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鈍らない職人技だと思ってる



まるで煙幕の様に広がったそれは瞬く間に部屋を黒く染めていった。周囲が暗くなり、何も見えなくなる。結界が破られている感じはしないので、リィ達は無事だな。

使用人共の姿も、大量の料理も、あの男の姿も見えなくなった。



その代わりとばかりに我の…………私の目に映るのは、私を見下ろす義母達の姿だった。


伯爵家の屋敷の、玄関ロビーの大階段。


…私、何してたんだっけ。誰かの屋敷に招待され……ううん、伯爵の本邸に移されたばかりで、それで、案内を受けてて…。


階段から落ちた私が、床の上に倒れているのを、階段の上から酷く不機嫌そうに見下ろしてる。


「きゃ!あんなのがいると思わなかったわ。驚いて思わずはたき落としちゃった!」

「やだわ。床が汚れてるじゃない。誰か!早く掃除!さっさとアレ片付けてよ!」


頭を打ったみたいで、捻った足もあまり痛みを感じない。体勢がおかしいのか息が苦しい。でも自力では身体を動かせなくて、継母達から目を逸らすとも出来ない。


「アリステラ様、アリステラ様ッ…!今お部屋に運びます!お気を確かに…!」


料理長が私を抱え上げて急いで部屋に連れて行ってくれる。視界から外れるまで見えていた義母や義姉達は冷たい目で、心底愉快そうに嗤ってた。


屋敷の中に私の居場所は無かった。離れはお母様が死んでから使われなくなって、私は本邸の隅の部屋におかれた。冷たくて、申し訳程度に置かれた家具以外は何もない部屋。冷たい風が通って、光もろくにささない。


「アリステラ様、少し痛みますぞ」

「っ…!」


騒ぎを聞いてすぐに部屋に来てくれた医師(せんせい)が手当てをしてくれて、少しだけ苦しくなくなった。それと同時にじわじわと、痛みが押し寄せて来た。


お母様に使えていた使用人達はもう殆ど残っていないけど、医師と執事、それから乳母は腕のいい人だから、継母も父親の反対もあって雇用停止が出来なかった。

この人達が居なかったら、私はずっと前に死んでしまっていたかもしれない。


「アリステラ様、聞こえますかな?」

「っ…う、ん」

「落ち着いて、ゆっくりと息を吸って、同じだけゆっくり吐いてみてくだされ」


言われた通りにすると、また少しだけ苦しくなくなった。


「大丈夫です。もう大丈夫」


よく出来ましたと優しく頭を撫でる手は、とてもとても優しくて温かくて、……私を突き落とした痛くて冷たい手とは全然ちがう。

ああ、もう大丈夫なんだ。

そう安心するのと同時に、どうしても焼きつく冷たい目が脳裏をよぎって消えてくれない。


泣いているのは安心したから。

同時に、ただただ拒絶される事が悲しかったから。


怖いではなく、悲しい。あんな扱いをされて腹が立つでもなく、悲しみだけ。

そう思うのはずっとずっと、物心ついた頃から。初めて義母に殺されかけた時も、義姉に物を投げつけられた時も、…さっきみたいに突き落とされても、怖いとは少しも思わなかった。何となくそれより怖い事を知っている様な気がしたから。


だからただひたすら悲しかった。

歩み寄る努力も許されない、問答無用で悪人と断じられる様な、そんな苦痛だけが常にそばにあった。


同じような悲しみを、私はずっと前に知っているような気がした。


私は、


「アリステラ様!」


……ううん。違う。アリステラだけど、もう違う。


私は……いや、


「我は、アリス」


あの日毒を仕込まれ、"思い出して"生き延びた。家を出て、冒険者となり、自由になった。今はもう悲しみなどは感じていない、冒険者アリス!


もうあの家で、悲しみだけを感じ続ける無力な少女ではない!!



屋敷の部屋が、料理長や医師や乳母の姿が揺らいで煙のように消えた。感じていた痛みも、悲しみも、何もかも全て。




……うむ。発動を邪魔しなかったとはいえ、我に魔法をかけるとは見事なり。腕が落ちていないようで我はとても嬉しく思う。


再度しっかりと目を開けば、先程まで見ていた景色が広がっていた。どこぞの魔術師の屋敷の大広間、大量の料理、気を失って我の魔法で守られているリィ達、部屋の壁際の使用人達。恐らく我が見たのと同じように自分の過去の悲しい記憶の幻影にうなされているのだろう。大変都合のいい事に、あの襲撃者も含めて1人残らず倒れている。


我と術者以外は。


「…何故だ。何故、…何故倒れない!あのお方にも認められた魔法だ!私が解除しない限り、目覚めることは無いはずなのに!」

「うむ。実に見事だ。現実と幻覚が切り替わる際に違和感を抱かせずに夢を現実と思わせるその手腕には流石の我も驚嘆せずにはいられぬ。


"だがそれだけだ"」


男から怒りの感情が、漸く消える。


「"それだけで、それ程に見事だ"」


初めてこの術を破られた時……初めて自分が敗北した時に受けたその言葉を、お前は忘れる筈がないのだから。


軽い音を立てて杖が手から落ち、縺れる足を無理やり気持ちが動かすように、ふらつきながらも我の前まで来た。


「流石、我の認めた最高の幻術師だな。

ラギア・グルヴェル…いや、グレゴール。

息災そうでなによりだ」


その宝石のような煌めく藍色の目を我に向けたまま、まるで祈りを捧げるが如く、膝をついて我を見上げた。


…元からの身長差的にあんまり見上げる事ができないのはご愛嬌だが。


「この我に、再度降る気はあるか?」


先程までの怒りによる濁りの消えた瞳が輝く。きっと、それが答えた。

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