84話 幸せになりたかった。
84話 幸せになりたかった。
ある日、仕事から帰ったヒエンは、自殺した母の亡骸を発見した。
涙は出なかった。心はすでに死んでいたから。
感情の中に灯ったのは『もう引き返せない』という諦観だけ。
プッチとワイヤーは、いいヤツかどうかは知らんけど、ヒエンの視点では悪いヤツではなかった。
同じ仕事をしている同僚として、色々と気を配ってくれたり、助け合ったり、支え合ったりした。
母を失ったと同時に、ヒエンの執着は、チームメイトに移行した。
『仲間が母と同じぐらい大事だった』とか、そういう話ではない。
気が狂いそうになるほどの喪失感を、プッチとワイヤーでムリヤリ埋めただけ。
「――あなたたちが、ゾメガの配下を希望する動機を教えてください」
残留思念にボコボコにされているヒエンたちの耳に、
センの言葉が届いた。
センは、まだ、呑気に面接を続けていた。
そんなセンの態度に怒りを覚えたプッチが、
「答えてあげるから、こいつら止めてよ! このままじゃ、殺される! 数が多すぎるのよ! さすがに、この数はさばけない!」
と、泣き言を叫んだが、センは、
「あなたたちが、ゾメガの配下を希望する動機を教えてください」
バカみたいに頑なだった。
死を覚悟したヒエンが、
そこで、ボコボコにされながらも、
「俺のことは、殺してくれていい。……だが、プッチとワイヤーだけは、本当に、ゾメガ陛下の配下にしてあげてくれないか? 頼む」
「あんた、何言ってんの?!」
勝手なことを言っているヒエンに、プッチは、不快感をあらわにする。
そんな彼女の叫びをシカトして、センは、
「それは、志望動機ではなく願望だな。俺は、志望動機を聞いている」
そう言って、センは指をパチンとならした。
すると、思念達が一斉に、ピタっと動きをとめる。
それを見たと同時、それまでずっと張り詰めていたプッチとワイヤーは、その場に崩れ落ち、必死になって息を整えている。
そんな二人を尻目に、ヒエンは、気力で立ち尽くしたまま、
「……幸せになりたかった……」
センの方を見ながら、ボソボソと、
「金も地位も名誉もいらなかった……俺を守ってくれた母を、今度は俺が守ってあげたかった……それだけでよかった」
しゃべっているうちに、どうにも我慢ができなくなって、
涙がボロボロとあふれてこぼれる。
「自分が正しいことをしているなんて、思ったことは一度もない。だから、許してほしいとも思わない。ただ……」
そこで、気力も尽きたのか、膝から崩れ落ち、
「……どうしたらいいか……わからなかった……っ。この世界でいきていく上で……幸せになる方法が……俺にはわずかも分からなかったんだ……」
奥歯をかみしめて、泣き崩れながら、
「……たぶん、俺が選んだ道は不正解だったんだろう……けど……ほかにどうすればいいのか、本当に、わからなかったんだ……俺が悪かったというのなら……俺を裁いてくれていい……だが、せめて、こいつらだけは守って死にたい……俺の命はゴミみたいなものだが……せめて、そのぐらいはさせてほしい……」




