1話 優しい令嬢と、最低な王子。
ハッピーエンドです。
バッドエンドには絶対になりません。
1話 優しい令嬢と、最低な王子。
「ノコ・ドローグ。君のおかげで、流行り病は完全に収束した。それだけは感謝している。しかし、その報酬で男娼を買っていたという事実は見逃せない。君との婚約は当然破棄させてもらう」
第一王子バルディの発言を受けて、
ノコ・ドローグは奥歯をかみしめた。
ノコは、今年で17。
だが、見た目は80を超えた老婆。
『美しかった金髪』は真っ白に染まっており、
もともと華奢だった体は、枯れ葉のように細く脆く、
小柄だった身長も、腰が曲がってより小さく見える。
「……殿下、あたしは男娼など買ってはいません……確かに、報酬をいただくことはありましたが、それらはすべて国のために――」
「言い訳は無用。……まったく、君はひどい女だよ。信じていたのに、こんな手ひどい裏切りを受けるとは、思ってもいなかった」
「聞いてください。あたしは――」
「……うるさいんだよ……」
そうつぶやくと、
バルディは剣を抜いて、
ノコの心臓に突き刺した。
「ごふっ……」
血を吐くノコの耳元で、
バルディは、小さな声で、ボソっと、
「醜いババァと結婚なんかしてたまるか」
本音を口にした。
バタリと倒れこむノコを、
虫けらを見るような目で見下すバルディ。
――と、そこで、
「あああああ! ノコ様ぁあああ!」
倒れたノコに駆け寄ってくる一人の男。
年齢は17ぐらい。
名前はセンエース。
職業は、ノコを守る騎士。
『努力しているのが一目で分かる屈強な肉体』と、『純度の高い黒髪』が特徴的。
「ノコ様! ノコ様ぁあああ! ああああああああ!!」
血を吐くノコを抱きしめて、
自分が持っているポーションを、彼女の傷にふりかけるが、
一向に傷が治らない。
その様子を見ていたバルディが、
「――『国宝の妖剣』で切りつけたのだ。下賤の者でも買えるような安いポーションでは話にならんよ」
『国宝の妖剣』には、すさまじい『呪』がかけられている。
そこらのポーションや回復魔法では話にならない。
「なんで! なんでぇ! なんでぇええええ! なんで、こんなことを!! 殿下だって! ノコ様に病気を治してもらったのに!!」
「だから、それは感謝していると言っている。しかし、私をあざむいて、男遊びをするような女は許せない」
「ノコ様は、疫病が流行り出した5年前から、一日も休みをとることなく、寝る間も惜しんで、毎日、毎日、『病にかかった者』を救い続けてきた! あんたら王族が遊んでいる間も、ノコ様は必死に、国のために命を削って働いた!!」
誰かの病気を治すたび、
ノコは、どんどん老いていく。
その姿を見続けたセンは、ある日、胸が苦しくなって、
『どうして、そこまで出来るのですか?』と、つい聞いてしまった。
ノコは、
『若さしかない女よりも、あたしの方が美しいでしょう?』
そう言って、笑ってみせた。
センは思った。
確かに、彼女こそ、世界で最も美しい。
「周りの貴族連中が、遊び惚けている間、ノコ様だけは、『苦しんでいる民衆』に寄り添っていた! この国のために……誰よりも頑張ってきたノコ様に……どうしてこんなマネができる!!」
「キーキー、わめくな、下等なサルが。騒いでいないで、そこのゴミを、さっさと死体処理場へ運べ。目障りだ」
そこで、切れたセンは、
腰の剣に手を伸ばした――が、
その手を、ノコが、制止する。
「……セン……やめて……」
まだ、かすかに息が残っていた。
ダラダラと止まらない血を流している口で、
「……あなたは……死なないで……」
死に際で、他人を心配できる彼女の姿を見て、
センの心は壊れそうなほどに膨れ上がる。
反射的に、彼女を抱きしめるセン。
「ノコ様……っ……ノコさまぁ……」
あふれる涙で声がかれる。
「セン……ずっと……守ってくれて……ありがとう……」
「違う! 守ってくれたのは、あなただ! あなたが俺を病気から救ってくれた! 俺だけじゃない! 苦しむ人々を、あなたは! 自分の命を削って……っ!」
「センが……支えてくれたから……頑張れたの……それに……ヨボヨボになったあたしを……美しいと言ってくれた……嘘でも……嬉しかった……」
「本音です! あなたは世界で一番美しい!」
「……ありがとう……あなたに会えて……よかった……あたしは……幸せだったよ……」
最後に、いつもの『優しい笑顔』を見せてから、
――ノコは息を引き取った。