暫く逃げることになった
「ふむふむ。んーと、この街の長とこの街を含む領地を治める領主の中間食「『中間職ネ/な』」の……なんだったか?」
美味しそうな名前だったきがする。
「グトー・ガルボデラグっていう男爵だ。お貴族様だよお貴族サマ!」
我を護衛と称して拉致した脳筋マッチョから話を聞いた。どうやら我に恨みを持っている貴族らしい。うむ…。覚えがない。
そんな美味しそうな名前なのに我の記憶に残っていないと言うことは、その貴族がクズかクズかクズなのだと思うのだが。
料理長が言っていた。クズはどう足掻いても余程の事がない限りクズだから、覚えているだけ無駄だと。だからゴミをゴミ箱に投げ捨てるが如く、クズはクズ箱(牢屋)に放り込んで後は忘れるが1番だと。
「…でー、そのグトーだかガトーショコラだかは何故我を追うのだ?」
「お前、ここ来て直ぐに跳ね橋亭の件をサブマスに報告しただろ」
跳ね橋亭は我がリフォームして以降、偶に料理を教わりながらチップで稼がせてもらっているバイト先だな。………あ。
「あの時のならず者共連れたチビか!」
「アリンコがチビをチビと言う…」
そういや貴族風の男がいた!1番偉そうにしてた!本当に貴族だったのか!
ふう。……さてと、ちょうど思い出したところで…。
「アリンコじゃねえと言っとるだろうが脳筋」
『テメエが口汚いせいでうちのご主人の口が悪くなっただろうが。どう責任取ってれるんだあ"あ"ん"?』
「貴様のせいでリィの口調が輩になった!どうしてくれる!ギルドに抗議してやるぅ!」
リィがキレた。ついうっかり脳筋マッチョの口調に釣られてしまっただけなのだが、リィにはとてもお気に召さなかったらしい。
今にも飛び掛かりそうな威嚇体勢になった。
ギルドに報告されるのはそんなにマズイのか、それともリィの殺気を受けてか、先程までの我を小馬鹿にした様子から一変。慌て出したマッチョ。
「俺のせいじゃねえだろ!?ギルドに抗議だけはやめろマジで!あの小部屋に連れてかれ「小部屋?」…何でもねえよ」
何か弱みでも握られてるんじゃなかろうか。わくわく。小部屋に連れて行かれて何するのだろうか。わくわく。
「お前、次から次へと興味の移り変わり激しすぎだ。頼むから大人しくしててくれよ」
「だから大人しく質問してるだろう。リィも。我を貶さん限りリィは動かん。腹立ち過ぎてどうしようもなくなれば、ただ喉笛噛みちぎるつもりなだけだ」
「エグ過ぎるだろ…」
リィの背中と頭を撫でて問題無い。ついつられてしまっただけだと言って宥める。
「本心はさて置き、」
「本心なのか…」
いつまでここに居るつもりなのか訊ねると、マッチョはとりあえず3日程は街の外で退避する予定との事。3日…………3日!?
「3日も!?」
「3日なんて一瞬だろ。何でそんなに狼狽えてんだよ」
「当たり前だろう!3日だぞ3日!我は3日間も、我の事を妹の様に可愛がり珍しい食材をくれる商家のマチルダ嬢や、本当は可愛いもの大好きで我の事を可愛い人形と勘違いして撫で回して以降おやつや甘い飲み物をこっそりくれる様になった酒場のクーデレなミランダ嬢や、我に出会ってから我の為だけに可愛い服を自ら作り差し入れてくれる服屋のシル嬢や、我が通りがかると大喜びで出て来ては遊んでとせがむ宿の子供達に会えないのか!?
しかもシル嬢は今度リィと揃いの飾りを作ってくれると言ってたのに!」
我、可愛い女性や子供にちやほやされないと生きていけない!いや、最悪3日間それを我慢できたとしても、その3日間一緒にいるのが脳筋マッチョだという事実に耐えられない。目の保養にならない!
リィの毛並みに顔を埋めてヤダと唱える。リィふわっふわ。数日風呂に入れないと言うことはこの毛並みもダメージを受けること間違いなし。絶対ヤダ。
マッチョは顔を顰めて我を見ている。見るな!減るだろ!女性にガン見されるのはそれが例え侮蔑の視線であっても構わない!しかし!野郎は!お呼びで!ない!!!
「お前今までどんな依頼受けてたんだよ。普通恒常の討伐とか薬草採集依頼以外は、平均でも3日はかかるもんだろ…」
「飲食店にアルバイトしに行った。本の整頓した。荷物運んだ。……これくらいしかないぞ?」
「省きすぎだろ。聞いた話じゃBランクどころかAランクの依頼も何件もこなしてるだろ。C…いやそん時はDか。Dランクじゃ受注なんざ出来ねえハイランクの依頼だが、それらは全部、達成後に依頼登録と完了扱いで受理されてる。噂で聞いただけでも人喰い化け魚やら船食い討伐にゴブリンキング討伐、極め付けはあのコカトリスの単身討伐。普通じゃ無え」
知ってて聞くな。我の記憶より我の功績に詳しいとか、要らんわ。
「そんな束の間の出来事など覚えとらん。とりあえず我が1日にあたる12ルタ(*)をかけた依頼など、つい先日の迷宮探索含めて1度も無い!」
つまり、野宿・野外活動用の装備は1つもない。というか、そういった依頼は受ける予定もない。野宿はダメと言われたからな。野営までは有り。焚き火でマフェルを焼いて食べるというのは野営でなくては出来ない。味の問題ではなく、雰囲気の問題らしいが。焼き立てを口に運ぶあのワクワク感とマフェルの外の香ばしく中はとろりとしたホクホク感は、その場でなくては楽しめぬと珍しく料理長は外で食べる事を推奨していた。
「マフェルも無いし野営する意味もないし…」
「マフェル?そういや非常食とお前用にって菓子袋渡されたぞ。マフェルも入ってる」
「野宿は嫌だ…」
「今から南に歩けば、海辺の街に宿取れるぞ」
「……そこまで行くくらいなら依頼を受けるべきだったのでは?」
「南の港町からエディンへの大量搬出依頼と、その町からエディンまでの商隊護衛と、港町での資材不足解消の為の迷宮探索・鉱石採掘依頼をエルサから預かってる」
どういう訳かソレ全部合わせて3日で帰ってくるスケジュールまで渡されたぞ。と、筋肉。
「……我の行動、読まれてる?」
『ここまで把握されてるト、気持ち悪いワネ。一体誰よ。ギルマス?エルサ?』
まさか…とマッチョを見れば、俺は頼まれただけだと必死の形相だった。うむ、信じよう。…というか、こんなやつに四六時中見られてたかもしれないなど、可能性だけでも鳥肌立つもん。せめて監視は美人がいい。
「…ともあれ、宿の確保をせねばならんからな。急ぐとしよう」
マッチョを置き去りにする気だけで南の方へ走り出した。
*12ルタ=24時間




