まさかまた会うとは思わなかった
連れ帰ったコリー達は案の定、自分たちを拐かしていた奴の事を覚えていなかった。
コリー達から話を聞いた職員によれば、彼女らは森の中ではなく、小高い丘に向かって登っていき、荘厳な城を尋ねた。そこでその城の主人に会い、食事を共にして、それからの記憶がないという。
城の外観も、主人の姿も朧げにすら覚えていない。
「幻覚だな」
森に入ったところ、或いは最後に立ち寄った町を出て直ぐに術にかかった可能性が高い。
何の話をしたかについては、やはり、我の事だった。正確に言えば、あの勇者の剣を見つけたのが誰だったのかという話と、どんな人物なのかという話だったらしい。
そして主にルナが喋ったらしい。
我は黒髪紅目、最近冒険者になり、天使の容姿とSランク冒険者も驚愕の強さを誇る新人だと。
…天使の容姿と言い表した精神は褒めてやろう。
話したのはその程度で、気付いたらエディンのギルド会館の医務室にいたそうな。
コリー達の体感していた時間と、実際消息不明になっていた時間が釣り合わない。恐らくそういった感覚すら麻痺させられていたのだろう。
ポーション飲めば怪我やらは回復するが、感覚が狂っている点については暫く休養を要するだろうな。
「という訳で、エディンから王都までの護衛は私が担当致します」
と、料理長は言っていた。
コリー達の"不幸"に大変同情していますと言わんばかりの沈痛な面持ちをしていたが、職員に話を聞いてから我のところにくるまで足元跳ね気味だった。余程犯人に対して腹が立っているらしい。
『そうかしラ…』
『私が見る限り、今にも口角が上にあがり、目尻が下に下がりそうですけれど』
逆じゃなくて?
「何にせよ、料理長が道中一緒というのは、(やりにくいが)心強い。コリー達にはしっかり休養してもらおう」
あの襲撃者、あんなにうっかりさんで学習能力無いのに、料理長相手に生き残れるのだろうか。そこだけ心配。料理長、間違えて吊るして燻製にしてしまうかもしれない。
「アリス様、流石の私も人間の燻製は…」
「え。…ごめん。口に出てた。そうだよね、人間なんて…(多分美味しくないし)燻製機もないし」
「いえ、燻製機は作ればいいので良いのです。ただそうですね、人間ですから。暫く森に吊るして乾燥させてから、ギルドに連行いたします」
…じゃあいっか。
王都の冒険者ギルドから呼び出しがかかるのは時間の問題だから、王都で待機と言われて、早々にエディンを出る事になった。
コリー達とも面会して、ルナには前科があるので抱き付き禁止と言っておいたら、激しいシェイクハンドの末に我の手がブロークンダウンした。…秒で治ったけど。
ルナ、武道家とかに転向した方が良いのでは?
そうして進む王都までの長い道のり……。という事を、我が好む筈もなく、しかし、それなりにゆったり人目も気にせず進みたい。そんな我の要望を叶えるヒントをくれたのは、ルシアだった。
といっても、ルシアはいつも通り、ふわふわ浮かんでいただけだがな。
ついでにタイミングもよかった。
「やあお久しぶりです。アリス嬢」
「ぴえろに知り合いはいない」
「ふふふ。ご冗談を」
相手は兎も角、タイミングは最高だった。
エディンの隣の街のバザール。その一角にいたのは、いつぞやの貴族風商人。…今日は貴族というより、道化師のようだが。
「ヴァレイン。今すぐアリス様から離れろ」
慣れたように我の手をとりいつぞやのように挨拶がわりに口付けようとして、料理長にガラ空きになった背中側から拘束された。
というか、知り合いなのか。
「はい。欲しいものは大抵何でもすぐに揃えてくれる、商人としてはかなり優秀な男ですが、同じくらい異性への手出しも早いのでアリス様は近づかない方が賢明かと」
「や、やあ。将軍…元気、そうだね。大丈夫、こちらのアリス嬢には取り付く島もなかったよ。ところでそろそろ離してもらいたたたた。け、頸椎、頚椎は勘弁して…」
「アリス様の手を離せ。話はそれからだ」
即座に我の手を離した。相当キてるらしい。
ややあって料理長は拘束を解き、我を背中に隠すように立った。…一瞬商人の口からキュッと空気が絞り出るような音がしたが、気のせいだろう。
「ケホッ…。ひどい事をしますね。お得意様でなければ訴えてる所です」
「俺もお前が有能でさえなければすぐにギルドに引き渡してるんだけどな」
「おや、ではお互い様ですね」
物腰柔らかなピエロだな。
「…私の護衛を残らず潰してくれましたか」
「邪魔だった。アリス様に擦り寄る虫を排除するために」
だからといって、1人残らず倒す必要あったかな…。と、ピエロ…ヴァレインという商人は気を失っている部下達の無事を確かめ、遠い目をしながら言った。
『随分仲が良さそうネェ』
『そうですわね。商人とお得意様よりももっとこう…気安い感じですわ。…お友達?いえ、この感じだと…、腐れ縁…?』
料理長は心底嫌そうに、商人は笑顔で言い合い(?)をやめてルシアを見た。
「ご明察です。アリス嬢が随分美しい供をつけていると思いましたが、貴女は中身も優れているらしい」
「お前が俺の行く先々に勝手に押しかけてる事実を棚にあげてんじゃねえよ…!」
ルシアの言葉に、料理長と商人が反応しているが、我はちょっと別なことが気になっていた。ヴァレインという名前も気になるのだが、1番は、この商人の真後ろにある、真新しい飛空艇モドキだった。
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