第十九話 強行突破
■1945年6月10日 夜
揚陸指揮艦 パナミント
第10軍団 司令部
「明日中にあの戦艦を落とせ。いかなる犠牲を払っても構わん。必ず占領しろ」
現状を報告したライズマン少佐にガイガー少将が告げた。
意図的に抑えているのか、その表情からは感情を読み取れない。
「はい。しかし少将、敵は閉じこもっているだけです。現状では無理に攻めても損害が嵩むだけです。放置して自滅を待つのが得策だと考えます。我々はただ待つだけで良いのです。それで目的は達成されます」
上官の無茶な要求にライズマンは理性的に反論した。二人は黙って睨みあう。
「……すまない。たしかに酷い命令だと私も理解している。だが時間が……時間が無いのだ」
数秒後、耐え切れなくなったガイガーが目を逸らした。そして絞り出す様に口を開く。
「時間?」
「先日にソ連が参戦し、昨日には日本に対して降伏勧告が出された事は知っているな?」
ライズマンは黙って頷く。
「おそらく日本は今日明日中に降伏する。そう出来る様な勧告内容になっている」
「ならば猶更、我々は待つだけで良いのではないでしょうか?」
ライズマンは余計理解できないという顔をした。
「それでは駄目なのだ。それでは我々海兵隊の功績にならない。戦後に海兵隊が胸を張って存続するためにも、明確な証が、あの戦艦を我々の手で落とし手に入れる必要があるのだ。無茶な話なのは十分承知している。だが理解してほしい」
そう言ってガイガーは表情を歪めた。
「少将、そういう理由ならば理解しました。未来の海兵隊の礎となるよう努力します」
ライズマンは踵をそろえると教官でも見惚れるような敬礼をした。
■1945年6月11日 午前2時
戦艦武蔵 第二船倉
Dirty Dozen中隊
日が変わってから武蔵に戻ったライズマンは、中隊幹部と各小隊長を起こして事情を説明した。
「つまり自分たちに死ねという事ですか……」
「数で押そうにも、あの機銃は一度に何人も貫通します。無理押しも出来ません……」
「盾で防ごうにも、あれを弾く鉄板など重すぎて兵士は持てません……」
「あの通路を進むのは自殺行為以外の何物でもありません……」
当然ながら異口同音に反対意見が続出する。
「やはりあの通路は使えません。別の攻略法を考えるべきです」
「別と言っても、どこを進むんだ!あの通路以外に道はないんだぞ!」
「では黙って穴だらけになれと言うのか!」
そしてついに小隊長同士で口論が始まった。
激高した一人が部屋の壁を殴りつける。厚さ数ミリほどある隔壁の鉄板が太鼓のような大きな音を立てた。
「別の道……穴……」
それを見たライズマンは何か思いついたような気がした。
見回すと敵の機銃で穴だらけになった通路端の壁が目に入った。そこはこれまでの銃撃で人が通り抜けられる程の穴が空き、壁向こうの機関室が見えている。
「なんだ。そうか……道が無ければ作ればいいじゃないか。ハハハハハ……」
突然笑い出したライズマンを見て皆が唖然とする。一人の小隊長が恐る恐る尋ねた。
「あの、少佐……道を作るとは?」
笑い過ぎて出た涙を拭いながらライズマンは穴だらけの通路端の壁を指さした。
「あの通りだ。この壁の鉄板は分厚いが穴が開かない訳じゃない。小銃では無理だが爆薬なら穴があくだろう。ここから!」
そう言ってライズマンは足元を指さす。そして勢いよく敵陣地のある方向の壁へ腕を振った。
「ここから敵の部屋まで、壁を全部ぶち抜く。敵の機銃は2丁きりだ。ここと通路の反対側の部屋と2方向から穴を開けていこう。そうすれば敵は対処できない。さあ、爆薬を用意しろ!朝までに道を完成させるぞ!」
■1945年6月11日 午前4時
戦艦武蔵 第二船倉
戦闘指揮所
深夜に鳴り響いた爆発音に部屋の全員が目を覚ました。
「何があった!」
飛び起きた猪口艦長が叫ぶ。
「どうやら敵が向こうの10番罐室で何かを爆発させた様です」
すぐに状況確認から戻ってきた加藤副長が報告した。
「罐室で爆発?なにか暴発でもさせたのか……?」
考え込む猪口らの耳にまた別の爆発音が聞こえてきた。
「今度は先ほどの向かいの9番罐室だそうです。連中、なんかやっている様です」
「とにかく様子見するしかないな……とりあえず不寝番を増やせ。何かあったらすぐに報告しろ」
だが猪口らが寝ている暇は無かった。その後も爆発は続き、次第にそれは彼らの立て籠もる戦闘指揮所に近づいてきたのである。
更にどこから持ってきたのか溶接機の音もするようになっていた。
今や米軍がやっている事は明白であった。
「艦長、これはどうにもなりません……敵は左右の罐室に分かれて隔壁を爆破しながら進んできています。中央通路の防衛も必要ですから機銃が足りません」
猪口らにこれを防ぐ手立てはなかった。
その時、通信長が駆け寄ってきた。
「連合艦隊司令部より通達です。本日8時のラジオ、および通信を必ず聞くようにとの事です。沖根、第32軍の方にも同様な指示が届いています」
「艦長、これは……」
猪口らは顔を見合わせる。彼らは何となく8時に伝えられる内容の予想がついていた。
「8時まで隔壁は保ちそうにないな。すこし時間稼ぎが必要か」
そう言って猪口は通路の機銃陣地に向かった。
■1945年6月11日 午前4時
戦艦武蔵 第二船倉
Dirty Dozen中隊
「こちらはこの戦艦の艦長、猪口少将だ。そちらの指揮官と少し話がしたい。よろしいか?」
以外に流暢な英語の問いかけにライズマンは驚く。
「私が指揮官のライズマン少佐です。少将、どのようなご用件でしょうか?」
おそらく時間稼ぎだろう。
そうとは分かっていたが、相手の指揮官と一度は話をしてみたいと思っていたライズマンは会話に応じる事にした。
二人は互いに顔を見せずに声だけを交わす。
「答えてくれて助かったよ。このまま無視されたらどうしようかと思っていた所だ」
そう言ってイグチとかいう敵の指揮官が笑う。
意外とまだ余裕があるのか、それとも捨て鉢になっているだけなのか……判断に迷う。
もし自爆の用意でもしているのなら、すぐに退避する必要があるなとライズマンは思った。
「少将、御覧の通り、こちらも忙しいので出来れば手短に願います」
「ありがとう少佐。では単刀直入に。君たちが何をしているか我々も予想がついている。見事な作戦だ。正直言って、こちらに手の打ちようが無い。おそらく日の出前にも君たちの勝利で片が付くだろう」
「少将、手短に願います」
「ああ、すまない。あまりに君たちが見事なものでね。実は折り入ってお願いがある。最後の攻撃を待ってもらえないかな。朝の8時半まででいい。その時間を過ぎたら君たちの好きにして構わない」
「我々に何のメリットも無い気がしますが。我々は多くの仲間をここで失っています」
「それは我々も同じだ。軍人だから仕方ない事だろう……もし待ってくれるのなら自爆しないと誓おう」
やはり自爆の準備をしていたか。ライズマンは冷や汗をかいた。
しかし新たな疑問がわく。なぜ正直に警告してくる?なぜ時間を区切る?
「少佐、君が何を考えているか分かるよ。わざわざこちらが言う理由が分からないんだろう。理由は我々と君たちの政府だ」
政府だと?どうやらガイガー少将の話と繋がってきそうだ。もしかしたら、これ以上は血を見なくても済むかもしれない。
ライズマンはイグチ話を聞くことにした。
「……続けてください」
「朝の8時に日本政府から放送と通信がある。おそらくその内容は私や君が予想している通りのものだろう。だが今の時点では我々自身で進退を決める事ができない」
「もし降伏を考えておられるなら今すぐに願います。実は我々は日本の降伏前にここを落とすように厳命されております」
「それは困ったな。それなら我々はもう自爆するしかない。ならば8時の放送を聞いた後で、その前に降伏したという事にしてもいいよ。それでどうかな?」
またイグチが笑った。いたずらっ子の様な笑い声だった。
「それでは少将の不名誉になるのでは?」
死守命令でもない限り部隊の降伏は指揮官の判断に委ねられる。だが独断での降伏はどこの軍隊でも軍人のキャリアとして褒められるものでない。
「それなら心配ないよ。組織がいずれ無くなるんだ。名誉なんてもう関係ない」
またイグチが笑う。今度は声に寂しさがあった。
「……要求は理解しました。こちらも上官に相談する必要があります。少しお待ちください」
これは自分では判断できない。
ガイガー少将に確認する必要がある。ライズマンは司令部に敵の要求を伝え相談する事にした。
■1945年6月11日 午前4時
戦艦武蔵 第二船倉
戦闘指揮所
「なんとか時間稼ぎは出来そうだよ」
交渉から戻ってきた猪口が笑う。
「艦長、自爆とは……?」
会話を聞いていた加藤が不安げに尋ねる。
「嘘っぱちだよ。自爆しようにも、ここには爆薬も何も無いじゃないか」
猪口はケラケラと笑った。
「そりゃそうですね。安心しました」
話を聞いていた他の幹部らもホッとした表情を見せる。
しばらくして敵の指揮官から、要求どおり8時半まで待つとの回答がもたらされた。
そして8時、ラジオ放送とモールス通信で日本がサンフランシスコ宣言を受け入れ降伏するとの通知が全世界に向けて行われた。
それと同時に各部隊に対して戦闘停止が命ぜられた。ただしソ連に対する防衛戦闘は対象外とされている。
それにまだ日本各地や海外拠点には降伏を受け入れない部隊が多数あった。これが落ち着くのは4日後の玉音放送を待つ事になる。
だがここ沖縄では戦艦武蔵だけでなく第32軍、沖根、そして米第10軍団も完全に戦闘を停止していた。
これをもって戦艦武蔵の戦いは全て終結した。
ついに武蔵は降伏してしまいました。
元々、勝ち目のない戦いだったので艦内戦闘では二日も保ちませんでしたが、米軍にとっては予想外に粘られた形となりました。
次話は終戦後とその後の様子になります。
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