Another side 5
"きれいはきたない"。
どんなに美しい髪だと褒めていても、
どんなに凛々しい顔立ちだと言葉を尽くしても、
どんなに功績を讃えていても。
捧げられる言の葉がどれだけ美しくとも、全て醜く歪んで聞こえた。
"きたないはきれい"
どんなに酷い侮辱であっても、
どんなに極悪な者の怨嗟の言葉でも、
どんなに鬱屈な嘲笑でも、
それらは全て、正しく、この身に届いた。
そのうち、歪む音は全て、本心の無い声だと思うようになった。
この世界は、…少なくとも、私を奉り崇めるその世界は、余りにも、嘘まみれで。悲しくて笑いが止まらなかった。嘲笑は嘲笑でも、自嘲しか出来なくなった。
そんな世界に長く居続けるには、私はまだ弱くて青かった。
幸いにも父はまだ健在で、私に束の間の自由をくれた。
荒くれ者の世界に身を置いたのは、今までの環境に対して私が疲れ切っていたせいなのは間違いない。それでも後悔しなかったのは、そこで自身が成長しているのが分かったから。なにより、その世界は一つの選択ミスで自分の命が危うくなる為、自分の選択を間違いにしない為に全力を尽くすことを身をもって覚えたからに他ならない。
それに、その世界では、言葉が歪むことはなかった。…全くなかったわけではない。だが、限りなく人と人とが本音で話すし、本気もあった。
私はここに来て、救われたのだ。
色々な出会いがあった。
今では炎槍と呼ばれているSランク冒険者に命を救われた事もあったし、悪食と呼ばれる少女を手助けした事もあった。
魔導国に縁が無いが規格外の魔力量とコントロール力を持つ青年にも出会い、何度か私のところにこないかと話を持ちかけたこともあった。
しかし、1番頭に残っているのは、妙な少女だ。駆け出しの冒険者の少女。
「自由とは良きものだろう?だがその自由とて、不自由の中にいた者にしか分からんのだ」
偶々立ち寄った村で疫病が流行っていて、原因となっていた魔物の討伐の為に私たちが訪れた際、同じく別の依頼で立ち寄っていた少女がそう言っていた。
彼女もまた私と似たような環境に身を置く人間だったのだろうか。
「自由を謳歌せよ。命に感謝を。そして何より、可愛いものと美味しいものに溢れていれば、世界は大体平和に回るのだ」
……だとしたら相当な変わり者だと思うが、彼女の言葉は、すべて、本心しかない言葉だった。
黒髪、紅目の変わった口調の冒険者の少女。囚われた冒険者を救出し、盗賊団を一網打尽、1人で100にも迫るゴブリンを倒しきり、ゴブリンキングすら単独で討伐し、すぐさまいなくなったというあの少女だと後から気付いた。
会えてよかった。本当に。
自由を讃える彼女より自由な人間もほかにいないだろうと思うほど、その少女は"自由"で、"強くて"、それ故に美しかった。
「自由とは簡単で難儀だな!」
世間話をするように、疫病の元になっていた有毒物質を撒き散らしている魔物を、道端の石を蹴るかのように、邪魔の一言で蹴り飛ばして仕留め、カラカラと笑って、依頼人だという老婆を連れて去っていった姿は、自由そのものと言えるだろう。
私は、目に焼きついたその"自由"に焦がれた。
あれほどの精神の極みに達するには、相当な年月を必要としそうだが、あんな幼い少女が既にその境地にいるのだと思うと、恐怖すら感じた。
その出来事は、それからの私を大きく変えた。
私は国を出て、自由に生きていると言いながら、どこか自分自身が嫌っていた者達と同じ物差しでしか世界をみていなかった。
そんな私の視点をぶち壊すような大きな衝撃だった。
私はその時からようやく、本当の意味で自由な冒険者として、歩き始めたのだ。
……しかし、自由も終わってしまった。
私は再び、見た目だけは美しく整えられた、嘘だらけの汚い世界へと連れ戻された。
ここを出たい。
こんな所にいたくはない。
しかしそれが出来ないのなら、…出来ないから、ならば、世界を変えるしかない。
絶望の果てに出た答えは、全て支配して、自分の一存で全てを決定し、裁き、理想郷を創り出す事だった。
その為には、自分がならなくてはならない。
強さと恐怖と何より自由を象徴する伝説の王に。
全ての魔法と時を統べて、世界の支配者、魔王に。
「火のバスティアン、水のクロウェン、風のエニスラ、光のヴァレイン、闇のエステドーラは揃った…」
側近として原始魔法の五家から、最も有能な者達を集めた。残るは"時"。無属性特化の伯爵家があるはずだ。しかし、その家に属する者は誰も、時空に干渉する魔法を使えなかった。そう簡単に揃わないからこそ、伝説であるのは分かっている。だからといって、諦める理由にはならない。
私は求め続け、探し続け、そして遂に糸口が見つかった。
「魔力量は少ないながら、コントロールは一族の中でも群を抜いており、小さな物であれば転移させる事が出来たそうです」
伯爵家から隣国の貴族家に嫁いだ令嬢がいたらしい。その令嬢は時空間魔法の片鱗を見せていたという。
「この国の元英雄にして元騎士団長ガドフ・ゼスタインが国を捨てて出ていった原因でもあります」
苦々しい表情で、宰相はそう言った。
「かなり手痛い損失だったようだな」
「はい…」
「それで?その令嬢はどうなった」
「伯爵家に確認したところ、既に…」
「……そう上手くはいかないか」
しかしその希望は、潰えるには早かったらしい。
「第二夫人として嫁いだ令嬢は、1人子供を産んでいたようです!
黒髪と紅目の、この国でも類を見ない非常に珍しい容姿を持つ女の子だと両親へ向けて手紙を送ってきたことがあると…!」
……どうして、私は今、あの少女を思い出すのだろうか。
「いや、確認を取ったが、既に亡くなったと…」
「だが葬儀を行った記録がなかった」
黒髪、紅目。
この国の始祖が遺した文献によれば、"魔王"も黒髪と紅目を持っていたらしい。
そして、その血を分け与えられた先祖達を祖に持つこの国の人間は、黒髪や紅目を持つものが多い。かくいう私も黒髪だ。
だが、私は生まれてから黒髪と紅目を同時に持っている者を、見た事がない。
あの時のあの少女を除いては。
「黒髪紅目の少女が、そう何人もいると思うか?」
いいや、…いるわけが無い。この国にさえ、存在しないのだから。
「…次の夜会は、隣国からも招こう」
面白い話が聞けるはずだ。
「その黒髪紅目のご令嬢、名前は?」
「アリステラ・アトリシエ。アトリシエ伯爵家三女だそうです」
あの少女の名前すら私は知らない。だというのに、どうしてだろうか。必ず近いうちに再度相見える事になると、私はそのとき確信していた。
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