。
これが安易な判断であった事を彼は後に激しく後悔する事となる。
■戦艦武蔵
「本艦に命中した爆弾は合計で24発です。主砲塔にも合計4発の命中弾がありましたが砲身・砲塔ともに被害は有りません。装甲区画で上甲板を抜かれたの3カ所のみです。中甲板以下にはほとんど被害はでておりません」
加藤副長が損害集計を報告する。
戦艦武蔵は二度の空襲を見事に耐え抜いていた。
「まったく、シブヤン海では余程に運が悪かったようだね」
猪口が苦笑する。
あの時はわずか一発の爆弾で大損害を受けてしまった事を彼は思い出していた。
あれが無ければもっと戦えただろうが、その代わりに今頃はシブヤン海の底だったかもしれない。運とは分からないものだと猪口はつくづく思った。
「はい、誠にそのようですね。それと射撃指揮所と第二副砲が破損。こちらはもう使えないでしょう。兵員は敵の爆撃前に艦内に退避させていたため死傷者はいません。至近弾が海岸の連絡通路上にも落ちましたがこちらも損害なし。今までどおり第32軍と連絡、通信ともに可能です」
傍目には武蔵は廃艦同然となっていた。
艦橋上部は大きく抉れ、マストは崩れ落ち、艦尾の射出機とクレーンは奇妙に曲がりくねったオブジェと化している。甲板に施されたコンクリート装甲も砕け散り、一部の穴からは今も煙が立ち上っている。
これ程の被害にも関わらず、艦内に死傷者はほとんど無かった。
甲板の破口に見える部分もほとんどはコンクリート装甲と甲板材が吹き飛ばされただけである。その下の装甲は無事だった。
外に展開していた機銃分隊には敵戦闘機の機銃掃射で被害も出ていたが、塹壕と土嚢で保護されていたため、想定よりは死傷者は少なく破壊された機銃もない。
そして肝心の主砲はいずれも無傷だった。
すべての主砲塔が被弾していたが、いずれも爆弾を弾き返している。受けた被害は砲塔内部の照明が落下したくらいである。
砲身付近の甲板にも被弾したが、爆弾の爆風や弾片程度で46センチ砲の発射に耐える砲身がどうにかなる訳もない。
つまり、現状はまさに猪口の計画どおりという訳だった。
「まあ想定の範囲内だね。主砲発射の妨げにならない限り上辺の瓦礫撤去も修理も必要ないよ。このまま死んだふりして敵の油断を誘おうか」
そう言って猪口はいたずらっぽく笑った。
もう沈まない、主砲以外は要らないので、被弾上等、バッチコーイです。
史実でもソ連戦艦ペトロパブロフスクの様に着底した戦艦というものは非常にしぶとい、敵からみれば厄介極まりないものになります。
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