叩いて増えたのは知り合いの子孫だった
腹に一発食らったので、リィを乗せてる結界に我も跳び乗った。尾はすぐにまた砂の中に潜っていった。
『ちょっとご主人!?大丈夫ナノ!?』
「ん?大丈夫なものか。見ろ、気に入っていたのに、あの程度の衝撃で服に少し穴が空いた!あの服屋、洋裁技術がまだまだ拙い!これなら我が縫ったほうが丈夫!!」
『そこじゃないワヨ!アンタ自身が無事かって聞いてんノ!毒は!?』
「あ、何だ。そっちか」
そんなもの、毒無効と自動回復で既に元気だ。
「そもそも我、毒効かんし」
『なにそれ!?』
「サソリの物理攻撃による打撲程度秒で治るし」
『アレ打撲で済んでたの!?どう見ても刺さってたでしょ!?』
「サソリ、食う部位ないから嫌いだし」
『食料になるなら好きなのかいっ!!』
リィはいい反応をしてくれるものだな。楽しい。楽しいが、それと我の好みの味(サソリが美味しくない)はまた別の話だ。服にかけてある自動回復により、服も元通り。…あの程度で穴が開くとか、人間の服とは恐ろしいな。
「我の服破きやがって…我好みじゃないくせに…」
『ご主人?どうするの?』
「殻の食感以外に愉しむところないくせに…」
『…聞いてる?』
「ぶっちゃけ我、虫好かんのよ」
元配下達の中には虫族もいたから、敢えて言わなかったが、見た目がな…。ちょっとな…。上位種達は基本人型に擬態していたから、多分苦手だとは思われていなかっただろうが、彼らが食虫する現場には絶対に遭遇しないようにしていた気がする。……思えば擬態せずとも上位種ならば念話という形で意思疎通が可能だったな。つまり…リィも上位種だから、我と意思疎通がとれるのか。今更だししかも今だが、謎が1つ解けて幸いだな。それでは、
「リィは暫くここにいろ。ちょっとぶん殴って来る」
拳に魔力を集めて強化だけしておこうか。
では、どれ…。あの殻、ベッキベキに砕いてやらあ。
足場から飛び降りる。魔力の反応が真下から動いていない。我が尾の射程範囲に入るのを待っているのだろう。地面まであと少しというところで、渾身の一撃とばかりに尾が砂場から飛び出した。全くもって、芸のない。
躱して逆にその尾を掴む。
「さっさと出てこい甲殻類!!」
一本背負いの要領で、思い切り引っ張る。
ゴゴゴと音を立て、砂を巻き上げ、引き摺り出したそれが空中に舞う。先程大量に出てきたサソリの超巨大版だな。我が引っ張った尾以外に4本同じ尾を持っているな。牙は鋭く、ちょっとした獅子のような食肉動物の口に似ている。
……これで海老みたいな、我好みの美味しい中身だったらもっと喜んだのだがな。
それが落ちて来るのを待つ。どうやら足場がなくては尾を自由に操れんらしい。まあ、あれだけ長い獲物を振り回すなら、しっかり支えが必要なのだろう。
奴の落下地点に先に潜り込み、顔の少し下。特に魔力の集まっている場所に狙いを定める。
重心を低く、しっかり両脚に体重を乗せ、腕を引く。
より硬い殻で守っているということは、そこが弱点であろう?
しっかり拳を握って強化も済んだ。やられっぱなしは性に合わん。
落下に合わせて、引いた拳に足から登った勢いを殺さず、そこへ向けて突き出す。
一撃必殺。
「ただのパンチ」
落下したその巨体が、再度宙に跳ねた。それは跳ねて、跳ねて、そして少し離れたところにひっくり返った。砂が舞う。うーむ。不快。
……あ?
『凄いじゃナい!』
「リィ、ステイ!まだ終わってない!」
手応えが無い。一応の為、リィを囲むように結界を張る。足場だけでは万が一があるかもしれないからな。
サソリの様子を伺えば、5つの尾の集まっている場所が分離した。見たままを簡潔に述べるなら、超巨大なサソリが、それなりに巨大な5体のサソリに分かれた。
…ビスケットじゃないのに、叩いたら増えた…。増えても嬉しく無い…。やはり爆破は正解だったのだな。だからといってあのデカいやつ爆破して増えない保証はないから、すぐには爆破しないが。
5匹は我と対峙するように横一列に並んでいる。我の出方を警戒しているのだろう。
さて、どうしたものか。
こっちもあっちも動かない。膠着状態。
しかしあと数時間もすれば夜明け。コリー達も来てしまうだろう。彼女らの動きがどうかはしらないが、足手纏いになられるのは困る。先に片付けて何事もなく彼女らを迎えるのが都合が良い。
「…うん、よし。一先ず尻尾切り落とすところから始めるか」
『『『『『よし。…じゃないよっ!』』』』』
………。
「リィ、何か言ったか?」
『イイエ?アタシは何も』
「では気のせいだな」
気のせいにしよう。そうしよう。
「1匹尻尾切り落として胴体と頭を切り離して分裂しないならあとは爆破すれば…」
『いやぁああ!死にたくないっ!まだ死にたくなぃいいい!!!』
『誰だよこの怖い奴襲おうって言い出したの!』
『ヤダよお…!お腹減ってただけなのにぃい!餌にされるのは嫌だぁあ!』
『雑魚達が一瞬でやられたの見てたのになんで手を出したんだよッ!逃げようって言ったじゃんんん!!』
『胴体と頭が離れたら死んじゃうよぉ!分裂なんてしないよおおお!!』
何も聞こえない。ナニモキコエナイ。キノセイ。ゆっくり歩いていく。サソリ達はギィギィ音を立てて下がろうと足を動かしているが、我の圧力に本能的に恐怖を感じているのか、上手く後ろに下がれていない。
『あー!もうだめ!もうむり!殺されるぅ!無様に切り刻まれるぅー!私たち、ドヴィアデズ様の子孫なのにぃーー!』
聞き覚えのある名前が出てきたので、足を止める。配下の1人で、半虫族の上位種にそんな名前の奴がいた。人型に化けるのが得意だった。そして異常に毒と髪の質にこだわりのある男だった。
「……ドヴィアデズというのは、蠱毒の王ドヴィアデズか?」
サソリ達が足を止めた。咄嗟の質問だったのもあり、暫く無言で向かい合う。
『に、人間なのに、ドヴィアデズ様を、知ってる…の?』
『私たちのことば、分かるの…?』
我の気のせいでなければ。
リィの方を見れば、リィも聞こえているらしい。うん。意思があって、念話のような形式で声が我に聞こえているということは、リィ同様にこのサソリ達も上位種ということだろうな。
「…とりあえず、話をしよう。ただ、お前達が我に襲い掛かろうとした時点で完全なる殲滅対象とみなし、意識を保たせたまま細切れにするからな」
サソリ達が仲間内で意思疎通を取ろうとしている。
「気を失いたくても失えず、死に絶えるその瞬間まで痛みに苦しみたいなら是非ともかかってきてくれ。我、断末魔の叫びって結構好きなのだ」
暗に襲わなければ死ななくて済むぞと言って、安心させるために心の底からの笑顔で言ってやったのに、どうしてだろうか。サソリどころか、リィにまで怯えられた。
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