表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

【1、有明月】

「はああ??侍女を辞めるぅう??」


 王女様が不在の瞬間を狙って、朝の出勤直後に有能侍女のお姉さまに辞する覚悟を宣言した。

 ここは優美な家具に囲まれた王女様の私室の、前室。そこにお姉さまの美声が響いた。そんなに大声が出せるんですね。


「はい、お世話になりました」

「ていうか侍女だったっけ?」

「侍女じゃないんですか私!」

「肩書が侍女ってだけで実質、代筆以外は王女様の遊び友達じゃない」

「私に侍女業務が出来ると思ってるんですか!?」

「思ってないから代筆しか頼んでないんでしょ」

「はい。すみません」


 申し訳ないこと山のごとしである。言い訳する隙も無い。

 両手をあげてお腹まで差し出して全面降伏である。ワン。


「それで、なんで今更辞めるのよ。どうせあと半年も無く任を解かれるのに。後任見つけるにも中途半端。よって却下。残りも誠心誠意尽くしなさい」

「お姉様!後生です!王女様を見ているのが辛いんですううう!」


 完璧侍女のお姉様のドレスに縋りつく。ちょっとやってみたかったからではない。決して。

 後はお姉様に踏んでいただければ思い残すことはないのだけれど……!


「────わたくしがなんですって?」

「ひぇッ!王女様…!!」


 ハッ! まさか近くにマットが!?

 お姉さまのドレスの裾に隠れながら周辺を見回すが、護衛の姿は見えない。

 私室内だものね。そりゃそうか。


「マットなら休みよ。残念だったわね」

「ひぇッ! ザザザザ残念ではございません! 無問題です!」

「ふふ。そう?それで、何故わたくしを見ていると辛くなるのかしら?」

「そ、あの、それは」


 王女様は銀糸のような艶やかな御髪と同色のまつ毛を伏せ、宝石のような菫色の瞳に影を落とし、とても物憂げな表情だ。

 王国の月光とも喩えられる、美麗で輝くばかりの面差しも大層悲し気だ。


「ひどいわエリー……わたくしに隠し事だなんて」

「ああ王女様!!それは、あの、」

「エリーとはお友達になれたとばっかり……」


 そうなのだ。王女様は私の主でもあり、お友達なのだ。

 色んなことを教えてくださって、同時に私の話しも飽きずにとても楽しそうに聞いてくれた。

 美しいだけではなく、心優しい、私の王女様なのだ!


「王女様……っ!私……私、申し訳ありません。王女様に身分不相応にも嫉妬してしまう自分が恥ずかしくて……っ」

「嫉妬?」


 そうだ。私の愛するマットが、敬愛する王女様を選ぶというなら本望じゃないか。

 それにお互い愛し合っているのだから。それを見ているのが辛いだのなんだのと、ごちゃごちゃごちゃごちゃと!ええい、女ならばドーンと構えるべきなんじゃないかしら!情けない!


 わなわなと燃える拳を額につけながら王女様に懺悔する。


「はい……王女様とマットを見ているのが……つらk」

「は?」

「え?」


 拳のわなわながおさまった。


「わたくしと、マットを見ていると辛いとは?」

「それは、身分差を超えた主従愛を……」

「は?」

「え?」


********


「わたくし、エリーのちょっとおバカさんなところは可愛いと思うけれど、さすがにそれはマットが可哀想よ。だから休みなのかしら……」


 王女様は先ほどの悲し気な雰囲気をどこにやったのか、優雅に紅茶を嗜んでいる。


「マットがかわいそう……そう、可哀想なんです」

「可哀想な頭なのね。本当に可哀想……。エリーの頭」

「私ですか!?」


「ええ。あなたの頭ね。何を勘違いしているのかわからないけれど、わたくしが想っているのはデレク様だわ。マットじゃないの」

「デレク様……デレ……あ、第三騎士団の団長様ですね!?ででも、私、見ちゃったんです。王女様の手紙や秘密の逢瀬を……!」


 そうだ!そうだった!ネタは上がっているんだ。自白するなら今だぞ。田舎のお母さんが泣いているぞ!

 ※王妃様は庭園をお散歩中です。


「変なこと言わないで。手紙はデレク様に届けてもらうようにマットにお願いしたの。輿入れしてしまったらもう会えないどころか、手紙なんて謀反の疑いをかけられてしまうわ。だから、最後の思い出にと……」


 結局、デレク様には受け取ってもらえなかったみたいだけれど。と王女様は吹っ切れたような笑顔を見せた。


「秘密の逢瀬って、そういえば隠れてマットに返事の催促をしに行ったことはあるけれどソレかしら」


「ええ!?で、ですが、マットは隣国まで王女様に着いて行くんですよね?!」

「ええ。マットは隣国まで着いてくるわね」


「ほら!やっぱり!マットは愛を捧げるつもりなんだわ……!」

「隣国まで見、送、り、に!着いて来るだけよ。国境で隣国の護衛と合流したら本国まで戻るわ」


「え」


「はぁ……可哀想なマット……」

「あ」


「手がかかる子ほどかわいいと言っていたけれど、ここまで来ると本当に大変ね」

「そ」


「聞いてくれればよかったのに」

「ひ」


 たたたた大変だ……大変なことになってしまった……!

 今度はわなわなではなく、ぶるぶると身体が震えている。


「マット……今頃大丈夫かしら。ここ最近、目が危なかったけどそれかしら?大型犬用の鎖を探してたけれど大丈夫だったのよね?」

「あぁあの!!私!本日は!」

「ええ。今日は大丈夫よ。ちゃんと話し合ってきなさ……最後まで聞きなさい!もう。明日までに帰ってこなかったら捜索隊を出すわ」


 王女様の部屋を渾身の侍女ダッシュで飛び出し、扉の前にいたマットの代わりの護衛騎士であるハリーに一礼し、マットを捜索しに走った。


 マット!!ごめんなさい!!!!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ