第十一話 北部上陸作戦
■1945年4月4日 沖縄西方
揚陸指揮艦パナミント
第10軍司令部
「もう我々は海軍に何も期待しない。何ひとつもだ」
バックナー中将の怒りを押し殺した言葉に、海軍側の将官は返す言葉も無かった。
上陸作戦のスケジュールは大きく遅れていた。損害も多い。
2個師団の司令部が有能な指揮官とスタッフもろとも失われた。連日の神風攻撃も防げず被害が続出している。
そもそも未だに泊地の確保すら出来ていない。
たった一隻の戦艦のせいであるが、すべて海軍の失態だった。
状況を挽回するため陸軍は沖縄北部への上陸を提案していた。
問題の戦艦の砲弾もそこまでは届かない。それに日本軍もそこに兵力を配置していないため作戦は何も問題ないと思われた。
この作戦の第一の目的は、とにかく少しでも作戦成果を挙げる事である。
先月、硫黄島が攻略された。だがここ沖縄では未だ何も得られていない。
つまり作戦全体を預かるバックナー中将は早急に戦果を必要としていた。
また別に切実な問題もあった。早急に兵士が休める場所を得る必要があったのである。
泊地として利用するはずだった慶良間諸島を得ていない事で、波の荒い外洋で輸送船に詰め込まれたままの陸軍兵士の疲労とストレスは既に限界に達していた。
当然、海軍に反対なぞ出来るはずもない。作戦はすんなり了承された。
その一週間後、米軍は沖縄北部の名護および伊江島に上陸した。
奇しくもその翌日、これまで戦争を主導してきた米国ルーズベルト大統領が急死した。
■1945年4月11日 戦艦武蔵
敵上陸の報はすぐに戦艦武蔵にも届けられた。
「名護か……残念ながら本艦の射程外だな」
今日もまた直接この艦に来ている八原大佐からその報告を聞いた猪口は悔しがる。
現在米軍は伊江島と本部半島を制圧し、島の北部へ侵攻中との事だった。
だが八原にそれほど悲観した様子はない。
「問題は無いであります。元々この戦艦の射程を元に防衛を計画しておりますので名護以北には兵力を配置しておりませんでした。伊江島の飛行場も破壊してあります。すべて想定内であります」
事実、今回の上陸作戦では戦闘が発生していないため、米軍は無血上陸を果たしている。
「だが住民は居るのだろう?」
「はい、本土への疎開とあわせて、実は島北部への疎開を進めておりました。島の南部が主戦場となる見込みでありますので……一応、住民らには敵が来ても抵抗するなと伝えてはあります。米国は文明国でありますから、酷い事にはなっておらんと信じたいです……」
八原は少しだけ顔を曇らせた。
「これから敵はどう出るかな?島伝いに本艦の射程ギリギリ手前までは来るかと思うが……」
猪口が今後について予想するが、それは現地を知る陸戦の専門家の予想とは大きく異なっていた。
「はい閣下、おそらく敵は北からは侵攻して来ないと予想するであります」
「なぜ?」
その答えに猪口は不思議そうな顔をする。
「この辺りと違って島の中央から北部にかけては山がちな地形となります。名護からこちらに来るには国頭街道(現在の国道58号線)を使うしか有りません。山の迫った海岸沿いの細い道なので、とてもでないが大軍は使えません」
沖縄は北部と南部で地形が大きく異なっている。
戦艦武蔵や第32軍のある那覇周辺は隆起珊瑚礁が元になった平坦な地形となっているが、中央から北部にかけては列島構造線のため高く急峻な山が連なっている。
このため北部と南部の地上の行き来は古来より困難であり、国頭街道が全線開通したのも戦争直前の1937年になっての事だった。
「ならばどうして連中はそんな意味のない所に上陸したんだ?」
猪口はさらに不思議そうな顔をした。
「ひとつは面子でしょう。まだ敵は何の成果もあげておりません。先日、硫黄島が陥落しました。だからこちらの指揮官も成果を欲したのでしょう」
そんな下らない理由でと猪口は呆れた果てた。
「それにもう一つ、おそらく……海上で疲れたので休む場所が欲しかったのではないでしょうか。閣下ら海軍の方は船上の生活になれておられますが、普通の兵士はそうではありません。きっと大変な事になっていたんでしょう」
そんな馬鹿なと猪口は思ったが、八原の予想は完全に当たっていた。
「とにかく陸軍さんとしては、当面は放置という方針かい?」
「はい、いいえ。敵にそんな簡単に休みを取らせてやるつもりはありません。これまで随分と楽をさせて頂きましたので、少しは我々も仕事をいたします。ですので、また少しだけお手伝い頂ければ助かります」
■名護付近 深夜
第七歩兵師団 駐屯地
伊江島と本部半島を掌握した米陸軍と海兵隊は、すぐに北部の掌握も完了した。
日本軍とは一度も遭遇していない。まるで無人の野を行くようだった。
だが困ったことに日本軍は島南部の住民をこの北部に疎開させていた。占領した以上、住民に食料を与え慰撫するのは米軍の責任となる。
どう考えてもこれは日本軍の嫌がらせとしか思えなかった。仕方なく米軍は島北部に収容所をつくり、そこに住民を収容した。
当然、余計な手間とコストがかかってしまう。占領地域の維持にも人が必要となる。これには予備となっていた第77歩兵師団と第96歩兵師団の残兵をあてがった。
復旧拡大された伊江島の飛行場には早速、夜間戦闘機を含む戦闘機部隊が進出している。
日本軍は神風攻撃の中継基地として、ここと島南部の飛行場を利用している。その一つを奪い島北部に戦闘機部隊が進出できたことで、神風攻撃に対する防衛力が多少は向上していた。
それより効果が大きかったのは兵士を地上で休ませる事ができるようになった事だった。
現在、米軍はローテーションを組んで兵士を上陸させている。住民に対する暴行事件が多発している事が問題となっているが、米軍にはそれより頭の痛い事があった。
屋外から爆発音が聞こえた。
「中尉、第14地区が砲撃を受けています!」
当直警備を行っている中隊指揮所に兵が駆け込んできた。
「被害状況を確認。周辺の警備を増強しろ。敵部隊の捜索はしなくていい。どうせすぐに砲撃は止む」
中尉は疲れた顔で指示を出した。
米軍が上陸して間もなく、夜間に不規則な砲撃が行われるようになった。どうやら日本軍は小型軽量な砲を利用した遊撃作戦を行っているらしい。
目的は明らかに嫌がらせだった。
過去にもガダルカナルやフィリピンで多用された手である。過去と違う点は、腹立たしいことに例の戦艦と上手く連携を取っている事だった。
当初、捜索部隊が追撃して山中に入ったが、日本軍は逃走する振りをして戦艦の射程に誘い込むという事を繰り返した。
おかげでこれまでに1個大隊ほどの兵士が吹き飛ばされる羽目になっている。それ以来、米軍は深追いすることなく周辺を警戒するに留めていた。
「いつまでこんな事を続けるのやら……」
机の上には多数の報告書が積みあがっている。一番上にあるのはキーンとかいう通訳の中尉からのものだった。もう何通目かの住民に対する暴行事件の告発書である。
キーンは米国人のくせに日本好きという変人だった。だがこの島では方言が強く通訳に苦労しているらしい。それに暴行事件も加わり今は転属を願い出ているという。
この中尉だけでなく、沖縄作戦に参加している兵士らは、日本軍より自軍の作戦指揮に疑問を抱き始めていた。
米軍はフィリピンで日本軍を追い詰め、硫黄島も降伏させた。日本本土を連日空襲して都市を焼け野原にし、海上封鎖を行って日本を締め上げている。
だがここ沖縄だけは戦線が膠着してる。そこにルーズベルトの突然の死も重なったことから、一時的ではあるが奇妙に静かな戦場となっていた。
私は沖縄には行ったことは無いのですが、調べると南北でぜんぜん違う島なのが分かりました。しかも当時は交通の便が非常に悪かったようです。米軍が最初北部に上陸しなかった理由も分かります。
ルーズベルト大統領も亡くなって戦争もいよいよ終盤です。次話では沖縄戦で影の薄いイギリスが活躍します。
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