【1、繊月】
爽やかな風が頬を撫でる。
本日の逢瀬スポットは王宮の裏手の木陰である。
「もうお終いにしたいの」
「は?」
木陰に入るやいなや、私の体に触れてくるマット。しばらく会えてなかったからって、今度はマットの方が野生の肉食獣のような勢いだ。私のことは体目当てだったのね……!!
「もうお終いにするの。一か月後」
「は?」
また何か言ってるよ、という風に笑って受け流す。肉食獣はそれどころではないらしい。
それどころではないとは!?こっちが「はあ?」なんですけど!?
ムキーッと不埒な手をはたきおとすと、怒っていますという顔で睨み上げた。
「だから! 一か月後、私たちはお別れするの!もうキスもしないんだからね!
そうよ、仕事中に目を合わせてドキドキしちゃったり、待てなくて空き部屋でイチャイチャしちゃったりなんてしないんだからね!
ついでに、食堂で好きなメニューが出てももう貰わないんだから!
あと、今後、素敵な髪飾りを買ったからってマットに見せに行かないし、下着だってこんな守られてないやつじゃなくって私の好きなものを着るわ。もちろん、見せてあげない!
そ、それから、それから、もう寝る前にマットのことを考えたりもやめるんだから……っ」
地を割るほどの激怒を見せているというのに、なぜかマットは顔を手で隠し、何事か呻いている。耳が赤い。
嬉しくて興奮しているのか?別れ話で興奮するなんて……やっぱり……!
昨日、出し切ったと思ったのに涙がまた出てきそうになる。
ええい!ひっこめ涙!帰れ帰れ!
「……ちょっと待て。なんで一か月後なんだ?」
「忘れちゃったの!?ひどい……っ!約束したのに!」
私たちのあの思い出を忘れるなんて!やっぱり……!
「あーすまん。あれな。心の掃除だっけか」
「心の整理!」
「整理な。なんで心の整理が必要なんだよ、別れねえよ」
「別れるの。もう一か月後って決まってるの。綺麗な思い出にす……んむ!」
「……意味わかんねえ。忙しいからまた夜に話すぞ。逃げんなよ」
マットの唇に言葉と唇を食べられて、溶けた私はアホの子のように頷いていた。
ゴ、ゴホンっっ、ねね熱烈なキッスじゃ誤魔化されないんだからな!
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何日も何日もマットに宣言しては誤魔化される日々が続いた。激しい攻防戦だった。思い出したくない。
そして本日、やっとマットの耳に私の言葉と本気が届いたらしい。
「まだ言ってるのか。そろそろ本気で怒るぞ」
「だって本気だもん。もうあと1週間しか残ってないけど……」
「………本気で別れるんだな」
「………………うん」
「後でやっぱナシって言ってもダメだからな」
「……ううぅうぅう!!……わか、わかってる!!」
「……そうやって泣いても慰めてやれないんだぞ」
「うぅうう」
「困ってても、迷子になってても、側にいないんだぞ」
「……うぅ」
「……………本気なんだな」
「うん……」
マットは表情をストンと落とし、ふーーーーーーーっと長く息を吐いた。
「わかった。1週間後にお終い、だな」
私たちの最後は、奇しくも
あのランタンが夜空に昇る日だった。