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Another side 3




マズイマズイマズイマズイ。


……しくじった。


今日ほどあの主人に仕えたことを後悔した日はないだろう。



仮面に隠れた顔を引き攣らせ、恐怖のまま能力をフルに使って最短ルートを最速で駆け抜けながら男は思った。

もう味覚も戻ったはずなのに、何故か皮膚が、目が、口の中が、身体中の粘膜が痛い気がする。ダメだ完璧にトラウマになってやがる。


恐怖から縺れそうになる脚を叱咤して男は走り続ける。


【王都を訪れる人間の中で、黒髪や赤い目の持ち主がいたら、見つけ次第拐ってこい。方法は任せるが殺傷の類は禁止】


そんなどう考えてもアウトな依頼で、しかし、超一流の暗殺者である男にとっては超簡単かつかなりいい報酬が貰える追加業務だった。


とはいえ黒髪や赤目は珍しい。いないわけでは無いがかなり珍しい。それ故に、半年に一度か二度あるかないかくらいの任務だった。

男の主人は誘拐してきた黒髪もしくは赤目の人物を、口止めの上すぐに解放している為今まで何も問題にはならなかった。


では何がしたいのか。それは男には分からないし、分かる必要も無い。ただ命令に従い、その報酬を得る。それだけが男のやるべきことであるから。


だから今回も、いつものと同じような作業だと思っていた。


油断があったのは認める。

黒髪紅目という特に珍しい組み合わせの、可愛らしい少女1人攫うだけだったから。冒険者だというが、ただのか弱そうな少女。主人のような強者から感じる独特の覇気も特に無い。


背後をとって薬を嗅がせ、一応の為に急所を突き、対象の身体から力が抜けた為気が緩んだ。


それが罠とも気付かずに。


自分の鳩尾に鈍くて重い一撃を喰らったことに気付いたのは、無様にも地面に倒れてからだった。どうやったのか、攻撃箇所である鳩尾だけでなく何故か指先や足先まで痺れている。


任務失敗。


その4文字が過るが、だとするなら急いでこの場を離れなくてはならない。目眩しの為に幻覚を使うも、それすら見破られて、無力化された。


一体何なんだ!この子供は!!


毒も効かない、急所を突いても倒れない、幻術は容易く破られた。こんなの、どうやって攫えって言うんだ。


兎に角近くにいる仲間が自分を回収する為にも気を逸らす必要がある。何か手はないか、そう思って視線を漂わせ、少女と目が合い、漸く理解した。


絶望するには、十分だった。


自分が仕える主人すらも凌駕するであろうその魔力。小さな身体に途方もないエネルギーを凝縮したような…否、最早魔力そのものが人形を取っていると言われた方が納得できる程のエネルギーが見えた。


覇気が無い?何を考えているんだ俺は!大きすぎて見落としたんだろうが。


「化け、物……!」


気付かなければよかった。気付いてしまっては、もう呼吸すら苦しい。


しかも、"将軍"と知り合いとか聞いてないぞ!?



ただ1つ幸運だったのは、野次馬が"将軍"に群がったお陰で俺が奇跡的に奴らの視界から外れた事だろう。仲間に回収されて、俺は主人の元に戻った。戻ってこれた。……或いは戻ってきてしまった。



失敗について、主人は何も言わなかった。


「黒髪、紅目…」


何か深く考え込んでいた。


「…攫えなかったなら仕方ない。次は招待して来い。失礼の無いように。


今度こそ、確実に」

「っ…承知、致しました…ッ…!」


研ぎ澄まされた刃の先を喉元に突き付けられたような逼迫感。次はない、と言外に告げる瞳は氷のように冷たい。行け、と言われて即座に退室する。


殺されるかと思った。

我が主人は、"出来なきゃ殺す"がモットー。手元に役立たずは必要無い。あれは、本気だ。



ああ全く、今日は厄日だ。殺そうとしなかった点ではあの化け物の方が優しいが、招待状を届ける為に近付かなくてはならない事が恐ろしくてたまらない。

"殺さなければ何しても問題ない"と思ってそうなあの化け物に。いや、魔法を極めた我が主人ですら出来ない事だから除外していたが、あの化け物は、"殺してしまったら蘇生すればいいか"くらい平気で思っていそうだ。


役に立たないから不要と切り捨てられるか、

オモチャにされて何気無しに壊されるか。


どちらも嫌だが、自分に非があると分かる点で見ればどう考えても自分の主人の方が優しい。

その優しさに報いねばならないと、恐怖が後押しした。



しかし、2回目の接触は間合いに入るどころか声をかける前に失敗し、結果数日間、目や口、皮膚が焼けるような痛みに苦しんだ。


そのまま逃げ帰れば命はない。そう思い、先ずは情報を集める事にした。あの少女と関わりのある女冒険者達を捕縛し、情報を引き出し(といっても大した情報は得られなかった)…あと一歩のところで、幻術が破られた。


やはりあの少女だった。Sランク冒険者"将軍"の二つ名を持つ男すら気づかなかった俺の所在に気付き、嗤った。

純粋な好奇心で小さな虫を解体する子供が浮かんだ。


マズイと思った時には身体が先に逃げていた。

怖い怖い怖い!


勿論逃げ込む先は雇い主のところ。殺されるかもしれない。でもそうだとしても、あの少女に殺されるよりマシだと心の底から思う。


辿り着いたその家の、主人の部屋。待っていたその人は、俺に死ではなく、問いをよこした。



「黒髪紅目のアリスという少女について」


知っている事を全部はけ。と。

読了ありがとうございます。

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