俺はみんなと違いすぎる①
号令の音が今日の授業の終わりを知らせる。だがまだ帰ることは出来ない。
高校生といえば当然部活に所属するものだが、俺もそれに漏れず文芸部に所属していた。本当は部活に入るつもりはなかった。しかしこの学校は忌々しいことに部活の所属は強制だった。今だこのような決まりを改定せず守り続けるというのはいくらなんでも頭が硬すぎないか? という疑問も抱いていたが、いちいち反抗して教師に目をつけられるのも嫌だったため、素直に部活に入ることにした。
その時に目をつけたのが文芸部だった。文芸部は活動は週3とそこまで多くなく、部員も少なく、好き勝手に過ごせると踏んだためであった。
廊下には暑い日差しが照りつけている。もう3年生もゴールデンウィークすぎに引退をし、今ではひとつ上の先輩と2人の部活に文芸部はなっていた。
文芸部室は別校舎の3階という、いかにも必要ない部屋を与えられた感じであったが、それでも部室を貰えているだけ文句は言わなかった。
部室の前に着くと、2回ノックをし中へ入った。
「遅いぞ、こら」
「そういう先輩こそ、今カバンから本、取り出そうとしてるとこじゃないですか」
「わたしはいいのぉ。女の子に優しくしないとモテないぞぉ」
わざとらしい甘ったるい声で自分の罪をなかったことにしようとするこの人こそが2人しかしない文芸部員の1人にして部長。平岡 華保。彼女はこの学校のマドンナ的存在の高校2年生であり、そのため男子の入部希望者が絶えないのだが、そういった動機で入部希望をしている者には一切入部を認めなかった。その結果部員が2人で存続の危機に立たされているとなるとなんだか悲しくなってくる。
そしてもう1人の部員がこの俺、上野 悠太である。俺には不純な動機はなかったが、これといった動機もなかった。そのため、部活体験会で一人ひとり帰れと追っ払う先輩を見て、自分も追い返されることを確信していただけに俺だけ体験、入部と難なくできたのは奇跡に近かった。
「部誌の締切、25日でしたっけ?」
「そうだよぉ、もうすぐ忘れるんだから。そんなんで勉強の方は大丈夫なのぉ?」
「余計なお世話ですし、第一自分が部誌の締切を確認したのは今が初めてです」
「あれ?そうだっけぇ」
この人いるとなんでもはぐらかされてしまっている、そんな気がする。そんなゆるふわマドンナな彼女だが、執筆の腕は一級品であり、全国大会出場経験もある。そもそもこの部にはかなりの実績があり、先輩がこの学校に入学したのもこのことが理由のひとつらしい。そんな事実が自分の代でこの部活を潰すことになるかもしれない、というプレッシャーになり、部活には毎回足を運んでいた。
「上野くんは今回が初めての部誌になるし、これまでに小説を書いたこともないって話だっから、今までは小説の基本的な書き方を教えてたわけだけどぉ、今日はこの部のこれまでの部誌を読んでどんなものを書けばいいかを理解してこぉ」
「いや、自分にそんなハードルの高いものを見せられても、そんなレベルのものは書けませんよ」
「じゃあ、好きなものを書いてみたらいいよぉ」
「自分、ほんとかあまり読まないんで」
「普段、家で何してるのぉ」
「音楽を……いえ、ゲームをしたり、寝たりしてます」
「そんなんじゃ、大きくならないぞぉ」
そう言う先輩も対して運動などはしてそうに見えないのだが、発育はとても良かった。特に豊満な胸は学校一の巨乳兼美乳との呼び声が高かった。
一方、俺は身長こそ170センチと平均程度はあるものの、体重が50キロとかなり細身の体格だった。
「じゃあ、上野くんのハードルを上げすぎないように、私の処女作でも読む?」
「──っ!処女とか言わないでください」
「どうしたのぉ、そんなびっくりして。もしくして興奮した?変態さんだねぇ、上野くんって案外」
「別にしてませんよ。ただ学校のマドンナにそんなこと言って欲しくないだけで」
「はぁ……上野くんまで学校のマドンナってわたしのことからかってる?」
「からかってはいませんよ」
口篭りしながら答える。
「じゃあ、やっぱり興奮してたのぉ?」
「だから違いますって」
「.まあ、そうだよねぇ。上野くんはわたしなんかじゃ興奮しないよねぇ」
「はい」
嘘である。巨乳の部活の先輩、処女という単語、このふたつで興奮しない男子高校生はいないだろう。しかしそれと同時に俺は先輩のことを姉のように慕っていることもあり、そういう目で見たくない、というのも本音であった。
「話戻しますけど読みますよ。読めばいいんですよね。先輩の初めての作品」
別にこの部活でしたいこともない、だが顔も名前も知らないアマチュアの小説など読んで面白いものか、という偏見からこれまでの部誌を読むのは断ったが、先輩は先輩だしこれも先輩を知ることのできるいい機会だと思った。
もうかなり先輩とは馴染んでいる感じではあるが、まだ6月の中旬。入部して約2ヶ月しか経っていないのにのである。それでも友達のいないコミュニケーション能力皆無の俺に馴染むために先輩がたくさんの配慮をしてくれたことにはとても感謝している。
先輩は俺の返事を聞くと、部屋の奥の棚から埃の被った1冊を取り出してきた。その表紙を見ると、昨年の6月号のものだとわかった。この部活では約3ヶ月に1回部誌を出している。
「これの32ページからわたしのだよぉ」
そう言われると、渡された冊子の32ページを開け、読み始める。だが明らかに違和感があった。
「これ本当に初めての作品なんですか?」
数行読んだだけでもわかる。このすぅーっと内容が入ってくる感覚。初めてで出せるクオリティでは無い。
「だからぁ、わたしのこの部活での初めての作品だよぉ」
「つまり、これ以前にも先輩は書いてたんですね?」
「そうだけどぉ」
はぁっとため息をついた。それでは結局ハードルが上がっているではないか。
「まあまあいいじゃない。とりあえず今日のところはこれ読んでみてよ。感想とかはいらないからさぁ」
「わかりましたよ」
そうして先輩の世界をひと通り満喫し、先輩に声をかけた。
「先輩、読み終わりましたよ」
「どうだったぁ?」
「感想いらないんじゃないんですか?」
この人は自分の言ったことを本当にすぐ忘れる人だなと改めて痛恨した。その上、人の言ったことはずっと覚えているのだからなおのことタチが悪い。
「そういえばそうだった気もする。じゃあどうする?もうやることも特にないし、解散にするぅ?」
「そうですね」
俺はこの人といるこの時間は嫌いではない。むしろ今の日常の中で数少ない有意義な時間である。だが、一人の時間がやはり1番好きだった。
「じゃあ、お先に失礼します」
そう言って紺色手提げのかばんを持つとドアの前で軽くお辞儀をし、部屋を出た。