野生のモヒカンが現れた
「マフェル〜マフェル〜、焼きマフェル〜」
『ご機嫌ねェ、ご主人』
アタシは眠いワとあくびを零すリィを頭の上に乗せたまま、焼き立てマフェルを齧る。とろーりのびのび。
ここは迷宮の入り口手前の少し開けたところ。冒険者によってはここで野営するものもいるため、足元に座るのに邪魔な石も転がっておらず、焼きマフェルの為の焚き木などはすぐに集まった。
「…宿で大人しく寝て、明日でも良かっただろ…」
「むぐ。馬鹿は寝て言えマッチョ。焼きマフェルは夜中にやってこそに決まっておろうが」
「…知るかそんな事。マッチョ呼びヤメろ」
焼きマフェルを朝・昼にやるなど、ナンセンスだな。マッチョ。
「………ところで名前はなんだったか?」
「ゾドムだ!知らなかったのかよ!?」
「我、人の形をしたマッチョの顔と名前を覚えるのが苦手なのだ。許せ」
というか、マッチョより今はマフェルの方が大事なので、ドムチョには黙っててほしい。混ざってしまうだろう。…混ざってしまっただろう。
「で、ドムチョ『マッチョと混ざってるわよ、ご主人。ゾドムよ、ゾ ド ム』…ゾドム。今回の依頼の件だが…」
もうドムチョでもよくないか?マッチョもゾドムもドムチョも同じだろう。
マフェルの前にはどうでも良くないか?
「盛大に呼び間違えた事は無視かよ。オイ」
「で、迷宮での鉱石やら宝石採掘という依頼のことだが、具体的にはどんな内容なのだ?」
何やら忌々しいものを見る目で我を見ているが、我はマフェルを齧っているだけで何もしておらんぞ。我の可愛さに癒やされこそすれ、腹が立つなど不敬ではないか?
「……商業ギルドからの依頼だ。商業ギルドから卸している宝石が少なくなってきてるから、その補充のため採掘して欲しいとよ」
「商業ギルド?」
「んな事も知らねえのかよ。商人とか、店を持ってる奴らや何かを販売する時には許可が必要になる。そういうのを管理するのが商業ギルドだ。冒険者ギルドの回収場で納められた素材とか宝飾品類とかを、適切に販売者のところに届けたりオークションで売り捌いたりもする。
今回は宝飾品店がたまに買い漁りに来る宝石類が底を尽きかけてるからこその依頼だな」
「…なぜ、尽きかけているのだ?ここの迷宮に宝石があるなら、定期的に冒険者達が回収して納めているだろう?」
それに、それで金が入るのなら、冒険者達もこぞって迷宮に入って回収しまくり、こんな依頼が出るはずもない。出たとしてもすぐに無くなりそうなものだが?
「……そういう裏事情仕入れるために俺は酒場に行こうとしてたんだが、それをどこかのクソガキが菓子が食いたいって理由で邪魔しやがってな」
「なんと。とんだ不届き者がいたものだな」
同情してやったというのに、何故そんな虚な目を向けられなければならないのだろうか。リィに聞いたら気にしなくていいと言われた。じゃあいいや。
「まあ、行ってみれば分かるだろう。迷宮まで案内を「見つけたぜェ、ゾドム」」
[ヤセイ ノ チンピラ ガ アラワレタ]!
……うむ。ふざけてみたが、文言そのままだ。
ほぼ半裸で防御力ゼロ、因みにドムチョと違って筋肉という鎧すら満足に無いヒョロピラだ。しかし、ある意味筋肉よりも我の注目を集めるものをそのチンピラは持っていた。
凄いぞ、モヒカンだ!どこからどう見てもモヒカンだ!絶滅危惧種:モヒカンのチンピラが現れたぞ!しかも二体!!モヒカンが強すぎてニヤついた気持ちの悪い顔も目に入らん!
あまりにも珍しいものを見れたので、我は途中で遮られた事に立つ腹はとりあえず置いといて、感動すら覚えている!
「ッ…!お前ら、何でここに…!?」
我を背に庇うように直ぐに立ち位置を変えたゾドム。……一応、ちゃんと護衛する気あったよか。
ゾド……ドムチョが明らかに動揺している!なんかよく分からんが面白い事になりそうな予感!いいぞ!もっとやれ!できれば乱闘希望!!
『ご主人、少し様子見しまショウ。マフェルも残ってるワよ』
「うむ」
リィにもあげようとしたのだが、夜に甘い物は要らんとフラれた。意識高い乙女だな。流石我が相棒。褒美に帰ったらマッサージしてやろ。
「古い付き合いの俺らを置いて任務に行くなんざ水臭えじゃねえの?」
「折角俺らが冒険者登録してギルドで来るのを待っててやってたのに、…そこのガキ連れてさっさと依頼先へなんて酷いだろォ?」
酷いのはお前らのその薄笑いだと思う。……モテないな。
「あんまり勝手にエディンから消えるもんだから手続きできなくて困ってたが、ガルボデラグ様が親切にギルドに掛け合って、手続きしてくれたんだぞ?俺らも依頼を一緒に受けられるように」
「ガルボデラグ様に感謝しろよォ?お前ら程度じゃ、迷宮でのたれ死んで終わりだったぞ〜?」
このモヒカン達、どっかで見た覚えがあると思ったらあの貴族風チビにくっ付いてた魚のフン……チンピラ達では無いか?他は屈強そうな奴らばかりだったから、コイツらは物凄く浮いていた。
…追手とは、コイツらだったのか?つまり追手に追いつかれたと?
しかもギルドに圧力をかけて我らの居場所を特定したと?
それはともかくとして、コイツら冒険者になったと言ったな?
「とりま殴るか」
『ご主人、殴る場所に気をつけテ』
「じゃあ腹パンで」
「お前のその冒険者=殴ってもいいの法則何なんだ。やめろ」
ゾドムが前に出かけた我を自分の影に押し込んだ。むむむ。いや、だって、あのニヤついた顔ムカつかないのか?
「ムカつこうが何しようが、今回一緒に組む事にはなる。その程度の事は飲み込め!手続きをされちまった以上はパーティーメンバーだ」
「しかし…、奴ら登場の際に我の言葉を遮ったのだぞ?万死に値するぞ?」
記憶の中の料理長も大いに頷いているぞ!
「お前はどこの独裁者だ」
元ではあるが魔族という種族の王だな。王が言った事は絶対!という環境だったから、独裁者と言われれば独裁者だ。独裁してたというより、配下達が基本我が言い出した事に忠実すぎたとも言える。
「ヨロシクな〜、アリスちゃあん?」
「………うむ」
その下卑た目を我に向けるな。気色悪い。
迷宮に超大型の凶悪な魔物とか出てきてくれないだろうか。コイツらを餌にして丸っと食わせてから討伐して、何食わぬ顔でギルドに収穫物を置き去りにしたい。
ギルドに、というかエルサや受付嬢達に迷惑をかけた事が腹立たしい。女性は壊れやすいガラス細工と思って扱え!
……よし、
「共に任務にあたるのは理解した。ただ一つ言っておきたい事がある」
我の邪魔したら、死ぬと思え。