どうやら物凄く恨まれてるらしい
開いていく扉から漏れ出すのは冷気。だがそれの根源は殺気だ。
顔だけがまだ見えないが、なんの変哲もない貴族の紳士服姿の男は、魔法使いである事を誇示するかの様なステッキを携えている。
感情を抑えきれず、魔力と反応して周囲を無差別に凍らせていっているのだろう。部屋の空気が下がるだけではない。気圧も同様に下がっているのだろう。使用人達は動かないものの、息苦しそうにしている。
リィ達(今度ばかりは猫達も)は、その姿が扉の奥に見える前から最大級の警戒を向け臨戦態勢をとったものの、魔力による威圧で身体がそれ以上動けない。
…ん?我?平気だけど?この程度で圧し負ける様な元魔王様じゃないもん。
『ご、シュ…じん…!』
一応背に庇うようにしたリィ達だったが、やはりというか、なんというか。
毒やら薬は料理ではなくここの空気自体に含まれていたらしい。分かりやすく料理を置いておいたのは、そっちを警戒するように仕向ける為だな。使用人共が居なかった理由がよくわかる。
辛うじて意識を保っているのはリィだけで、猫達は既に気を失っているらしい。リィも落ちかけているし、ルシアは目を回している。嫌味なくらい充満している魔法に魔力、ついでに全力で魔力の気配を垂れ流しながら登場だもんな。以前言っただろうか?今ルシアは魔力あたりしている。精霊に魔族並みの濃い魔力は毒なのだ。
「リィ、問題ない。眠っていろ。ルシアも木に戻るといい」
そんな魔力酔いの酩酊状態で倒れるな。格好も相まって使用人どもからめっちゃ見られてるから。色々危険。ついでに言えばぶっ倒れて此処からのことを知らないでくれた方が多分都合が良い。
料理長が居ない間の護衛という使命感が2人の意識を繋いでいたようなので、我の言葉に安心し、ルシアは姿を消してリィも気を失った。
リィ達には元々こっそり防御の魔法を重ね掛けしてあるが、今回はわかりやすく対物対魔結界を張る。使用人の内の何人かが目を泳がせた。やはり何かする気だったらしい。
「…毒も薬も効かない、致命傷を与えても即回復、魔法を感知、私の威圧を受けても平然として、無詠唱で魔法の重ね掛けまで……。
黒髪紅目というだけで、縊り殺してやりたいというのに、そんな所まで"あの方"と同じだというのか?
あの迷宮の呪いが効かず、"あの方"を思わせる魔力と呪いでこの私を騙しただけでは飽き足らず…?」
余程怒りの感情を拗らせているらしい。というか騙したって…ええ…?完璧に逆恨み…。
その人物中心に広がっていく威圧の程度が更に重くなる。此処までくると最早憎悪と言ってもいい。
使用人達は恐らく、それぞれが魔術師として有能なのだろう。この男の配下であり弟子にも似たようなもの。暗殺者の類も紛れているようではあるが。
そんな部下達は、自分に向けられたわけでもない殺気にとうとう屈して倒れ始めた。あの襲撃者も膝をついたか。
力の抜けた自分の体を膝と咄嗟に付いた腕で支えて、息を整え、自分の足元から再度我に視線を向けて、
「!?」
言葉もなくただ呆然とした。
我が平然と立っているから。
自分も苦しいが、直接当てられている我の方はもっと苦しいだろうザマァみろというつもりで此方に視線をよこしたのだろう。バカめ。
この程度で我が倒れると思ったか。
まあ、アレはどうでもいいな。それより今はこっちだ。開いたドアの向こうから、一歩。前に進む靴音と共に、その姿がよく見えるようになる。
「威圧も程々にしないと、自分の部下が使えなくなってしまうぞ?」
「…」
男は答えない。また一歩前へ。前へと進んでくる。
「困ったな。招待されたから来ただけで、別に恨みを買うような覚えは無いのだが」
「……恨みを、買う?」
はははと、男は呆れた様に笑う。
足が止まった。その姿がよく見える。
姿自体は変わろうとも、相変わらず綺麗な藍色の瞳に我の姿を映して唸る様な声で言う。
「違うな。私は恨んでいるのではない…。
ただ単に、今すぐ貴様の命を魂のかけらに至るまで塵にして、存在自体を葬りたいだけだ」
と。
そうかー。我の事をそこまで殺したいのかー。
……そういう気持ちを恨みっていうんじゃなかったっけ?
「今までの輩は皆、髪色や目の色を変えるだけで許して来た……。だが、貴様はそれだけでは足りない。
その存在そのものが、我が君を彷彿とさせるのならば…あの至高の御方の影を思わせるのならば、それだけで許し難い冒涜だ…!」
…そんな理由で殺されたら死んでも死にきれんだろ。我、死なんけどな。
大丈夫?我以外でうっかり殺されちゃった人居ない?平気?
「私からの威圧を受けて平然としているその胆力は腹立たしいが褒めてやろう。だが、それだけだ。
灰すら残さず塵になれ」
杖の先に付いている魔石が輝く。純度と発動が予想される魔法の強さから、魔石というより魔石を幾つも使って錬成した魔鉱石かもしれんけど。
杖から魔法が放たれた。真っ黒な炎の球が幾つも飛んでくる。うおっ!?追尾機能付き!?
「気に入らない相手は燃やして良いとはいえ、初っ端から黒炎魔法はどうかと思うぞ」
因みに炎の強さは、赤、黄、白、青、黒の順に強くなる。……いくら怒りで周りが見えなくなってるからって、我にえげつない炎ぶつけたの?こんなに可愛い女の子に?ひどくない?多分前世のアイツ好みの容姿なんだけど?
仕方がないので取り皿に添えてあったお玉を回収。結界魔法でコーティングの上、撃ち返すことにした。どうやら驚いたらしい。流石に打ち返されたそれを更に撃ち返すのは無理らしく、杖を振って火炎弾を消した。
「っ……忌々しいッ…!」
「だって抵抗するなとはひと言も言われとらんし」
「煩い黙れ!」
また杖の先が輝く。んー…。今度は氷系の魔法かな。
「【凍結】!」
お。足元から凍って来た。対象を氷で包み込んでしまう魔法だな。中々の速さ!あっという間に氷漬けの少女の完成!
「…この程度の小娘に"魔王"の名を付けようだなどと、ギルドは何を考えている…!」
……魔王?
「よいせっと」
バリンと音を立てて氷が割れて霧散した。何が起こったのか理解が追いつかないと言った様子に少し優越感がくすぐられる。
「な…なに、…なに…が?」
身体の表面を守っている結界を消すと若干の隙間が出来るのだがな?すると我から漏れ出した魔力が直接氷に触れて、相手の発動した魔法自体を征服してしまうのだ。ほぼ自動で発動しているカウンターというか、打ち消し魔法というべきかな。炎に巻かれようが水に閉じ込められようが同じように作用して無力化が可能。
しかし、そんな事を説明してやる義理は今のところない。手の内は隠してこそだ。
…我強すぎだろって?なにを当然な事を。元魔王様だっつってんだろ。魔王の殺し方?魔力切れ狙って1週間ほど魔法打ち込み続けて、逃亡を図ろうとしたところで背後から聖剣あたりを使って不意打ちでグサリかな。流石の我もそれなら死ぬだろ。
……考えただけで腹立つけど。
それにしても…。意外と気付かれないものだな。我とて確信したのはこの男が実際に目の前に現れてからだが、本来魔力とは固有のもの。違う存在が同等同質の魔力の気配を持つなどあり得ない。
いつぞやの迷宮の呪いをやったのが我だと特定しているのなら、今の我と魔王が一致しても可笑しくなかろうに。
「嘘、だ…。そんな筈がない…!」
杖の先がまた輝く。…今度は雷系……いや、違うな。最も得意な魔法をぶつけてくる筈だ。
一体何を思っているのかは知らんが、我が"元魔王にして元上司"だと認識出来ていないのならさせるまで。
あの杖が無詠唱を可能にしている様だな。元々魔法を発動するための式が組み込まれているのやもしれん。恥ずかしいもんな、詠唱。魔族として指先で魔法を使えてた時と違って、人間って基本的に詠唱だもんな。厨二全開。我も必要なければ詠唱したくないもん。
「"そんなはずない"、"ありえない"…!我が君はもう…"帰ってこない"!」
混乱と動揺と否定の言葉の中に隠し切れない寂しさと悲しみ。……精神系の汚染がかかっているな。これは…心の弱い部分につけ込まれて誰かに暗示をかけられたのだろう。
その暗示を否定したいのか、肯定したいのか。
放たれた魔力がこの部屋全体に広がった。




