大量の食料が手に入ったのに吠えられた
取りこぼしのないよう狩りをしながら飛び続けること約半日。リィと共に例の迷宮の前に到着した。それは砂漠の山の中に紛れるようにして、ぽっかりと、真っ黒な口を開けていた。
予想通り、コリー達はまだ到着していない。陽が落ちるまであと数時間もないから、やはり到着は明日の朝だろうな。
『ご主人、ここに来るまでどんだけ収納してきた訳…』
「ウシが15、ブタが30、とりが各種5〜8、あとワニと獅子とヘビとクマが数匹といったところだな」
灯りが消える前に捌いてしまおうと思っているのだが、リィはなにやらそれが気に食わない様子。
『ロックバイソン、オーク、青鞭鳥、コカトリスの幼体、火吹鳥、クレイダイル、ドレインレオン、丸呑みヘビ、キメラ…アンタの許容量どうなってんノヨ!』
「どうもこうも、見たままが全てだ。それに、あの程度の収納は、我にとって収納とも呼べん。精々"ポケットにビスケット入れました"、程度に思っておけばいいだろう」
『もうイヤ…!何この規格外…!ついて行くと決めたからには一生お供するケドね!!』
そしてリィは溜め込んでいたものを吐き出し始めた。…物理的にではないぞ?
『まずその常識知らずなところ!アナタはどこぞのご令嬢デショう!?一般常識はどこに行ったの!貴族ならまず最初にその口調を直されそうなものヨネ!?使う魔法や身体技能もどんな生活すれば身につくわけ?!こんな令嬢いたら各国に名前が知られててもおかしくないワヨ!
冒険者に囲まれて平然と腹パンで対応ってどういう事!何で戦い慣れてるの!?というか冒険者やるならそれらしい服装を整えなさいよ!見た目で物凄い侮られてるじゃナイ!!アンタの釣りは普通の釣りじゃ無いデショ!それに収納力が高すぎて訳わからないわ!中身どうなってるの!街でも作るの!?______...』
リィが我との出会いの所から細かくどこが非常識なのかを突き詰めるが如く片っ端から語り続け、終わる頃には我も大体の血抜きや解体が終わっていた。次は道具の整備をせねばなるまい。さて、その前に。
「リィ、喋りすぎて声に張りがない。水でも飲んで落ち着いてくれ」
『ハァ、…フゥ…。アリガト……』
「リィになら話しておいても良いのかもしれんな。変わらず付いてきてくれるというのなら、長い長い付き合いになるだろうから」
我が元魔王というところは言わなかったが、元令嬢といっても所謂妾の子の為、令嬢としてではなくほぼ使用人として料理長はじめとする使用人達から知識を得たり実践で身に付けてきたことや、義母に毒殺されかけた事、その毒に対抗しようとした結果ちょっと身体が丈夫になり過ぎた事(ということにした。リィが解毒をした人物が誰かという所に拘ったので、そんな人物居ないのだが誤魔化すために致し方なく料理長と答えたら何故か納得された。…すまん、料理長)…と、伝えられるだけ伝えた。流石に急にパワーアップ(?)した理由については誤魔化せないかもと思っていたのだが、
『料理長がアナタを死の淵から超手を尽くして救ったんでショウ?なら納得ヨ。寧ろ人間の形を保ってる事に安心してるワ』
…と、まあ、なんか知らないが腑に落ちたそうだ。リィは料理長を何だと思ってるんだ。
『……色々言わせて貰ったケド、勘違いしないで欲しい事があるワ。確かに常識知らずだし、次々アタシの理解の範疇超えてくるし、物凄く騒ぎを起こしまくるけど、アナタの事は嫌いじゃないシ、ずっと付いていくワ。料理長のせいで付いたらしい変な常識もまあ、アナタを守るためのものである事は確かだし。アタシもついて行くと決めた時、アナタに足りない部分はアタシが補うと決めた。イイ女の決意はブレないノヨ!
それと、こうやってアタシの事を気遣ってくれたり、作業してて聞き流してるように見えてちゃんとヒトの話を聞いて、それにキチンと応えてくれるとこ、……結構好きよ』
驚いて包丁を研いでいた手を止めて、リィを見れば、照れたようにそっぽを向いて寝に入ったふりをしていた。ふっふっふ。可愛い奴め。
それにしても、あの魔物の量はおかしいな。草原やこの砂場にはロクな餌が無いだろうに、燃費が悪いロックバイソンや、そもそも自然に生まれて来るはずもないキメラまでいるとは。
不気味な事この上ない。
この砂漠にだけまた新しい魔物が湧いて出ているようだし。
……下にも何やら大きいのがいるようだな。
『ご主人、来るワよ』
「わかってる」
カサカサと小さな音を立てて、それらは現れた。数が多すぎて周辺の砂漠の砂を掻き上げる音が響き渡る。硬く黒い殻に身を包み、尾には毒を忍ばせたそれは、一般的にサソリと呼ばれる。しかしこの魔物だらけの中で生き残っているということは、それだけではないのだろう。
『牙が鋭いワ。…あらヤダ。牙にも毒があるみたいネ』
「サソリかぁ…。牙にもということは、全身毒だろうなぁ。ただでさえ嫌いなんだぞ。さそり」
『あら、苦手なもの有ったのネ』
「うむ。だって、なぁ」
口籠もった我の言いたい事を察したのか、リィは大丈夫、分かってる。気持ち悪いノヨね。生理的に無理ってやつでショ?というが、うむ。ちがう、そうじゃない。
カサカサ、ガサガサと徐々にそれらとの距離が狭まって行く。
「跳べ!」
我の指示に従って、リィが真上に跳躍する。
リィの足場になるように結界を真上に展開、リィの影だけを消して、大群のそれらの影が我の用意した"障害物"たちの影と繋がった瞬間に仕掛けを動かす。
「《停止》」
影が動きを止めれば、本体の動きも止まる。無理に動こうと体を動かせば悲鳴をあげるのは本体だ。……お。何体か壊れたな。
手間が省けて助かる。
「《爆ぜろ》」
命令通りの出来事が起こる。我の近くから円を描くように。奴らに感覚というものがあるとするならば、内側から爆発されたように感じただろうな。殻まで粉々になればもう動けまい。
リィが容赦ない…と、ドン引きしてる気がするが、致し方ないだろう。
1匹残らず叩くか踏み潰す。
切り裂く。
影を使って爆破する。
その三択ならこれが1番楽なのだから。
だから、そんなに唸らないでくれ。
「足の踏み場が無いくらい地面が汚れているからと言って、我の事をそんなに威嚇せんでも…」
『違うわよバカ!アンタじゃなくて、その下よ!!』
下。リィが吠えたその瞬間、我を囲うように砂の地面から飛び出た巨大なその尾の先が我の腹に突き刺さった。
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