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プロローグ

ーーーこの物語は、後世でシンドバードと呼ばれ語り継がれてゆく者の、若かりし頃の冒険譚であるーーー


その日最初の暮鼓が鳴ってから、既にニ刻はたったであろうか。

李喬は季節外れの夜の暑さに、額から流れる汗を布で拭った。

もう何度目かになるその行為に、布はしっとりと湿っている。

あるいは、興奮から体温が上がっているのかもしれない。

李喬は心を落ち着けるように一つ呼吸をすると、薄闇に目を凝らす。

視線の先には、うっすらと蝋燭の灯りに照らされた絵が掛かっていた。

物悲しい表情をありありと描いた男女の絵に、思わず何度目かのため息が漏れる。

李喬はしばらくその絵を眺めた後、ふふん、とその顔に小さく笑いを浮かべた。

どのような怪異が起ころうとも、この李喬を驚かすことなどできるか。

そういう自負がある。

李喬は永泰の金吾衛である。

仲間内からも、その腕っ節の強さと豪胆さは認められていた。

だから、この絵をもらってきたのだ。

夜な夜な怪異を起こすというこの絵。

李喬の仲間のうちの一人が好奇心からこの絵を手に入れ、その日の夜に怪異に遭い、恐ろしさのあまり捨てようとした。

それを、李喬は貰い受けたのである。

この怪異を肴に一杯やろうと、侍女に用意させた酒は既に何本かが開けられ、瑠璃の杯は乾き始めていた。

何杯飲んでも興奮が勝ち、李喬は酔えなかった。

しかし、怪異をこの目でしかと見届けるためにはその方が都合が良い。

怪異を見届けても、酔うていたと言われては堪らない。

李喬は立ち上がり、再びかかっている絵をしげしげと見つめる。

ーーー泣き声まで聞こえてきそうだ。

李喬がそう思った矢先、不意に背にひんやりと何かが伝うのを感じる。


ぽたり


冷たいそれは李喬の背筋を直接撫で、つと腰まで下がった。


ぱたり

ぽたり


李喬は、強張った首をどうにか動かして、ぎこちなく背後を見る。


ぱたり


今度は生暖かい何かが、李喬の頬に落ちた。

「ーーーヒッ!」

その頬を流れる生暖かい何かに手をやり、ぬめりと滑ったそれ恐る恐る視線をやる。

手に、ベッタリとついていたのは、まごう事なき鮮血だった。

「くっ…!!」

李喬は己の恐る心を無理矢理押さえ込むと、引けていた腰に力を入れる。

こんな所で怯えていては、仲間たちに笑われてしまう。

いつのまにか消えている蝋燭の灯りに、李喬は目を細め手探りで刀を掴んだ。

刹那。

李喬の目に飛び込んできたのは、絵にかかっていた男女の姿。

その目からは、涙。

その口からは、血が滴っている。

そんな男女が、音もなく、李喬の前に立ちはだかっていた。

「う、うわああああああ!!!」

少し遅れて、己の絶叫が耳に届く。

しかし、刀を抜く間も無く、そこで李喬の意識は完全に途切れた。


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