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俺と彼女は似ている  作者: 日田村 皇
3/3

俺はみんなと違いすぎる②

部屋を出ると廊下の窓には紅い夕日が輝いていた。時刻でいうとちょうど5時30分を回ったところだ。

今日の一日も何も無かった。この高校に入ってからというものの、何も無い日々、否何の意味もない日々が過ぎていくが、そのことに俺は少し安堵していた。

(もうあんな思いはしたくない)

1年ほど前から胸の内にいつも抱いている気持ちだ。この1年、心の奥底に閉じたこの気持ちに触れらないようになるべく人を避けて生活してきた。

傍から見たら俺は可哀想な高校生に見えるだろう。青春と呼べるものは今のところ何一つなく、そして今後も何一つとして起こらないだろう。だがそれでいいのだ。努力は無駄だ。たとえ努力しようが、それを上回る理不尽が襲い、結果的に些細なことで全てを失ってしまう。

その意味では文芸部という場所はリラックスして過ごせて、努力はしなくていい上に、失って悲しいものもないという点においてとてもいい部活だった。

しかしそれは同時に生きることの意味をも考えさせる。辛い思いをしたくないのなら生きていなければいい。それは誰にでもわかることだ。だがそんな結論を出すのはとても怖かった。それ故に勉強や部活を中途半端にこなし、自分に生きる意味はあると必死に言い聞かせた。

そんなふうにいつも己を渦巻く感情に飲み込まれそうになる俺だったが、この時はいつも以上に負の感情が襲いかかってきていた。

(早く帰って寝よう。それできっと済む)

部室から下駄箱までの道のりは校舎内ということを考えるとかなり長いが、色々考え込みながら歩くと、案外早くつくものだ。

そうして下駄箱から高校指定の革靴を取りだて履き替え、昇降口を出ようとしていた時、

──パー、パラパパパパパパ

美しい響きだった。だがそれと同時にどこか懐かしいような音だった。

いつか聞いたこの音。いつだったか。確かあの時も励まされた。ちょうど両親が離婚した頃だったはずだ。ということは1年前か。

思い出した。

あの塾の帰り、トランペットを吹く少女に出逢った。その音色は格別に素晴らしかったかと言われたらそうではなかった。ただ、人の気持ちに寄り添ってくれる、そんな音だった。

(あの人もこの学校にいるんだ)

それがわかった時、俺はもう一度聞きたい、そう思った。

音源の方へかけるでもなく、歩くでもなく、早歩きのような格好で向かった。

そしてその少女はいた。

夕日に向かってまるで自分はここにいると自己主張しているかのような吹き姿だった。

確かに制服を見る限り、この学校の生徒のようだった。ただそれ以外にわかったのは同じクラスではないということだけ。そのくらい俺は人と接点がなかった。

学校では有名人なのだろうか? トランペットが吹け、ロングヘアーがよく似合う美少女だ。それこそ先輩にだって劣らないレベルの。

だが知りたいとは思わなかった。別に一方的でいい。それに彼女に固執する理由もなかった。音楽を聴いて励まされた。この瞬間はそんな時間だった。

浮かない心も快晴とは言わなくとも晴れくらいにはなり、たまに足でトランペットの音に合わせて靴音を立てたりしながら彼女から離れていく。

高校生になってもう2ヶ月以上経っている。今まで気づかなかったのか? それとも今になって始めたのか? 小さな疑問が浮かんだりもしたが、気になるほどではなかった。

教師との揉める声が聞こえるまでは。

人のいざこざなど見ていて楽しいものではなく、嫌な気分になるだけだ。それでも俺は彼女の方へと歩き始めていた。

やはり様子を見るに相談という訳では無さそうだ。ただ彼女が怒られ続けて俯いているかと言われるとそんなことは全くなく、むしろ教師陣を押し気味なくらいに反論していた。

内容としては部活のことだった。彼女はトランペットを吹いている。ではトランペットを吹く部活はなにか? そんなものは吹奏楽部に決まっている。でもうちの高校に吹奏楽部はなかった。

「キミ、なぜここでトランペットを吹いているのかね」

「別にお答えする義理はありません。人に迷惑をかけているというのなら話は別ですが、そんな様子は通行して言った方たちには見受けられませんでした。また学校に必要のないものでないのなら分かります。ですが、音楽は心を育むものです。無理に吹奏楽部を作ってくださいなどは言いません。ですのでわたしのこの活動を見逃してくださいませんか? まあ咎める理由もないと思いますが」

こんなやり取りが続いていた。彼女は教師の質問には質問攻めで返し続け、それが10分ほど行われ、教師陣が諦めようとした時、

「親にでも相談しますかねぇ」

なんでもない一言だった。教師と生徒の揉め事があればこの言葉が出ないことはないくらいの定番のセリフだが、高校でこの発言はどうなのだろう。生徒の自主性とやらはどうしたのだろうか? 当然こんなつまらない言葉は無視するか何かしらイチャモンをつける野だろうと直感で感じた。あの場にいるのが彼女でなくてもたとえ誰であっても高校生にもなってそんな脅しに態度を変えるものなどいないはずだ。そう思っていた。

彼女が顔面を蒼白にさせ、体をふるわすまでは。

明らかにおかしかった。その言葉が発せられたあと、彼女は一言も喋ることなく、急にだまりこんでしまった。

「おまえ、なにか親にやましいことでもあるのか? じゃあなおのこと親に相談するしかないな」

勝手に話を進める教師陣に苛立ちを覚えた。そして気づくと彼女の手を取って走り出していた。

「こっち!ここから曲がってその奥に見える本屋に入ろう」

久しぶりに走った割には教師をまくとこはできた。あの大柄教師、柄に合わず足遅いんだな、と心でバカにしつつも、なんと彼女に言葉をかけるべきか必死に考えていた。

そんな中彼女の方から話しかけてくる。

「どうするの? 親に相談されちゃう。わたし、トランペットやめなくちゃいけなくなる」

「それに関しちゃ大丈夫だよ。先生の親に相談するぞ、は大抵脅し文句だし、俺もこの学校に入ったあとそう言われたことあったけど、結果的に親には何の報告も入ってなかったしね」

何を話すか悩んだにしては返事はスラスラと出てきた。

「そう……。ならいいけど」

少しほっとした表情を見せた彼女は軽く頭を下げて本屋を出ようとした。

「俺の家、来ないか?」

彼女の足を止めたのはそんな俺の一言だった。



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